違和感
そうやって訪れた次の日。
私たちの前には今回の依頼で協力するパーティー、『鏡の操り人形』の一団が来ていた。
「やぁ、俺たちは『方舟に曳かれて』だ。今日は一緒に頑張ろう」
クライドは明るく言ってみせる。
……普通、こういう時はパーティーのまとめ役であるレオンが最初に挨拶をするべきだ。なのにクライドはまるで自分が全ての中心であるかのように振る舞い、私たちはおろか『鏡の操り人形』のメンバーの意見すら無視して勝手に作戦を立てている。ちらりとレオンの方を盗み見れば、レオンは無言で頷いてみせた。
そうだ、私たちのパーティーはいつもこうだった。なぜ今まで違和感を持たなかったのだろう、とむずがゆい思いをしている間に作戦が決まる。
ユニコーンは凶暴で力も強いが、処女には優しく時には甘えて膝の上で眠ることもある。そのため私と相手パーティーの僧侶・セシリアさんがまずユニコーンをおびき寄せ、油断したところでレオンやクライドたちがユニコーンを攻撃し首を落とすという段取りとなった。
「えっと、よろしくお願いいたします」
セシリアさんはおどおどとした様子でこちらに頭を下げる。その表情からして彼女は大人しい性格のようだ。そんなセシリアさんにクライドは「大丈夫、大丈夫」とさりげなく背中を撫でる。
……セシリアさんの表情がほんの一瞬、引きつったのは気のせいではないだろう。
まだ会って数時間も経っていない相手にボディータッチをされたら、不快に感じる人も多いはずだ。クライドは、それがわからないのだろうか? 訝しむ私と、セシリアさんの目が合う。
私とクライドは兄妹なだけあって顔はよく似ている。
そのせいかセシリアさんは私に対してもどこか恐る恐るといった調子で、頭を下げた。私はそんな彼女を安心させようと笑ってみせるが、どうにも顔が引きつって上手く笑えない。その間もクライドの指示のもと、レオンと『鏡の操り人形』の一団は作戦の準備を始める。全ては順序よく、完璧に進んでいるが冷静に考えると他のパーティーである『鏡の操り人形』のメンバーがクライドの言うことを聞く必要はない。しかしそれに誰も疑問を唱えないまま、作戦はとんとんと進んでいく。
……まさか、異を唱えないのではなく唱えることができないのではないか。
頭をよぎった懸念を振り払い、私は準備を進める。違う、レオンに言われて神経質になっているだけだ。クライドの言うことが正しいのは、『鏡の操り人形』のメンバーもわかっている。だから、これは普通。普通なはずだ。ほとんど言い聞かせるようにしながら私は結いコーンの出没情報のある、森へと移動の準備を始めた。
◇
ユニコーン討伐は思った以上に簡単に済み、私たちは全員で祝賀会を開いていた。
ギルドに併設された飲食店は依頼をこなした冒険者への労い、並びに冒険者たちが自らの勝利を祝うための宴会の場として提供されている。私たち『方舟に曳かれて』と『かが』の一団はそれぞれテーブルを挟んで、お互いに向かい合う形で乾杯を交わしていた。
「全部『方舟に曳かれて』の皆さんのおかげです。ありがとうございます」
『鏡の操り人形』の勇者はそう言って、深々と頭を下げる。クライドは「いやぁ、そんなことはないですよ」と答えながらまんざらでもない様子だ。実際、今日の依頼は——正確には今日の依頼「も」、クライドの活躍による功績が大きい。
