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旅館の部屋は予め割り振られていた。部屋割表を確認すると、少々、いや正直困った…というか嫌だ。
どうやら人数の関係で一人部屋らしいのだか、それがパンフレットにも載るほどの広い部屋で、露天風呂付き。明らかに他の部屋とはグレードが違う。
一人部屋は良いのだが、広い部屋は苦手だ。落ち着かないし。困っていると、またもや狛が天の助けかのように手を差し伸べてくれる。
「俺もそっちの部屋行って良い?」
料金の割増分は払うし、と幹事の男に話し掛けている。幹事はフロントに確認をしに行くと、人数も特に変わらないし料金はそのままで部屋だけ変えられるとのこと。そうなると、他の人間たちがずるい、ずるいと言い出した。正直、一人部屋か狛との二人部屋なら何でもいいので部屋の交渉は狛に丸投げにする。
「言ったもん勝ち!」
と、狛はニヤッと笑い猪又なら来ても良いぞ、と言って俺と荷物を持ってさっさと割り振られた部屋へと向かって歩いて行く。
友人がほぼいないので、唯一とも言える友人の狛くらいしか最初は名乗り出られないだろう。そして、最初からその部屋を割り振られていた俺を移動させるにも、周りの同級生は俺を知らなすぎる。狛もなかなかの人見知りなので、俺以外と同室は嫌だろうし。
狛の作戦勝ちだな。作戦を立てていたかどうかは謎だが。
「どうせ、大浴場もあんまり行きたくないんだろ?」
狛が俺を見て訊ねる。
「部屋付きがあるならそっちの方が良い」
じゃあ、これで良しだな。と、狛の一人満足げな声が聞こえた。
「俺は大浴場も行くぞ!」
意外にも温泉好きな狛は楽しそうに辺りを見回して、ここで殺人事件とか起こしてもいいなぁ、などと物騒な事をつぶやき出したので放っておこう。とりあえず伝えられた部屋へ狛を連れて行こう。小説の事になると周りが見えなくなる。
しかし、狛ではないが、推理小説なんかであれば殺人事件の一つや二つ起こりそうでもある。なんて、つい最近殺人事件に巻き込まれたばかりだ、いらん事を考えてまたそんな事が起こったりしないように、今日、明日は温泉を楽しむことにしよう。普段殺人事件の捜査ばっかりの猪又も今回くらいは管轄区域外だし、のんびりしていてもらおうじゃないか。
「オーシャン・ビュー!」
本来は俺の部屋であった扉をさっさとくぐった狛の声が部屋から響く。その声に釣られつつ、部屋に入るとそこから見えるのは一面の海。まさにオーシャンビュー。見たまんまだな。狛ってばほんとに作家か?語彙力無さ過ぎだろ。
荷物を置き、改めて部屋の間取りの確認をする。これはまあ職業病というか、初めて入る部屋は隅々まで確認したくなる。特に、コンセント周りや洗面台に風呂トイレ、そしてベッド周辺。盗聴、盗撮の絶好ポイント。部屋からの眺めよりもそんな所をちまちまと確認している俺を狛は面白そうに見ている。そして、気になったポイントを何やら手帳に書き込んでいる。
「何か出たか?」
俺が一通り調べ終わると、お茶を淹れてくれながら訊ねてくる。
「いや、何も。さすが老舗旅館って感じ」
これでゆっくり気も抜けるってものだ。そいつは良かった、安心だな、と狛は茶を啜り、茶菓子の饅頭に食い付いている。
「ありがと」
俺も淹れてもらった茶を飲もうと、ふーふーと息を吹きかけ冷ます。そっと啜ってみたが熱かった。
「悪い…」
「いや、大丈夫」
狛も大概猫舌なので温めの温度なのだが、俺はそれ以上に猫舌だった。
とりあえず、お茶と饅頭を堪能した後、夕飯の宴会までに狛は大浴場へ行くと言う。こいつ、もの凄い方向音痴だけど流石に旅館内なら大丈夫だよな。じゃあ、俺はその間に部屋風呂に入ると話し別れた。とりあえず、部屋に籠もっていれば問題ない。俺とは反対に、色々と体験していこうとする狛は俺にとって少し眩しくて、頼りになって、羨ましくて、大切な存在だ。俺の代わりに色々な世界を教えてくれもする。
まあ、口頭では語彙力が無さ過ぎるので、もっぱら小説を読んで世界を感じているのだが。




