パーティー=ファミリー
私とレオン、エドさんは大衆食堂にいた。
いつものギルドに併設された飲食店ではない。冒険者ではない一般の人々が、将来の夢から日常の些細な愚痴までこぼすような大衆的な酒場。その中で私とレオンは、エドさんの向かいに座る形で彼を見つめていた。
「俺たちのパーティーはシルヴィアを中心に回っていた」
酒の入ったカップを揺らし、エドさんはうつむきがちにそう語る。
この世界で氷は貴重なものだ。温い酒はとても美味しそうに見えないけれど、エドさんがそれを気にする様子はない。ただ、酔いたいから口にしている。そう言いたげにちびちびと酒を飲みながら、エドさんは喋り出す。
「『太陽の天使』のシルヴィア」といえば、剣士である私もその名前を聞いたことのある高名な僧侶だ。
銅を輪切りにされた者や頭蓋骨を破壊された者でも瞬時に治療し、その傷跡すら残さなかったという高レベルな回復力の持ち主。その実力は今なお上回る者が現れず、僧侶連合では聖女として今もその功績を崇め讃えられているという噂だ。
「剣士の俺と、勇者のアラン。魔法使いのステラと、僧侶のシルヴィア。俺たち四人はみんな同じ村出身で、成長したら自然と『パーティーを組もう』って流れになった。最初は負け続きだったけれど少しずつ強くなっていって、全体的に攻守のバランスが取れたいいパーティーになったと思う。そうやってとうとう、君たちが言うレッド・ドラゴンを倒すことにまで成功したんだ」
そう、そこまでは今なお語り継がれる『太陽の天使』の偉業の一つだ。
レッド・ドラゴンは血で染まったような真っ赤な色の龍で、七つの頭に冠を被った邪悪な怪物だったという。大勢の人の命を奪い、その名を聞くだけで多くの冒険者が恐れおののいた。それゆえにレッド・ドラゴンを倒した『太陽の天使』は賞賛され、伝説となったのだ。
パーティーを組み、魔物たちへと立ち向かう。強力な魔物を倒し、大勢の人の命を救う。それを目指す冒険者は私たちを含め世界中に存在するが、実際にその夢を叶える寸前までいったパーティーはなかなかいないだろう。だけどエドさんがいた「太陽の天使」はモンスターの中でも最強レベルと言えるレッド・ドラゴンに勝った。突然の解散さえなければさらに多くの魔物を倒し、より多くの人々を救っていたかもしれないのだ。
その輝かしい過去と裏腹に「だけど」とエドさんは疲れたような顔で語る。
「それを機に俺たちパーティーは全員、異性から声をかけられることが多くなった。まぁ、砕けた言い方をすればモテるようになったんだな。特に童顔で、大人しいスピカは他のパーティーの男からかなり声をかけられるようになった。でも、シルヴィアはそれが面白くなかったみたいでさ。次第に俺たちの空気が、ギスギスしたものに変わっていったんだ」
「シルヴィアさんとスピカさんはもともと、仲が良かったんじゃないですか?」
レオンの疑問に、エドさんは「さぁな」と肩をすくめてみせる。
「俺の目には仲が良いように見えたし、アランだってそう思っていたと思う。だけど実際どうだったのかはもう、今となってはわからないさ。ひょっとしたらスピカのことをもともと見下していたのかもしれないし、ただ単に嫉妬しただけかもしれない。とにかくシルヴィアはスピカに辛く当たるようになった。それに乗じて俺たちも、スピカに厳しい言い方をするようになってしまったんだ」
理解できない、と言いたげな表情になるレオンだが私はなんとなくシルヴィアさんの気持ちがわかるような気がして複雑な心境になる。
自分と同じような女性、少なくともそう見える女性が自分以上の幸せを手にしているとそれが堪らなく癇に障る。相手が友人でも赤の他人でも関係ない、「なんであの子が」と仄暗い気持ちがフツフツと沸き上がってくるのだ。それは「嫉妬」の一言で収まるほど簡単なものではなく、おそらく女性特有のものなのではないか、と私は考える。
「彼女だって努力した」
「彼女だって苦労している」
理性でそう言い聞かせて気持ちに蓋をすることもできるが、そのままヒステリーを起こし相手に攻撃を始めてしまう人もいる。シルヴィアさんはまさに、後者のタイプだったのだろう。そしてエドさんともう一人の仲間は、それに同調してしまった。シルヴィアさんを押さえるのではなく、シルヴィアさんに流される方を選んでしまったのだ。そう考える私の心を言い当てるように、エドさんは続ける。
「シルヴィアが怒るのを宥めるより、スピカを黙らせる方が楽だった。だから俺たちはシルヴィアを擁護し、スピカを蔑ろにしてしまったんだ。いや、シルヴィアのせいだけじゃない。俺たちはレッド・ドラゴンを倒したパーティーだ、もっと多くの人を助けるためにこれからも戦い続けるべきなんだ。そんな驕りと重責を勝手に抱え込んで、いつの間にかそれに囚われていた。その苛立ちを全部、スピカに押しつけてしまっていたんだ」
