なんで
翌朝。何事もなかったかのように振る舞う私に、レオンは察するところがあったのか何も言わなかった。
手紙の内容も、クライドや両親のことも何も聞こうとしないレオン。……彼はクライドではなく、私を気遣ってくれている。パーティーのメンバーとして、幼馴染として。私の本当の家族よりよほど「家族」らしく、イヴとしての私を気にかけてくれているようだ。
「家族はパーティー」でなくても、「パーティーは家族」である。
クライドがいなくなっても、そのことでいくら両親から責め立てられようと。レオンは私の「パーティー」の仲間であり、「家族」なのだ。その事実に沈んだ気持ちが掬い上げられ、代わりに木陰のような安らぎを感じる。私には、きちんと居場所がある。クライドがいなくなっても、クライドの妹でなくても帰ってくる「家」があるのだ。そう思うと私はレオンに、務めて明るく話しかける。
「ねぇ、ギルドに行ってみよう。私、移動魔法を覚えたの。ほんの少し先の場所に移動できるだけだけど、近距離戦なら役に立つと思うから」
私の提案に、レオンはわずかに目を見開く。だがそれは一瞬のことで、すぐいつもの冷静さを取り戻すと穏やかな笑みを浮かべた。
「そうか、それはすごいな。移動魔法は目くらましにも使えるから、戦い方の幅が広くなるし、使い慣れたら俺も一緒に連携攻撃ができるようになるかもしれない。その辺りの調整もしてみたいし、とりあえず今日は初心者向けのクエストを探してみよう」
頷く私は、改めてレオンの表情をじっと見つめる。
レオンの眼差しは私を否定も見下しもせず、ただ一緒にいる仲間としての親しみと信頼のこもったものだ。……私の両親より、そしてクライドよりよほどレオンの方が「家族」として私を見ていてくれる。そんなレオンの背中を追いながら、私は複雑な違和感を持ちつつ二人でギルドへと向かうのだった。
ギルドは冒険者をサポートするための場所であり、そこに出入りしていれば必然的に他のパーティーにいる冒険者と顔を合わせる機会も多くなる。
加えてギルドに所属する職員が元・冒険者や各業界の関係者という場合も多く、「仕事を探しに来たら昔の知り合いと遭遇した」「顔を合わせる回数が増えるうちに仲良くなった」というケースはギルドだと「よくあること」として認識されているのである。
だが、今日はそのタイミングが異常に悪く――
「イヴ! 久しぶり。……レオンも一緒か」
前半は愛想よく、しかし途中から明らかに声の調子を落としたクライドに私は思わず眉を寄せた。
クライドのパーティー『失われた風景』はギルドの中でも注目を集めているらしい。
それも当然だ、クライドの傍にいるのは目を見張るほどの美少女。加えてその二人――ハーフエルフのアンとネクロマンサーのボニーはいずれも長い間、被差別民として扱われてきた存在だ。その美貌に嘆息し、純粋に見惚れる者もあれば蔑むような目を向けている者もあり。とはいえ、その蔑みの理由が従来のネクロマンサー・ハーフエルフへの偏見によるものなのか、あるいはそれを逆手にとって優遇措置を受けていることへの不満なのかはわからなかった。
ただクライド前に一人、若いギルド職員が困ったような表情で私たちを見守っていて……私はそんな光景を前に、すっと心が凪いでいくのを感じる。
『方舟に曳かれて』をブラック判定したのは、言うまでもなくギルドを運営する職員たちだ。
当然クライドがなぜ追放されたかも把握しているだろうが、ギルド職員の中には魔法協会の関係者やそういった人間関係から来る圧力も存在する。加えてアンもボニーもこれまでに虐げられてきた歴史がある分、下手な対応をするとギルド全体の責任に問われるだろう。冒険者全員を公平に援助すべきギルド職員が、それで良いのかという気もするが……そういった微妙な立場を、クライドは利用したのだろう。
だが本人はそれに、気づいていない。だから当然のように、私に話しかけることができる。ぎこちない空気を一蹴し、平気で私に近づいてくることができる。そんなクライドを目にして私の体はピン、と張られた糸のように緊張して動けなくなった。まるで強大な魔物と対峙しているような、得体のしれない魔術をかけられているような重い危機感。レオンがそんな私を慮ってか私の前に立ち塞がろうとするが、それより早くクライドが私に話しかけてくる。
否定されることを知らない人間は、これほどまでに自信に満ち溢れているのかと溜め息をつきたくなる。自分が拒否されることなどない、間違いを犯すことなど絶対にない、と全身から自信を漲らせるクライド。そんなクライドを前に思わず体が強張るのは先日、母に会って罵倒されたからだろうか。レオンが私を庇うように口を開こうとしてくれるが、それより早くクライドは私に話しかける。
