応援
クライドのパーティーに勧誘された。
それは本来、自分のパーティーのリーダーであるレオンに相談すべき出来事だ。結婚する子どもがお互いの両親に挨拶をするように。離婚を選んだ夫婦が我が子に父と母、どちらについていくかを選択させるように。だけど私はそれを言い出すことができずに、どこか後ろめたい気持ちを抱えながら冒険者稼業を続けていた。
そんなある日。いつものようにギルドへ赴こうと、外に出る準備をしていたらレオンが待ったをかけた。どうやら既に、別の依頼を用意しているらしい。……頑張って探してくれたのだろう、その表情には疲れが見えた。
「次の依頼は明日、内容はミノタウロスの討伐だ。フリーの剣士が一人、応援で入ってくれるからそのつもりでいてくれ」
必要事項だけを述べたレオンは気まずそうに私から目を逸らすと、そそくさと自分の寝床へ戻っていく。
私がレオンに何か隠している、と気づいたのかレオンと私の仲は最近ぎくしゃくしていた。錆び付いた剣のようなそれはギリギリと私の心を締め付け、どうしようもない居心地の悪さを感じさせる。パーティーは家族、なのにこれではまるで他人のようだ。いや、いっそ他人同士の方がよほど上手くやっていけるかもしれない。私は溜め息混じりにそう考え、一人ささくれ立つ気持ちを飲み込む。
ミノタウロスは人間の体に牛の頭部を持った、人間に近い姿の魔物だ。しかしサイクロプスと同じく怪力な上、個体によっては武器を扱い人間に近い戦い方をすることもある。そのため討伐には高い水準の力を持った冒険者が必要で、ギルドでは「特に実力のある戦士や剣士がいた方が望ましい」とされる相手だ。
……だが私は、そのレベルの剣士であるとは言えない。
人間に近い、高難易度の魔物を相手にするには私は役不足なのだ。それを感じ取ったからレオンは私だけでなく、フリーの剣士と一緒に依頼をこなすという選択をした。クライドがいた頃はそんなことをしなくても十分戦うことができた相手だが、今の私とレオンでは到底人手が足りないだろう。だからレオンは懸命な判断をした……必死に自分へとそう言い聞かせるが、一方で「私だけでは力になれないんだ」と考えてしまう自分もいる。
私は自分の気持ちを必死に押し殺し、逃げるように部屋の中で毛布の中で目を瞑った。依頼のない時、私はいつも剣や魔法の練習をすることにしているが今日はそれすらもできない。やろうとしたら途端に言いようのない不安に駆られ、何もできなくなる。
毛布で強制的に作り出した暗闇の中で私は寒さを堪えるように丸くなり、ただひたすら眠りが訪れるのを持った。
「俺の名前はエド。君たちにとってはオジサンかもしれないが、できればそれは言わないでおいてほしい。だから呼び名は『エド』か『エドさん』にしてもらえると気が楽かな」
おちゃらけたようにそう語るエドさんは本人が言うとおり、中年にさしかかったぐらいの年齢の男性だった。顎を覆う髭と引き締まった顔立ち、筋骨隆々とした体つきには剣士としての長年の経験と貫禄を感じさせる。とはいえ年下の私たちを見下すようなタイプではないみたいなので、私はひとまずほっとしていた。
「まずミノタウロスは人が迷いやすい、迷路のような森に出るらしいので全員で固まってしっかりと地図を見ながら行動しましょう。それとミノタウロスはチラチラ動くものを見ると興奮してそれを攻撃してくる習性があるのでそれを利用してどこか一カ所に誘き出します。こちらを見つけたらさらに暴れ出すと思いますが、イヴが簡単な防御魔法を使えるのでダメージを少しは防げると思います。その間に俺とエドワードさん、そして余力があればイヴの三人で攻撃を仕掛けましょう」
「おう、わかった。ええっと、イヴ君は魔法が使えるんだな。頼もしい限りだ、今日はよろしく頼むよ」
にこやかにはにかんでみせるエドワードさんへ、私は軽く頭を下げる。
きちんとパーティーのリーダーであるレオンの言葉に従う。年齢の差に関わらず、冒険者として私たちを対等な相手として見てくれる。たったそれだけのことだが、クライドがそれをするのを私は見たことがない。