そんなエドさんの言葉に、今度はレオンが思い当たる節を見つけたような顔になる。
冒険者への依頼は数多いが、その一つ一つが「人々を魔物から守る」とう大きな目的へと繋がっている。だからこの依頼が終わったら次、それが終わったら次……と求められるレベルが雪だるま式に膨れあがり、難易度の高いものへとなっていく。もちろん、その全てが順調にこなせるわけではない。人の成長は階段のようにわかりやすいものではないのだ。そうして自己評価と他者評価の間で雁字搦めになり、自らを追い込んでしまう人々もいる。エドさんも、そして『太陽の天使』の一団もそうだったのだろう。エドさんは眉をよせ、カップを強く握りしめると苦々しげに口を開いた。
「スピカはどんどん心を病んでいくようになって、魔法も失敗することが多くなった。それでシルヴィアが怒って、俺たちもイライラしての繰り返し。完全に悪循環にはまってしまって、スピカはある日ギルドに駆け込み『冒険者稼業を休業したい』って申請を出したんだ。俺たちに何の相談もなく、たった一人でな」
私とレオンはごくり、と唾を飲み込む。
何らかの事情で冒険者稼業を続けられない、もしくはしばらく休業したい。そう考えるのであればまず「家族」であるパーティーの誰かに相談すべきだ。それをしないのはパーティーへの裏切りであり、不誠実な行動として受け取られる。でもスピカさんはそのタブーを犯すぐらい、追い詰められていた。世間一般の常識やマナーより、エドさんたちへの不信感が勝ってしまったのだ。
とはいえ、エドさんの実力やシルヴィアさんの回復能力を考えれば、スピカさんの脱落がそこまで壊滅的な好意になるとは思えない。よほどの才能———それこそクライドやシルヴィアさんほどの実力の持ち主でなければ、パーティーが維持できないほどの損失にはならないものだ。ではなぜ、『太陽の天使』は解散してしまったのだろう?
気がつくと私とレオンは自分たちの食事もおざなりにして、エドさんの話に聞き入っていた。エドさんもまた空になったカップをそのままに、再び口を開く。
「スピカがいなくなってもシルヴィアの回復能力があったから、しばらくは三人でやっていけた。けれど戦力が一つ抜けるのはやはり痛手だ、ってことで新しい魔法使いを雇うようにしたんだがみんなすぐに辞めていった。俺たちはシルヴィアの高い回復力をあてにして無茶苦茶な戦い方をしていたし、シルヴィアも新しいメンバーが増えるのを嫌がったんだ。そうやって何人も抜けた後、最終的にシルヴィアと仲良くなった女魔法使いのメアリだけが残った。メアリは魔法の実力だとスピカより圧倒的に下だったが、ただ『シルヴィアと気が合った』ってだけで、俺たちのパーティーに居座ることに成功したんだ」
忌々しげに、エドさんはそう語る。
人間の集まりである以上。パーティー内で大なり小なり相性が出てしまうのは仕方が無い。
けれど冒険者であるならまず、実力で評価されるべきだ。それができなくなった時点でもう、そのパーティーは純粋に魔法討伐を目指しているとは言えなくなる。だけどそれをねじ曲げなければいけないくらい、『太陽の天使』はシルヴィアさんに依存しきっていた。もはやパーティーではなくシルヴィアさんのわがままが通るただの「集団」に成り下がってしまったのだ。
「メアリはとにかくシルヴィアに媚びまくっていて、シルヴィアもそんなメアリを甘やかし続けた。スピカがやったら目を吊り上げて怒鳴りつけるような失敗もメアリなら『しょうがないなぁ』で済まされたし、明らかに足を引っ張られてもメアリはまだ冒険者になったばかりだから、と言ってちっとも叱ろうとしなかった。それぐらいメアリはシルヴィアに取り入ることに成功したんだ。そうやってシルヴィアはついに、『スピカを追い出してメアリをパーティーの一員にしよう』と言い出したんだ」
同じ村の出身であった仲間を、自分の勝手な一存で追放する。いくら先に背信行為を働いたのがスピカさんだとしても、それはあまりに横暴で滅茶苦茶なことだった。でもエドさんはそれを止めなかった。いや、止めることができなかったのだ。叱られた子犬のようにエドさんは項垂れ、視線を地に落とす。
「言い訳がましいが、俺は一応シルヴィアに反対しようとした。でもアランに言われたんだ。シルヴィアがいなくなったら俺たちのパーティーの回復役がいなくなるし、シルヴィア以上の能力を持った人間なんて現れない。だからシルヴィアの言うことを聞かざるをえない、って。それで結局、シルヴィアの言う通りにするしかできなくなった。そうなったらもう、俺たちのパーティーはただシルヴィアの機嫌を伺うだけの取り巻き集団。結果として俺たちはますます、シルヴィアに縋りつくことしかできなくなったんだ」