「イヴ、聞いたぞ。俺をパーティーから追放した件で、母さんと大喧嘩になったらしいな。母さんにはイヴは悪くないし、イヴがいいならいつでも俺たちのパーティーに霞友させるから、って言っておいたよ。だから早く母さんと仲直りしてさ、『失われた風景』に入らないか? アンもボニーも、お前を歓迎するって言ってるぞ」
クライドの言葉を聞いたレオンが、私の顔を見る。
いつも冷静な彼が珍しく取り乱し、困惑と驚愕を隠せないようだ。私はそんなレオンから、そしてクライドからも目を背けじっと俯く。体中を激情が駆け抜け、その衝撃で言葉を発することができない。ただ、自分が置かれた状況の理不尽に対する不満だけが私の中で爆発した。
「……なんで」
なんで、わざわざみんなの前でそんなこと言うの。
なんでレオンの前で、私を自分のパーティーに誘おうとするの。
なんで私と母の衝突を、「喧嘩」なんて軽い言葉で流せるの。
なんで。なんで。なんで。
言いたいことは山ほどあるのに、それを声にできない。感情が先走って、それを言語として組み立てることができない。ただ何も言えず、口を開いては閉じる私に追い打ちをかけるごとく鈴を転がすような声が聞こえてくる。
「イヴさん、私たち『失われた風景』はもうすぐ冒険者パーティーとして殿堂入りが決定するんです。一方あなたが今いる『方舟に曳かれて』はもうすぐ降格処分になるらしいですよ。あなた自身のためにも、私たちのパーティーに来ませんか?」
凍り付く空気をものともせず、無邪気にそう口にしたのはクライドの傍に控えているハーフエルフのアンだった。
私は思わず、先ほどから所在なさげに佇んでいる若いギルド職員の顔を見る。彼はアンの言葉を否定せず、「あ、いや、あの……」と何か言い訳めいたことを口にしようとした。その態度に私たちを見守っていた他の冒険者たちも、一斉に非難の眼差しを向ける。
ギルドの職員は冒険者の職業や強さ、パーティーとしてのバランスなどあらゆる情報を把握する権限がある。
しかし、それゆえにその管理には大きな責任が伴うものだ。知性ある魔物の中には人間に化けて冒険者たちの情報を盗もうとする者もいるし、そうでなくても自分たちの情報を第三者に開示されるのは気持ちのいいものではない。だから冒険者たちから得た情報をきちんと把握し、それを厳守するのはギルドという「組織」の信用のためにあるものだが……クライドとその背後にある魔法協会の圧力か、ボニーとアンの美貌に絆されたか。いずれにせよそれを破った罪は到底、許されるものではない。
もちろん、それをおおっぴらに公言したアンも無神経でありギルドの空気はますます殺伐とした空気になるが――その中で一際、衝撃を受けたようにレオンが固まって動かなくなる。
クライドを追放することによってパーティーとしての『方舟に曳かれて』の実力が下がるのは、既に覚悟していたことだ。だがその現実を改めて突き付けられ、しかもそれを大勢の前で断言されたとあって衝撃を受けているらしい。だがそれに気がついているのは私と、それから無表情ながらわずかに片眉を上げているボニーだけのようだ。アンはニコニコと可愛らしい笑顔を向け、そのまま言葉を続ける。
「クライド様の妹なら、私たちは歓迎しますよ」
そう言われた瞬間、私の中で何かが切れた。
クライドの妹。そう、私は「クライドの妹」なのだ。少なくとも私を見据えるボニーとアン、そしてクライドは当然のようにそう思っている。彼らにとって私は、「イヴ」という確立した一人の人間ではないのだ。それをこんな大勢の前で示され、悪気なく断言されて――一度、沸点を迎えた私の頭は冷静になり周りの目も気にせず真っ直ぐにギルドの掲示板へと足が動いていた。
掲示板に掲載されている依頼は、その内容によって難易度が決定され大まかに振り分けられている。私はそれにさっと目を通すとある依頼を見つけた。感情のまま私はそれを乱暴にもぎ取り、呆然と立ち尽くしているギルド職員に向かって掲げてみせる。
「私、この依頼を受けます。そしたらパーティーのランク、下がらないですよね?」
先ほどからあたふたと情けない顔をしているギルド職員に、私はそれを乱暴に渡す。
若い彼は動揺しながらもその内容を見ると、「これ、本当に受けるんですか?」と怪訝な表情をした。彼の表情で他の冒険者たちも疑問を感じたのだろう。クライドやレオンも、不安に感じていることを肌で感じる。私はそれを裏付けるように、あえてその依頼の内容を口にしてみせた。