ユニコーン討伐において最も重視すべきは、角の確保だ。ユニコーンの角には毒消しの効果があり、その角を使用して作られた盃や短剣は高額で取引される。
なので胴体は多少傷ついてもいいが、頭部だけはできるだけ綺麗な状態で仕留めなければならない。クライドはそのため私たちパーティーと『鏡の操り人形』の一団に付与術と防御魔法を施した後、それをユニコーンの頭部に限定して使用した。これによってユニコーンが角で私たちを攻撃することはできなくなるし、私たちもまた頭部の状態を気にせず自由に戦うことができるようになる。
標的であるユニコーンは、私とセシリアさんに気がつくとゆったりとこちらに向かって歩いてきた。セシリアさんが静かにユニコーンを呼び寄せると、ユニコーンは甘えてそのままセシリアさんの膝に寄り添ってくる。
そこですかさず、待機していたレオンやクライドたちがユニコーンに飛び掛かった。即座に暴れ出そうとしたユニコーンを、剣士である私と『鏡の操り人形』の魔法使いが食い止める。私はユニコーンの前足を切り落とし、魔法使いさんは後ろ足から尻尾に向けて身体麻痺の魔法を使ったようだ。四本の足を全て封じられたユニコーンは、それでも私たちに抗おうと必死で暴れ回る。
一番の武器である角をカバーされているとはいえ、その力は凄まじい。囮としてユニコーンの一番近くにいた私とセシリアさんは、その後ろ足に蹴り飛ばされる。剣士である私は受け身を取ってダメージを最小限に抑えられたが、セシリアさんはそのまま地面へと叩きつけられる形となった。ゴキリ、と嫌な音が響いてセシリアさんが呻き声を上げる。
そこですかさずクライドが治療魔法を使い、同時にユニコーンへ催眠魔法をかけた。誇り高いユニコーンは催眠魔法を使っても決して人間の言うことを聞いてくれないが、多少動きを鈍らせることはできる。そこにレオンと『鏡の操り人形』の勇者が斬りかかることでユニコーンの首を取ることに成功したのだった。
魔法には様々な種類があり、一人で多種多様な魔法を使うのは到底のことではない。ましてそれを同時に使用するのは並大抵の人間ができることではない。それをいとも簡単にこなせる時点で、クライドの非凡さが窺える。加えてクライドのそれは、一つ一つだけでもかなり強力なのだ。その力を文字通り体感して知ったセシリアさんは、クライドに礼儀正しく頭を下げる。
「僧侶の君が骨折の痛みに耐えたのもすごいと思うよ。それに君だって自分と、一緒にいるイヴに治療魔法をかけてくれただろう? おかげで俺も治療魔法をかける時間が少なくて済んだからさ。助かったよ」
言いながらクライドは、セシリアさんの頭を優しく撫でる。クライドは私の時もそうやって、よく褒めてくれるのだ。だけど第三者としてその光景を見た今、私は違和感を覚える。
頭を撫でられると女性は喜ぶ。そう思っている人は多いし、実際嬉しいと感じる女性も当然いるだろう。だが、「頭を撫でる」という行為はそもそも犬や猫などの動物、人間でもせいぜい子どもぐらいしかしないものだ。
それなりに年を重ねた相手にそうするのは、相手を見下しているような形になっているのではないだろうか?
