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まさか、熱海の旅館までバスをチャーターしているとは。なんとしても、狛か猪又の横の席に座らなければ。
電車の影響で早々にバスターミナルに着いてしまい、鞄片手にうさぎをもにもにしながら集合場所できょどっていると、ブルーのストライプの入ったシャツにネイビーのジャケット、ベージュの細身のパンツとラフな格好をした猪又がコーヒー片手にやって来る。俺に気が付くと、片手を挙げ軽く挨拶をするとすたすたと俺の方へ寄ってくる。この間の事件以来、少し猪又の態度は柔らかい。というか、学生時代に比べ猪又が丸くなったのか?俺もうさぎを軽く挙げて挨拶を返す。こんな事が軽くできるあたり、俺も丸くなったな、うん。しかし、俺に近づいてくるにつれてどこから湧いてきたのか、猪又の周りに人がわらわらと集まって来た。
「っ…!?」
猪又に群がる人々に押しやられ、俺はその場からはじき出される。驚きおののいていると、水のペットボトルを二本持った狛が俺を後ろから支えてくれた。
「大丈夫か?水飲め。相変わらず猪又モテるな。バス乗るの大変そうだな」
思った事をぽんぽんと口にする姿に、俺は、どこか神々しさを感じてしまった。そんな神様は、ゆるゆるのピンクのパーカーを目深に被り、良く判らないキャラクターのTシャツ、そして七分丈の黒いサルエルパンツに真っ赤なスニーカーといった、癖の強い姿をしている。一方の俺はゆるい黒パーカーに黒のスキニージーンズ、白い無地のTシャツ、白と黒のスニーカー、そしてマスクと狛の事をとやかく言える格好ではない。
二人で猪又のモテっぷりに感嘆していると、いつの間にか迎えのバスは到着したようだ。
幹事がバスの席順をくじ引きで決めると言い出し、嫌な汗が流れて来る。
「大丈夫か?」
そっと狛が俺の様子を察したのか、心配したような声を掛けてくる。しかし、俺だってもう大人。仕事で色々な人と接している。バスの中も仕事だと割り切って行けば良いんだ。そう、思い切り、高校の頃の出席番号順に名前を呼ばれ、大きな荷物を運転手にわたし、幹事から席番号の書かれたくじを引き、座席に移動した。猪又は後ろの方にすでに座り、横にも誰か座っているようだ。狛もさっさと席に着いている。一番後ろのど真ん中だ。俺の席は、辛うじて窓際なのが有難い。最悪寝ていられる。少しして、誰かが俺の横に座った。窓に頭を預け、目を瞑っていたので、音や動き、香水の様な香りから、横にいるのは女子の誰かという事が分かる。だが、高校時代、というか、学生時代、正直、狛以外の奴はあまり覚えていない。猪又もあんまり覚えてないし。ましてや女子。無理。誰だよ。誰か席変わってくれ。
無意識に眉間にシワがよってしまう。すると、ぽんぽんと誰かの手が俺を呼んだ。
「…あの、」
「悪いんだけど、その席俺と変わってくれる?」
俺への呼びかけに被さるように、狛の声がした。そっと目を開けると、申し訳なさそうに狛が手を合わせている。
「俺、女の人の横緊張しちゃって」
ぐぐぐっと首を伸ばし後ろを見やると、いつの間にか、猪又は一番後ろの真ん中の席、つまり、元々は狛が座っていた席に移動し、女性陣に囲まれている。そして狛が今、変わって欲しいと言っている席は猪又が初めに座っていた席だった。
「さゆりもこっちおいでよー」
後ろから"さゆり"を呼ぶ声がする。
「あの、でも…」
じっと、俺の方を"さゆり"が見てくる。俺としては申し訳ないが狛と早く変わって欲しい。
「ごめんね、吉岡さん。俺も野兎も仕事で疲れててバスの中も寝たいんだ」
あの席ちょっと賑やかすぎて、と、本当に申し訳なさそうに、狛は"吉岡 さゆり"に手を合わせて謝った。
「そう…、じゃあ、仕方ないね」
吉岡さんは狛と俺をちらっと見ると、後ろの席へと移動していった。
「吉岡さんも静かに寝たかったのかな?」
狛が呟く。
「かもな」
横に狛がいる安心感で既に眠りの世界へ入り込む頭で返事をした。狛がうさぎをもにもにしていたのを最後に、気が付くと俺達は、熱海の温泉宿へと到着していた。