「デュラハンの討伐依頼。『方舟に曳かれて』は私、剣士がいるから受ける権利がありますよね」
私の言葉に、ギルド内でどよめきが走る。
デュラハンは首のない騎士で、自分と同じく首のない馬に乗った人型の魔物だ。現れる時は民家に血をかけ、そこに住まう人々に死をもたらす存在として恐れられている。そのため依頼の難易度も、討伐した際の報酬もかなり高いものが提示されているのが――レオンや他の冒険者たちが息を飲む中、クライドは諭すような口調で私に話しかける。
「イヴ。わかっているのか? デュラハンは魔物の騎士だ。他の魔物と違って剣を使うから、剣士としての実力が試される。生半可な腕で立ち向かうには手強い相手だぞ?」
お前には無理だろう。断言はしないが、そう言いたげなクライドの態度に私は一瞬だけ怯む。
魔物の中でも、ミノタウロスのように一部の知能の高い個体は剣や槍など人間とさして変わらない武器を使用することがある。
だが、デュラハンはその中でも「別格」として扱われる存在だ。騎士としての佇まいに違わない圧倒的な剣の腕。首がないゆえに急所は胸元の一点のみという特異性。加えて馬上から攻撃する、独特の戦い方。それゆえにその討伐はパーティー内に剣士が必要不可欠であり、その剣士もそれ相応の実力者でなければならないとされている。……正直、私の力だけではクライドが『方舟に曳かれて』にいた時でも相手にすることはできなかっただろう。
だけど――だけど、私はレオンの方を振り向き、一言一言を丁寧に積み上げていくように言葉を発する。
「レオン、お願い。私と一緒に、デュラハンの依頼を受けて。このままじゃどの道、『方舟に曳かれて』のパーティーランクは落ちてしまうしそうなると受けることのできる依頼もぐんと減ってしまう。私もできる限りの努力はするから、自分にできることを精一杯やってみせるから。お願い、私についてきて」
……本来、私がこんなことを言うのはおかしなことだ。
『方舟に曳かれて』のリーダーはあくまでもレオンであり、どんな依頼を受けるかなどの決定権はレオンにある。だからレオンはクライドをパーティーから追放したのだし、今だって本当は私ではなくレオンが「この依頼を受ける」と宣言すべきだなのだ。私は全てにおいて順序を破り、勝手なことをしている。それはかつてのクライドと同じようなことかもしれない、だけど私はレオンを信じたかった。レオンは、きっと私の気持ちに応えてくれる。私を「イヴ」としてその存在を認め、きちんと向き合ってくれるから。
私とクライドたち『失われた風景』の一団、そしてそんな私たちを見つめるやじ馬たちの視線を一斉に集めクライドは狼狽えた様子を見せる。その瞳に宿るのはこの場で注目を集めたことによる羞恥か、それともデュラハン討伐という高難易度の依頼を前に二の足を踏んでいるのか。わからずにいると、そこに意外な人物が口を挟んでくる。
「私は、イヴさんに賛成します」
可愛らしい声ではあるが淡々と、無感情にそう告げたのは――それまで状況を静観していたネクロマンサーのボニーだった。レオンに集まっていた視線が今度はボニーの方へ一斉に向けられるが、ボニーは動じた様子もなくあっさりと言ってのける。
「このままではパーティー、『方舟に曳かれて』のランクが下がるのは時間の問題です。それを打開するにはデュラハンぐらいの大物を狙い、一発逆転に賭けるしかないでしょう。その結果でイヴさんも自分の実力を理解し、自分がどこのパーティーに所属すべきが決断できるようになるのではないですか?」
レオンに、そしてクライドに言い含めるような口調のボニー。……私を「クライドの妹」ではなく「イヴ」として扱ってくれるのは、彼女なりの配慮だろうか。そんなボニーの隣にいるアンはというと、大して興味もなさそうな顔をしているがボニーの意見に賛成らしく「いいんじゃないですか?」と頷いてみせる。それを見てクライドは一度、やれやれと言いたげに溜め息をつくと私を見下ろした。
「全く、イヴは仕方ないな。これで少しは頭を冷やすのもいいだろう。挑戦してみるのはいいが、無理はするなよ」
クライドの傲慢な物言いに内心むっとしたものの、私は平静を装う。これからデュラハンを倒そうという剣士なのだ、実の兄を相手に足がすくんでいては動けない。そうやって私とクライドの間で話がまとまったことで、レオンも観念したようだ。
無関係の冒険者たちに、まだ狼狽した様子のギルド職員。まるで見世物のようになっている私たちだったが、私たち『方舟に曳かれて』はデュラハン討伐の依頼を受けることが決定したのだった。




