できた
……勢いで出てきてしまったが、予定よりだいぶ早めの帰りなので馬車がいない。
乗り合い馬車は御者や馬を交代しながら決まった道を定期的に行き来するが、この場所のように田舎にはその本数が少ない。ぶらついているのも地元の知り合いに見つかりそうで嫌だ。
「……移動魔法の練習でもしてみようかな」
思えばきちんとした魔法を練習するのは久しぶりな気がする。剣士になることを選んでからはずっと剣の修行しかしてこなかったし、クライドと一緒にいる時はクライドの才能の凄まじさに圧倒されてとても魔法の腕を鍛えようという気になれなかったからだ。今の私が使えるのは身体強化や治療といった、体力面のものばかり。だが、移動魔法のやり方自体は習ったことがある。
魔力で体を包みこみ、それをそのまま任意の場所へと移動させる。この「移動」のイメージが難しいのだ。自分が今いる場所と目的地を魔力で繋ぎ、そこに向かってジャンプさせる。空間と空間を魔力で繋げるには、繊細なコントロールが必要なのだ。クライドが簡単にやってのけたそれは難しく、そう簡単にできるものではない。
……子どもの頃は「言い訳するな」と怒鳴られたが、今となってはわかる。隣にクライドのような天才がいる状況で、意識を集中させるなど到底できっこない話だ。クライドが当然のようにできていることが、私にはできない。それを詰られることで焦って集中できなくなり、余計に魔力を操ることができなくなる——考えてみればクライドも同じことを、他のパーティーのメンバーにやっていた。クライドは自分の親の行いを無意識に反芻していたのだ。そう気がついた瞬間、ふと肩の荷が下りたように感じる。
結局、クライドがああなったのは生まれ育った環境や本人の資質もあることで私やレオンのせいだけではなかった。その事実は薬が効いていくようにすっと、私の身体に師に渡り精神を落ち着かせていった。そうなると自ずと魔力をコントロールできるようになる。
「……あっ」
まばたきをした瞬間、今まで噛み合わなかった何かがどこかでうまく嵌まったような感覚に陥り――私の体がほんの少し前に動いていた。
動いた、と言ってもたった数歩先だ。魔法を学ぶ者な誰でも簡単に会得できるものだし、何なら魔法を使わなくても歩いていけば済む距離。そんな些細で、小さなことだ。けれど。
「……できた」
移動魔法が使えた。できないと思っていたことが、できるようになった。それは私に耐えがたいほどの喜びをもたらし――私は乗り合い馬車がやってくるまで何度も、覚えたばかりの移動魔法を繰り返すのだった。