仮に純粋な好意から来るものだとしても、それを異性にされて嫌がられるとは思って見ないのだろうか。レオンや『鏡の操り人形』の一団もそれを感じたのか宴会の席に一瞬、緊張が走る。しかしレオンが「今度は何を食べたい?」と切り出すことで、その空気はひとまず消え失せた。
……あぁ、レオンは今までもこうやってクライドのフォローをしてきたんだ。
そう気がついたと同時に、それに気づかず適当に聞き流していた私は自分自身に嫌気が差す。どうして、今まで気づかなかったんだろう、という自己嫌悪を洗い流すように私は杯を呷る。
この世界の冒険者はあまり酒類を口にしない。体が資本の職業なのでなるべく、日々の健康や翌日の体調に影響が出るような食べ物は自然と遠ざけるようになるのだ。とはいえ宴会が進めば少しぐらいは口にするし、そうなると酔いも回ってくるものだ。
「それにしても君は、もう少し考えて戦った方がいいよ」
和気藹々とした空気の中でクライドが唐突に、そう口にする。
言われたのは『鏡の操り人形』の魔法使いだった。彼は「え?」と意表を突かれたような顔をするが、クライドは眉間に皺を寄せて話し続ける。
「君がぼーっとしてないでもっと早く魔法を使っていたら、イヴもセシリアちゃんも痛い思いをしなくて澄んだじゃないか。そもそも攻撃するにも色々な魔法があるんだから、イヴみたいに足ごと削ぎ落としてしまえば良かっただろう? セシリアちゃんはまだ若いし女の子なんだから。君が気をきかせるようにしないとダメじゃないか。要領が悪いな」
鼻をわずかに持ち上げ、イライラした口調でクライドはそう語る。
言っていることは正しいが、戦闘中はとにかく時間との勝負だ。じっくり考えて行動する暇などないのだから、常に正しい判断ができるとは限らない。クライドほど優秀な冒険者であればそれも問題ないが、普通はそうもいかないのだ。『鏡の操り人形』の魔法使いもそう思ったのか、伏し目がちにクライドへ言い返す。
「でもあの時は、セシリアとイヴさんがすぐ近くにいたじゃないですか。下手に魔法を使うと二人に攻撃が当たって……」
「言い訳するなよ!」
怒鳴りつけるクライドの声に、酒場の目線が一気にこちらへと集中する。賑やかだった宴の空気が一転、張り詰めたものになるがクライドは全く意に介さない。
冒険者に男女や年齢を持ち込むのは時代錯誤的だ。そもそも、会ったばかりのセシリアさんをいきなり「ちゃん」なんて呼ぶのは馴れ馴れしくないだろうか? 色々と考える私の前でクライドはまだ、「アドバイス」を続けている。
「お前、何も考えてないだろう」
クライドの言葉に魔法使いがびくり、と肩をふるわせる。否定しようと思ってもできないのか、口ごもる魔法使いにさらにクライドは言った。
「ちゃんと勉強して、考えて戦わないといつまで経っても一人前になれないぞ。他の魔法使いはみんなとっくにきちんとできるようになってるんだから、努力しろよ。冒険者に向いてないのかもしれないけど、なんとかしようとしなきゃパーティーのみんなに迷惑がかかるぞ」
クライドの高圧的な「アドバイス」に、魔法使いはすっかり沈んだ様子で、俯く。セシリアさんもばつが悪いのか、私たちから目を反らした。それを見かねたのか『鏡の操り人形』の勇者ができるだけ軽い口調で、クライドに話しかける。
「すいませんクライドさん、こいつはまだ入ったばかりなんで。クライドさんに迷惑をかけたのなら僕が謝ります。申し訳ありません」
「そうやって甘やかしていたらいつまで経っても成長しないだろう。ちゃんと自分で痛い目を見せて、きちんと覚えさせなければ足手まといだぞ」
ぴしゃり、と撥ねつけるようなクライドの言葉に今度こそ宴の席の空気が凍った。クライドはそれに気づかないまま、さも熟練者のように『鏡の操り人形』の魔法使いへ「アドバイス」を続けている。
……その時、やっとクライドが嫌われる理由がわかった。むしろ、今までなぜわからなかったのだろう。
さっきまで美味しかったはずの食事が、今は砂を噛んでいるように感じる。私だけじゃない、クライド以外の全員がそうだろう。
「あの、クライド。ちょっと言い過ぎなんじゃない?」
思い切って私はそう口をはさんだが、クライドは「俺は事実を言っているだけだ」と躱すだけで全く意に介さない。……クライドは、こんなに人の話を聞かない人だっただろうか? 今まで私は兄というだけで、クライドの全てを肯定していたのだろうか。その答えを尋ねるようにレオンの目を見れば、すっと目を逸らされる。言葉こそないが、これは『肯定』の意味で間違いないだろう。
結局、クライドが言いたいことを一通り口にしてすっきりするとようやく宴会は仕切り直しになる。けれどサイズの合わない服を無理矢理着たような窮屈さは最後まで拭えず……私たちは『鏡の操り人形』の一団と、どことなくわだかまりが残る別れ方をするのだった。




