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チートな兄を追放しました~パーティー≠ファミリー~  作者: ミント


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15/20

ただのイヴ

「……大変だったな」


 予定より早く帰ってきた私を労わり、事の顛末を聞いたレオンはそれだけ言うと視線を彷徨わせてから私に黒い封筒を手渡した。


「これ、魔法協会から……っていうか、魔法協会を経由してクライドからきた手紙。イヴが帰ってきたら渡そうと思ってたんだ。封は開けてないから、落ち着いたら読んでみてほしい」




 無意識に強張る手へ、レオンが躊躇いがちに黒い手紙を差し出す。


 魔法協会は魔法を使う人間同士で連絡・連携を取り合うために生み出された組織だ。なのでこうやって同じ魔法使い同士で手紙を書いたり、魔導具などの交換をしたりすることもできる。私の両親から手紙が来たのもそのおかげなのだから、クライドがそれを利用できないわけがない。だけど――


「ありがとう。読んでみる」


 絞り出すように紡いだその言葉には、我ながら緊張が滲み出ている。レオンもそれに気がついてはいるが、あえて口を出すつもりはないようだ。私が手紙を受け取ったのを確認すると、黙って宿へと戻っていく。私はその背中を見送り、深呼吸とも溜め息ともつかない息を吐くのだった。




 クライドからの、手紙。レオンの手前、とりあえず受け取ったはいいが読むのにはかなり抵抗があった。


 クライドは取り立てて筆まめというわけではなく、さりとて全く文章が書けないというわけでもない。それでも移動魔法などいくらでも連絡を取る方法のあるクライドが、わざわざ両親も在籍する魔法協会を介して手紙を寄越してきた。そんな背景のある手紙を素直に受け取れるほど、私は素直な妹ではないのだ。頭が煮詰まったような感覚に襲われながら、私はそれでも「冷静になれ」と自分に言い聞かせる。


 母の話を聞いた限り、クライドは自分がパーティーを追放されたことを積極的に両親へ話したわけではないだろう。最初こそ納得していなかったがクライドは既に新たなパーティーを作っているし、そこに私を誘ってくれるぐらいには吹っ切れている。そもそもクライドは良くも悪くも自分が家族の中心であると理解していたため、家庭内で諍いがあればその仲介に回ることが多かった。そのクライドが子どもじみた復讐心で、親に告げ口をするとは思えないのだ。


 しばらくの逡巡の後、私は黒い手紙の封を開ける。どうせ、持っていたらいつまでも楔となって私の胸に引っかかり続けるのだ。だったらそれを早く受け止めてしまった方が、悩む時間も少なくて済む。魔導インクで書かれた文字に私は、さっと目を走らせた。


 最初の方はごくありふれた、体の調子はどうだとか自分のパーティーの近況だとかいった当たり障りのない話で埋め尽くされている。しかしそれが終わると本題――おそらくこの手紙を書いた本来の目的であろう話題が出てきて、否が応でも手紙を読む自分に緊張が走るのを感じる。


「『方舟に曳かれて』を追い出されたことはなるべくさりげなく伝えるつもりだったんだけど、魔法協会の人間を経由して母さんが連絡を寄越してきたからイヴはレオンに言い返せなかっただけだってことは言っておいた」


 ……要は、クライドなりに私に気を回したつもりだったらしい。

 だが私の両親、というか母はそれを遥かに上回る暴走をしてしまっただけだ。私は故郷に帰った時の、母の様子を思い出してジリジリと焼けつくような痛みを感じる。それでもクライドの手紙が終わることはなく、私の目は自然とその文字の流れを追っていた。




「父さんも母さんも一方的にイヴを責め立てるばかりで、ろくに俺の話を聞こうともしなかったけど俺はきちんと『イヴはいつも俺の妹としてできることを精一杯やってくれた』『冒険者として常日頃、努力して頑張っている』って伝えた」


「二人ともなまじ自分たちが冒険者をやっていただけに頑固で、なかなかイヴのことを認めたがらないけど俺はイヴにはイヴの良さがある、ってことをわかっている。だから父さんと母さん、特に母さんに何か言われても深く考えずにできるだけ聞き流してほしい」




 よろしく頼む、と結ばれた文章を見て私は「レオンの前でこの手紙を読まなくて良かった」と思っていた。そうでなければあらゆる感情が溢れ出して決壊し、彼を困らせていたかもしれないからだ。




