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【第73話】皇太子、陽仁の答え

挿絵(By みてみん)


ぼくは、皇太子の自分が嫌だった。

将来、天皇になんて、なりたくなかった。


この国の、象徴?

そんなの、知らないよ。


だって、そうでしょ?


生活を自由に選ぶ。

住む場所や職業を自由に決める。

人間関係を自由に築く。


それが、出来ない。

皇室の人間は“普通”の人生選択がほぼ許されないから。


それに、お父さんやお母さんをそばで見てきて、痛感させられた。

公務や発言、服装に態度だって……

すべてが注目されるんだ。


“失敗できない”極端なプレッシャー。

背負うものが、あまりにも重すぎる。



ねぇ、お父さん、お母さん。

あなたたちは、幸せですか? 

それとも、不幸ですか?



『皇室は幸せであってはならない』


皇室は災害の現場に行き、死者を悼み、戦争の記憶と向き合う。

国民の痛みを引き受ける位置に立つ。

不幸を感じない象徴なんて、それこそ空虚だから。


この国を想うこと。

不幸を知らない者の祈りではきっと、成立しない。

祈りって、幸福の高みから投げるものじゃないでしょ?

もし皇室が悲しみを知らなければ、それは祈りを薄くしてしまうでしょ?


『皇室は不幸であってはならない』


だって不幸な存在が、国民の幸せを祈るのは、倒錯して見えるから。

国の象徴たる自分が不幸になってしまっては、国そのものの歪みに見えてしまう。


だから――

やっぱり幸せであるべきなんだ。

そう思いたかったんだよ。


『皇室は、幸福にも不幸にも、表向きは身を委ねられない存在』


皇室というのは、特別に管理される立場。

つまり、国家制度の一部。

象徴は感情の主体ではなく、きっと投影の器。

国民の希望も、絶望も、全て受け止められる空白が必要なんだ。


幸せか不幸か、どちらかに振れてしまうと、象徴は一気に個人の物語になってしまう。

象徴が語り始めた瞬間、国民は皇室を見る存在から、評価する存在になってしまう。


だから内側に幸せ、不幸があっても、外側はどちらでもない位置に立ち続ける。

感情を持たないのではなく、感情に支配されているように見えてはいけない。


自己状態の表明の封印。

私情の脱個人化。


それを破ってしまったら、日本は、皇室の感情と運命を共にしている、という誤読を生んでしまうから。

天皇の感情が国家の指標になった瞬間、象徴は不安定になってしまうから。



そういえば、お父さんが言ってた。

喜びも語りすぎない。

悲しみも語りすぎない。

ただ、寄り添うという姿勢だけ残すって。

寄り添う相手は、国民。

国民が主人公。

だから、寄り添うこちらが主役になってはいけないって。


つまり――

ぼくは、ぼくのためにあるのではない。

ぼくは、自分の人生を表現する者ではなく、国民の物語を受け止める者。



ぼくはね……


自分の人生の、主人公になりたかったんだ……



普通の男の子に、憧れてた。

だって普通の人は、

自分の夢、自分の幸福、自分の人生の為に生きられるでしょ?


でも皇室の人間は、国家、国民、歴史の方が先にきてしまう。

己の人生の主役ではなく、国家の物語の登場人物として生きる宿命。

そこに個人(はるひと)の物語を挟んではいけない。

主人公は自分ではなく、国民だから。

ぼくはそのための、象徴なのだから。


天皇とは、皇室とは、

国家を、国民を、主人公にするための装置。


それでも――


どうか――


その装置を……魂と言わせて。



挿絵(By みてみん)


陽仁は、大粒の涙を流していた。


溢れる激情。


流れる涙は大河のように。


きっと、それが、彼が、宿命を真に受け入れた証。


「ぼくは皇太子なんだ!」

「この国の天皇になるために生まれてきたんだ!」

「その責務から逃れることなど許されない!」

「ここで退くことなんて、絶対に出来ない!」


使命感と呼べるほどポジティブな感情ではなく。

背負わざるを得ない重みとしての覚悟。

自己が抑えられ、役割に従う覚悟。

自己犠牲と、折り合いの決意。


――すべては、国家、国民を主人公にする為に。



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