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探偵は喋らない  作者: 犬犬太


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とりあえず、容疑者として上がっている人間の取り調べは、俺を含め一通り終わった。

材木谷さん、柘植さんが本当に、桔梗さんと彼女の部屋で二人きりにならなかったのかどうかははっきりとは分からないが。

思わせぶりな態度を取っていたことを考えると、稀にあった可能性は無きにしも非ず、だ。二人がそれぞれ嘘を吐いている可能性は捨てきれない。

あとは、仁柳さんと朴木さん。この二人は確実に二人きりで桔梗さんの部屋で過ごすことが出来た。

司法解剖の結果はどうだったのだろうか。あまり死体を見ない様にしていたのだが、首に吉川線は無かったような気がするが。

「野兎、何か気が付いた事はあるか?」

「猪又、司法解剖は終わったのか?結果は?」

とりあえず、取り調べより司法解剖だ。生きた人間は嘘を吐くが、死体は嘘を吐かない。

被せる様に話し掛ける俺に、猪又は少し気圧されたか、体が少し後ろにのけぞっている。

「終わっている。結果は体内からアルコールを摂取していた痕跡がが出てきた。首に吉川線が無かったことから、殺人だった場合、桔梗優愛は意識がほぼ無かったとも考えられる」

ふむ、しかし、俺が見張っていた間は何処かに酒を飲みに行った様子は無かった。部屋を最初に見せてもらった時も、事件後も部屋にアルコール類は無かった気がする。ということは、酒は犯人が持ち込んだ事になる。そして、その痕跡は犯人の手で消されている事になる。

「他に薬物反応は無かったか?」

「睡眠薬を飲んだ痕跡があったな、が、これは死因には直接関係なかった。死因は絞殺だ」

地蔵背負、被害者の背後から凶器となる紐状の物を首に掛けそのまま背中に担ぎ上げる。これをしたら、自殺と他殺が容易に区別出来なくなる。見分け方の一つに、吉川線、という首から縄を緩めようと抵抗する傷痕がある。だがこれも、被害者に意識があってこそだ。意識が無ければ、抵抗も何もできない。

今回はアルコールで酔わせた上で睡眠薬を飲ませてからの犯行と考えられ、吉川線が無かったものと考えるべきかな。いや、自分で死ぬためにアルコールと薬を飲んだとも考えられる。

そうなると、現場の状況は誰かに罪を着せる為に、わざわざ用意したってことか?

もしくは、自殺した後に来た、誰かの手によって現場を他殺の疑いが掛かるようにしたか…。いや、それだと、自分が犯人にされかねない。しかし、そうする事で、自分以外の誰かを殺人犯に仕立て上げる事も出来るということも考えられる。

あー…、考えれば考えるほど沼に嵌っていくようだ。

いや、考えろ、まずは自殺か他殺か、だ。

まず、自殺の場合だ。自殺する人間が、わざわざ人に身辺警護を頼むだろうか。

これについて、考えられる事は二つ。他殺か、自殺を他殺と思わせたかったか。

前者であれば、現場の状況は犯人のアリバイ作りのために作られたものになる。

だが、後者の場合は、桔梗さんが自分で他殺と思わせる状況で自殺をしたか、誰かが、桔梗さんの自殺を他殺に見せたかったかになる。

選択肢は三つに絞られるのか?他に可能性はないか?

そもそもだ、自殺だったとして、自殺をする為の足場やロープを用意して、何かアルコール飲料と睡眠薬を飲んだ後、アルコールと薬の痕跡は解剖するまで気付かれない様に片付けているにも関わらず、雑に押し込まれた椅子とテーブルの上の飲みかけのペットボトル、そしてソファーに投げ出すように掛けられたタオルにばらばらに並べられた本棚。ちぐはぐな部屋の様子。そして、なんと言っても、首吊りは現場が悲惨だ。場合によっては舌が口から垂れ、体の穴という穴から体の中のものが垂れ流される。そこには汚物も当然入っていて、お世辞でもきれいとは言えない現場になる。今回はたまたま、発見も早くそこまで悲惨な状況ではなかったが、桔梗さんがそんな死に方を選ぶとは、しっくり来ない。だいたい、アルコールと薬を飲むのなら、手首でも切ったほうがきれいに死ねるんじゃないか?

そんな不謹慎な事を一人で考えていると、猪又が話し掛けてきた。

「なにか、思う事があったら教えろ」

ほぼ片付けられた女子大生の部屋の中を、真顔で眺める三十代男性が二人。なんだかシュールな情景だな、なんて考えながら、視線は向けずにうさぎを猪又の視線に映るように差し出した。

「オレが結愛なら、自殺するのにこんな汚い死に方は選ばない」女性は薬を大量に飲んで自殺することが多いとも聞く。優愛なら、なるべく綺麗に死ぬんじゃないか?たとえば、手首を切るとか…。そう、言葉の意味の通り、身の周りの事から、見た目まで綺麗に死ぬんじゃ無いだろうか。それこそ、こんなストーカー騒ぎが起きて無関係のオレを巻き込んでいる最中に自殺なんかするだろうか。