 内容だけなら、私のことを褒めているし厳しい両親からも庇っているようにも見える。


 だがクライドの言っていることは、要は「イヴがそれなりに頑張っているのは俺がわかっているから両親からの仕打ちは我慢しろ」ということなのだ。自分は、親にそんな扱いを受けたことがないから私が耐えることは造作もないと思っている。兄である自分が慮っている様子を見せれば、私が納得すると思い込んでいる。そんなクライドの思考に私は呆れ、怒り、悲しんで、絶望し――やがてどうすることもできず、溜め息をついた。


 クライドに自覚はないだろうが、言葉の端々からをごく自然に見下しているのがわかる。それは今に始まったことではないし、おそらくこれからも治らないだろう。なぜならクライドはずっとそんな態度を貫いていて、一番近くにいるはずの私もレオンに言われるまでそれがおかしいだなんて思いもしなかったから。どうせクライドには私の気持ちがわからないのだ。


 いや、私だけじゃない。周囲に「落ちこぼれ」「ダメな人間」の烙印を押され、それを跳ね除けることができない人。上手くやろうと気持ちばかりが焦って失敗し、自分を追い込みますます悪樹幹に陥ってしまう人。そういう人の気持ちがクライドにはわからないのだ。どれだけ人の心を学んでも、どれだけ魔法の修行を積んでも、その根底にある圧倒的な差は覆すことができない。




 そうだ、クライドはこういう人間なんだ。


 自分以外の人間は全員、自分を認め持て囃してくれる。当然、自分と同じぐらいのレベルを周りにも要求する。できないことがあるのは当人の努力不足のせいで、環境や生まれ持ったもののせいにするのはただ言い訳をしているだけにすぎない。自分が悪いだなんて可能性は微塵も疑わない。クライドはそうやって、自分を大切に大切にしてくれる人たちの中で生きていく。それについていけず離れる人がいてもそれは当人の責任であって、自分のせいだなんてほんの少しでも考えようとはしない。私や私の両親、さらに『方舟に曳かれて』のメンバーや『失われた風景』のメンバーもみんなそう扱ってきたからっだ。クライドは絶対的に正しい、そう信じ込んでいる人間の中だけでクライドは生きていく。


「……馬鹿みたい」


 そう呟いた私は手紙を放り投げ、宿のベッドに飛び込んだ。汚泥のような深い疲労感に襲われると、考えることすら億劫になりそのまま眠りへと落ちていく。


 何もかも、馬鹿馬鹿しかった。クライドを溺愛し、盲目的にその存在を全肯定する家族。クライドがパーティーを追放されるまで、それを異常なことだと感じてこなかった自分。利害の一致とはいえ同じように、クライドを信奉し続けるだろうアンとボニー。そして――そうやって自分に居心地のいい世界の中で何も知らず、変わらずにぬくぬくと生きていくだろうクライド。


 レオンという幼馴染と、実の妹である私にパーティーを追放された。それは紛れもない悲劇だが、だからと言ってクライドの人生にそれが大きく影響するだろうか? 両親からの愛情、生まれ持った魔法の才能、そしてその二つが支えるクライドという人間そのものの自信。それらは全て揺るぎないもので、だからこそハーフエルフとネクロマンサーという被差別対象の存在とはいえ新たなパーティーを簡単に作ることができた。クライドにしてみたらパーティーの場所が変わっただけで、自分自身は何も変わらないのだろう。


 クライドはきっとこれからも、そうやって自分を大事に大事に擁護し守り抜いてくれる世界の中で生きていく。私の両親もアンもボニーも。きっとその構成員として、穏やかな共同体の中を生きていくのだろう。




 だけど――だけど私は。




 兄であるクライドより、レオンを選んだ。クライドを異常に崇めたて、それ以外を全て否定する世界に耐えられなかったから。クライドを妄信する自分がいかに哀れで、惨めな存在かを思い知ったから。だから私は、クライドを追放すると同時に「クライドの妹」としての立場を放棄したのだ。


 今の私はクライドの妹ではない、ただのイヴ。妹として為すべきことを放り出し、両親から責め立てられたただの女剣士だ。そのイヴは一体、何を望む? 冒険者として一体、どうあるべきなのか?


 自分自身への問いかけを振り払うように私は眠りの世界へ落ちていった。


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