それに、「魔法が使えるのが頼もしい」なんて言ってもらえたのは生まれて初めてだ。私の魔法の実力は剣士の戦闘の補助程度にしかならないし、そうでなくてもクライドという魔法の才能の塊が傍らにいるため私の魔法を誰かに褒めてもらえることなんてなかった。誰でも言える褒め言葉だ、どうせお世辞半分だ。そうわかっていても、砂漠に雨が降ったようなエドワードさんの言葉は私の心に奥深く染みこんでいく。
いけない。まだこれから戦闘、という時なのだから気を引き締めなければ。
そう自分を奮い立たせ、私は剣の柄を握りしめる今は私に期待してくれる、エドワードさんとレオンのためにも戦わなくちゃ。自分を鼓舞した私は急ぎ、ミノタウロス討伐の準備に取りかかる。
ミノタウロス討伐にあたって、注意すべきは迷子にならないことだ。ふざけているようだが実はこれがミノタウロスと直接、対決した時と同じぐらい危険性が高く中には「討伐に向かって進んでいる最中、遭難して亡くなったパーティーの死体を見つけた」なんて話もざらにある。
本当は高難易度の探索魔法を遣えれば、すぐにミノタウロスを見つけられるのだけど……自分の無力さにチクリと胸が痛むのを感じながら、それでも私は目の前のことに集中しようと息を整える。
ミノタウロスを誘き寄せるのに使う、真っ赤なハンカチ。それを糸で高い所から吊り下げ、空中でひらひらと動かす。何度かそれを繰り返すと低い唸り声と共に、逞しい男性の体に猛々しい牛の頭、手には棍棒を持ったミノタウロスの姿が現れた。
「イヴ、援護を頼む」
言うが早いかレオンは私にハンカチの括りつけられた糸を託し、ミノタウロスに向かって間合いを詰める。ミノタウロスはそれに素早く気がつき、棍棒を高く振り上げた。
私の防御魔法が、棍棒の攻撃を受け止める。その反動は魔法の使用者である私にやっていた。痛みはないが、魔力を持っていかれ体がふらつくのがわかる。もう一回、あれで打ちのめされたら、私の防御魔法は簡単に崩れ去りレオンは骨まで粉々に砕かれてしまうだろう。思わず私も飛び出し、剣を抜こうとすれば――
「引いてな、イヴ君」
エドワードさんが先に飛び出したレオンより早く、ミノタウロスに向かって剣を振るった。
煌びやかな刀身は信じられないほどの切れ味で、屈強なミノタウロスの肉体を真っ二つにしてしまう。その洗練された動作と、剣に施された装飾を見て私は呟く。
「あれって……まさかエクスカリバー?」
倒れ伏すミノタウロスを気にも留めず、剣を一降りして血を拭うエドワードさん。そうしてまたその刃先をじっくりと見直せば、その剣はやはり剣士見習いの時に絵で見たそれと間違いない、と確認する。
剣士の持つ剣は単なる道具ではなく、持ち手の戦い方や戦闘力が反映される。
例えば私の持つ剣はヴァルキリー・ブレイドと呼ばれるもので、この世界における女剣士向けの一般的な剣だ。軽く、振りやすさを重視しているがそれゆえに斬撃としては細いものになりがちで大型のモンスターだと貫通しきれないこともある。一方、エクスカリバーは遠い昔、妖精がしつらえたと言われる世界でただ一つの剣で、その威力も桁違いだと言われている。
唯一かつ最高。そんな剣をもっている剣士の名前は、エクスカリバーと共に長く語り継がれている。
「まさかエドワードさんって……あの、『太陽の天使』のエドワードさんですか?」
信じられないような気持ちで、私はそう尋ねる。『太陽の天使』というパーティー名を聞いて、レオンも驚いたようだ。私たちはミノタウロスを討ち取ったことも忘れ二人、驚愕に目を見開く。
『太陽の天使』は数あるパーティーの中でも一際、冒険者たちの間で畏敬の念を抱かれている伝説の存在だ。この世で最も凶悪と呼ばれた魔物レッド・ドラゴンを倒したことで一躍名を挙げ、「最も勇敢で最も偉大な冒険者たち」とまで讃えられた一団。しかし突如として解散した後、メンバーたちのその後は誰も知らないと言われていたはずなのだが。
「昔の話だよ。今はただのしがない、フリーの冒険者さ」
エドワードさんは自嘲げにそう答えると、エクスカリバーを鞘に収めた。