うさぎの言葉に猪又は、一旦何かを考えるように間を置くと、話し始めた。

「だが、自殺するほど追い込まれている時に後のことを考えられるか?もうどうでも良くなっている可能性も否定できないだろう?それに、自殺するには首吊が一番楽、という研究結果もある」

確かに、どうでも良いと考える場合もあるかも知れないし、楽に死ぬ方法を選んだのかもしれない。だけど、この現場には、片付けられた痕跡と片付けられていない痕跡の、二つの痕跡が存在する。

「片付けられた痕跡は、死に近いものから片付けられている」

アルコールの痕跡、睡眠薬の痕跡はきれいさっぱり片付けてあるにも関わらず、椅子、ペットボトル、タオル、そして本棚の死ぬための準備段階、もしくはその前の生活の跡は残されている。

うさぎを通して猪又に伝えた言葉に、猪又も、ふむ、と何かを考え込むように黙り込む。しばらくして、猪又はスーツの内ポケットから手帳を取り出すとメモを取り始める。

「死に近いものから片付けられている、か…」

俺が引っ掛かりを覚えた事を呟いて、改めて考え込む。

「お前が言う、死に近いものとは何だ?」

一通り、猪又の中で考えが落ち着いたか、疑問が出てきたのか、質問がされたので、改めて、俺の考えを述べておく事にする。

「アルコールと睡眠薬の痕跡は、司法解剖で初めて発覚しただろ?それ位丁寧に痕跡は消されている。これはどう考えても、死ぬ直前に片付けるしかタイミングはないんだ。あとは、ロープの指紋が無い」

そこまで一気に話し、一旦言葉を区切り、息を軽く吸う。

「だけど、本棚や椅子の片付け方、ソファーに投げ掛けられたようなタオルに、出しっぱなしのペットポトル。どちらかと言えば、後者の方が、優愛の性格上片付けをするだろうな」

考え中ではあるが、途中経過で気がついた点を猪又に共有する。

それに、部屋のゴミ箱にはアルコール飲料や睡眠薬の痕跡が、残ってなかったようだし。少なくとも、日本の警察が、その痕跡を見逃すとは思えない。そして残っていた痕跡は、普段の桔梗さんからは想像できなかった痕跡だけ。ほんの数日、過ごした俺でも違和感を感じる殺人現場、犯人は何故気が付かなかったのか。相当焦っていたか、そこまで気が回らなかったのか。まぁ、どちらも可能性はあるが、桔梗さんが、敢えて、細かい事を気にするという性格を隠していた場合もある。

俺は赤の他人で、関係としては、依頼が終われば終わる関係。わざわざ、桔梗さんがいつもの日課や癖を隠す必要のない相手。

しかし、犯人がいた場合、その相手には、細かい性格を見られたくなかったか、その相手のズボラな一面を認めて、放置していたかのどちらかだろう。

「猪又、お前なら、どの位の付き合いの相手なら、その人の癖や性格を許せる?」

何を言っているんだ、とばかりに、猪又は、眉をひそめるが、俺の疑問には答えてくれるようで。

「そうだな、一緒にいる事が心地良く感じる相手か、相当気を許している相手か…何があっても離れたくないと感じている相手とか…」

腕組みし、何かを考えるように視線を彷徨わせながら意外にも真面目に猪又は考え込む。

「猪又、お前には…、そんな相手いるのか…?」

俺の少々突飛な質問に、猪又は至極真面目に返答を返してくれる。

「今はいないが…。野兎、お前こそそういう相手はいないのか?」

人見知りの俺に、そんな相手がいるはずもなく。

「いないな…」

寂しい、三十路男が女子大生の部屋を並んで眺める、さらにシュールな状態が成り立った。

ただ、猪又の言葉が当て嵌まる存在が桔梗さんにいたとしたら…。殺人だった場合、その相手が犯人で、犯人にとって、この部屋の事件当時の状況は違和感のない状態で、普通の光景だった…?

とりあえず俺は、もう一度部屋の中を見て回る。何か分からない物をあてもなく探す。部屋中をうろうろと歩き回りながら、戸棚や箪笥、書架、冷蔵庫に冷凍庫。それらのどこを見ても、桔梗さんの生活がまだ続いているのではないかと思わせる。

冷蔵庫には、自炊をしっかりしていたのであろう、調味料や食材が入っている。冷凍庫には事件当日より小さくなったドライアイスが。ここで、一つの疑問が浮かび上がってきた。それは、事件当日の夜、俺が桔梗さんに渡したベッドポトルのお茶は二本。一本は手がついたままテーブルの上に有った。では、もう一本は?冷蔵庫や食材のストッカー、ペットボトル飲料が片付けられそうな場所を一通り探し回るが、一向に見当たらない。

俺はこの部屋の中で、ペットボトルが有るであろう最後の場所の蓋を開ける。

「猪又、この中のペットボトルの指紋は調べたか?」

ペットボトルをまとめて捨ててあるゴミ箱。その中に俺が桔梗さんに渡したペットボトルらしき物が隠すように入っている。もしかしたら、これは一気に事件が進展するかもしれない。

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