パーティーの中で決定的な発言力の違いができれば、もはや「何でも言い合える家族のような存在」というパーティーの理想的な姿からは遠くかけ離れてしまうことになる。『太陽の天使』はシルヴィアさんの独裁状態になってしまい、その結果エドさんの言葉を借りれば「取り巻き集団」に成り下がってしまったのだ。
伝説のパーティーがその伝説によって形を崩し、最終的にたった一人の身勝手に振り回される愚かな集団になる。人間の力をはるかに凌駕する魔物たちと戦うはずだったパーティーが、魔物による攻撃自分たち自身の手で仲間割れし、自滅してしまったのだ。知能のある魔物や、人外の種族……例えば『失われた風景』にもいたエルフがその姿を見ていたら、何を思っただろう。「倒す手間が省けた」と高笑いしたか、人間なんてろくなものじゃないと恐れ入ったか。エドさんもそんなことを考えたのか、ただ単に酔いが回ってきたのかうっすらと涙を目に浮かべて言う。
「シルヴィアは結婚・出産で一時期パーティーを離れたが、その間はメアリが俺たちを牛耳るようになった。『シルヴィアさんがいれば』『シルヴィアさんなら』って言って新人を虐めては、辞めさせていく。俺たちはその度にメアリをいさめたけれど、実際シルヴィアに頼りきりだったから強く言うことはできなかったんだ。そうこうしているうちに、俺たち以外にも優秀な冒険者が現れるようになってきたんだ。君たちのパーティーのクライドみたいな、自分一人でパーティーの力を変えられるぐらいのすごい連中がね」
クライドの名を聞いて、私の心臓がどきりと跳ね上がる。
エドさんは、私たちのことを知っていたんだ。
考えてみれば私たち『方舟に曳かれて』は既にブラック入りしたパーティーだ、フリーの冒険者と組んでできる依頼にはギルドが難色を示すだろう。それを受け入れられるのは、お互いに「訳あり」だったから。そう理解し、はっとする私とレオンにエドさんは穏やかな笑みを向ける。
「結局、俺たち『太陽の天使』は加齢による衰えや人間関係のいざこざを理由に、解散することになったんだ。これは後になって調べたんだが、スピカは俺たちのパーティーを抜けてからフリーの僧侶になって地方で重宝されるようになったらしい。一方のシルヴィアは僧侶連合で教鞭を取ることになったが、指導が厳しすぎる上に依怙贔屓が激しいってんであっちこっちに押しつけられる厄介者扱いだそうだ。結局、自己中心的だったシルヴィアは今でもずっと自分が中心じゃないと気が済まないみたいだってことさ。まぁ、シルヴィアをそんな風にしてしまった俺たちにも、問題はあると思う。だからさ、せめて君たちのようなまだ若い冒険者には伝えておきたいんだよ」
そこでエドさんは一度、私たちの方を真っ直ぐに見据えるとはっきりとした口調で私たちに告げる。
「いいか、これはオジサンの自己満足じみた説教だ。『パーティーは家族』って言うけれど、だからって何をしても許されるわけじゃない。家族はお互い強い絆で結ばれているものだ、けれどその家族でも許せない行いはある。時には見放し、離れる決断も必要なんだ。俺たちはシルヴィアと向き合い、シルヴィアと共に変わるべきだった。パーティーだからこそ、悪いところにきちんと向き合い反省するなりお互い話し合うなりするべきだったんだ」
もう遅いけどな、という言葉で話を締めくくったエドさんは一人、席を立つ。
「長話に付き合ってもらって悪かったな。お詫びに今日の依頼の報酬と今日の飯代は俺が払っておく。ただ、最後に言っておくよ。君たちは間違っていないと思う。だから堂々と、胸を張って冒険者をしていいんだ」
言い終えるが早いかエドさんはそのまま、勘定を終わらせると私たちを残しすぐに立ち去っていく。お礼を言わなければいけないのに、今日の依頼の報酬を渡さなければいけないのに。私とレオンは席に着いたまま、エドさんに言われたことをゆっくりと反芻していた。
「俺たち、間違ってなかったんだな」
ポツリ、と呟くようなレオンの言葉に私は黙って頷く。
クライドは大切な家族だ。
だけど、だからと言ってその傍若無人な振る舞いに目を瞑っていてはいけないだろう。だから私たちはブラック入りしたのだ。それでも心の何処かで、「家族であるクライドを追放して良かったのか」というやりきれなさを抱え込んでいた。けれど今日、エドさんはそれを肯定してくれた。私たちは間違っていないと、はっきり言ってくれたのだ。その事実はどんな報酬より重く、私たちが心に溜め込んでいた何かが徐々に軽くなっていくように感じた。




