どうして
「レオンはどうして、冒険者になったの?」
タリスマン・ケーキを受け取り、レオンに「おかえり」を言われた後。私はぽろり、と零すようにそう尋ねていた。
冒険者が冒険者として生きることを選ぶ理由は、人によって違う。富、名声、正義感、好奇心。十人に尋ねればそれぞれ、十通りの答えが返ってくるだろう。そしてそれは時に、パーティーのメンバー同士を結びつける絆の土台ともなりうる。ボニーの場合は「ネクロマンサーの汚名を払拭するため」、アンの場合は「自由を得るため」。どちらも生きるために必死であり、そのために人格に難ありでも能力のあるクライドとパーティーを組むのはごく自然な流れだった。
……私たち、「方舟に曳かれて」はどうだっただろう。
その才能から立派な冒険者になることを期待されていたクライドと、その妹である私。私たち兄妹が冒険者になったのはそんな環境で育ったことが一員であるが、レオンが冒険者になったのはなぜなのだろう。レオンの実家は村に住むごく普通の農夫であり、親族に冒険者稼業をしている人間がいたという話も聞かない。接点があったとしても近所の住人や旅行中のパーティーぐらいで、レオンと直接の繋がりがある人間ではないだろう。だとしたらなぜ、レオンは冒険者になることを選んだのか。彼は何を望んで、冒険者としてクライドや私とパーティーを組んだのだろう。
「いきなり何を言ってるんだ?」と困惑するレオンだが私の目が真剣であると気づくとしばらく考える素振りを見せる。それからおずおずと、照れくさそうに口を開いた。
「世界を救えなくても、目の前にいる誰かを助けたかったから……かな」
目をしばたかせる私の前で、レオンは続ける。
「子どもの頃にさ、とある一家がオークに襲われて全滅する話を読んだことがあるんだ。内容自体は『知らない相手に自分のことをペラペラ話しちゃいけない』っていう教訓を含んだ内容の話だったんだけど、それがすごく頭にこびりついてて。だから俺は、『とにかく家族を守れるようになりたい』っていう思いが強かったんだ。体力は正直、自信があったから冒険者になる前からスケルトンぐらいの雑魚モンスターなら倒すことができたし。でも一般人の俺がどれだけ戦ったって魔物はずっと現れ続けるし、そうなると悲しい思いをする人は無限に出てくる。だから俺は、冒険者になろうと思ったんだ。そんな時に幼馴染みだったクライドが魔法使いになるって聞いてさ。俺も誰かのために、役に立ちたいって思ったんだよ」
懐かしそうに目を細め、しみじみと語るレオンに私は目を見開く。
……正直、意外だった。
別に、レオンの動機はおかしくも何ともない。むしろ冒険者になるには至極まっとうで、普通の理由と言えるだろう。でも、それをどこかで予想外と考える自分に驚く。レオンは冒険者としてバランスのとれた優秀な存在であり、金や名誉に目が眩むような人間でもない。それは十分わかっていたはずなのに、冒険者になる理由が普通だったことを「意外」だと思った。普通の話を普通に聞かされただけなのに、私は何を戸惑っているのだろう。私はレオンに、どう答えてほしかったのだろう。
「イヴ、いきなりどうしたんだ? 冒険者になる理由なんてみんな、誰だって似たようなものだろう? 仮に違ったとしても別に、気にする必要なんかないじゃないか」
気遣わしげにこちらへ問い返すレオンの目を見て私は立ち尽くしてしまう。
誰だって似たようなもの。そうだ、私もそう思って無意識にレオンも自分と似たようなものだろうと決めつけていた。その予想が結果として裏切られたから、私は「意外」だと思っているのだ。同じだと決めつけていた。
だが、それは言い換えると——私が冒険者になった理由は、レオンのようなありきたりなものですらないということ。
「イヴ……?」
困惑しながら私の名を呼ぶレオンに、答えることができない。代わりにどうしようもない自己嫌悪と、それをコントロールできない自分自身の無力さにただ振り回され頭の中がぐるぐるとしてしまう。
みんな目的があって戦っている。目指す目標があって、行動している。なのに私はどうして、一人で立ち止まっているのだろう。そもそも、どうして私は冒険者になったのだろう。
「レオン、パーティーは家族、よね……?」
震える声でそう尋ねる私に、レオンがぎょっとしたような顔を見せる。
冒険者として生きることを選んだ時。レオンとクライドと共に『方舟に曳かれて』を結成した時。私は確かに、希望を胸にしていた。冒険者として多くの人の力になりたいと、やる気に満ちあふれていた。それを共有できるクライドやレオンは、確かに私の「家族」だったはずだ。血が繋がった本物の家族以上に強く、確かな絆がそこにはあったはずだ。なのに、それなのにどうして私ハクライドと離れることになったのだろう。どうしてクライドもレオンもきちんと自分の意思で歩んでいるのに、私一人だけ蹲っているのだろう。
言葉を紡げなくなった私を前に、レオンはわざとらしく「あぁ、そういえば」と明るく言ってみせる。
「イヴ宛に、魔法協会から手紙が来てたぞ。魔導インクで書かれてるから、差出人はわかんないけどさ。俺が預かってるから、読んでみろよ」
強引に話を切り替えようとするレオンは、私に黒い封筒を差し出す。
魔導インクはその名の通り、使用者の魔力が流し込まれたインクだ。それを使って書かれた文字は魔法関係者でないと解読することができないので、レオンのように魔力を持たない人間文字が書かれていることすらわからない。その特性から魔法協会からの公的文書や個人情報に関わるものは必ず、それを使って書くようにと取り決めがなされているのだ。そのインクを使って書かれた手紙は、魔法が使えないレオンは当然読めない。けれど私は受け取った瞬間に、嫌な予感がした。
封筒を見て、私はメデューサに睨まれたかのように固まる。私の顔色が変わったのに気がついたのだろう。レオンは誰から手紙が来たのか、と尋ねてくる。それに答えるわけではないが私は呆然と、零すように呟いた。
「お母さんからの、手紙だ……」




