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世界を焼く前に、晩餐を。 〜あとなし魔道士の歪みと美食のフルコース〜  作者: わんだ


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9/15

第9話 Sorbet I 街角の歪み

翌朝。


宿を出た。

朝食は宿の食堂で軽く済ませた。

パンとスープ。ふつう。

ふつうの朝食っていうのも、たまには悪くないのよね。ずっとご馳走だと舌が油断するし。


街はいつも通りの朝。

ヴェルデンはもう噂を消化したらしい。通りすがる人たちはもうこっちを特別な目で見ない。何人かが軽く会釈をするくらい。噂は流れて、また別の話題に変わっていく。

いい街。飽きの回りが早い。


ハルトが街の南東で待ってた。

約束はしてなかったけど、たぶん来ると思ってたのね。剣を背に、装備まんま。


「あ、ハルト。もう来てたんだ」

「ああ。手が空いてたからな」

「奢る約束、覚えてる?」

「昨日のやつだろ。ちなみに、お前が覚えてるとは思ってなかった」

「失礼な。あたし、食べ物の約束は絶対」

「食べ物の、な。他はどうだか」

「今日の夜。地下茸の煮込み。二年熟成のやつ使うから、期待してていいよ」

「期待は、あまりしないでおく」

「するよ。したくなるから」


ハルトがまた額に手を当てそうな顔をして、寸前で止めた。

——お、寸止め。慣れてきたね、ハルトも。


       *


街を歩く。


朝の南東の通りは商業区の縁にあたる。倉庫がいくつか並んでる。搬入が終わったばかりの時間で、荷台が停まって、御者が煙草を吸ってる。商人らしい男たちが伝票を確認してた。


その間をぶらぶら抜けた。


「ハルト」

「何だ」

「あんた、この区画、来たことある?」

「南東の倉庫街か。何度かな。護衛の仕事で」

「ここ、変な感じしない?」

「変って、どこがだ」

「全体」


ハルトはしばらく黙って、それから首を傾けた。周りをぐるっと見回して、もう一回、こっちを見た。


「悪いが、俺には何も分からん。倉庫と荷台と、いつもの南東だ」

「うん。あんたが感じないのは、ふつう」

「それは、慰めか嫌味か、どっちだ」

「褒めてるの。魔道士でも感じない人、ほとんどだもん。あたしがちょっと変なだけ」

「そこは否定しない」

「するとこ、そこじゃないでしょ」


楽しそうに笑った。


       *


角をひとつ曲がる。また、ひとつ。

倉庫街を抜けて、商人ギルドの裏手の細い路地に入った。


そして立ち止まる。


「お」


目がわずかに細くなった気がする。


「ハルト」

「何だ」

「ここ、空気がおかしい」

「……路地にしか見えんが」


ハルトが首を傾けた。周囲を見回して、剣帯のバックルに指を軽く添えた。危険を感じたわけじゃない。ただ念のため。ハルトはいつもそう。


路地はふつうの石畳の細い道。両側に商人ギルドの裏壁と、別の倉庫の壁。上は薄暗い空。風はほとんどない。落ち葉も舞ってない。子どもの声も聞こえない。

ただ静か。ふつうの路地。

ふつうの路地にしか見えない。


「ここ、何がおかしいんだ」

「魔力の流れがおかしいの。あのね、ふつう街の中の魔力って、人の動きとか、生き物とか、地脈とかに合わせてゆっくり流れてるの。川みたいに。よどみもあるし、急流もあるし、たまに渦もある。でも、ぜんぶ物質界の理由があるでしょ」

「まあ、そういうものらしいな」

「ここの魔力は、流れるっていうより、引かれてるの。下に。地下に。深いところに」

「引かれてる、か」

「うん。しかも引かれ方がおかしいんだよね。地脈はもっと自然にたわむの。ここは、ぎゅっ、て不自然に一点に集まろうとしてる。角度からいくと、たぶん真下に二百メートルくらい。岩盤の二層目あたり。そこに何かがあって、魔力を吸ってる——ううん、吸ってるっていうより、たぶん半分、漏らしてるんだよね。穴があって、向こう側から空気みたいなものが流れ込んでる。そういう感じ」

「……」

「で、その引きが、街の魔力の動き全体をほんの少しねじってるの。ふつうの人には絶対分からないレベルだけど、何年も続くと、街の地脈そのものを書き換えてる可能性がある」

「それは、まずいのか」

「うん、まずい——って言いたいとこなんだけど、たぶんこれ、街の繁栄に関係してるんだよね」

「は?」

「地脈がちょっと書き換わると、土がちょっとだけ肥えるの。雨の降り方もちょっと安定する。気付かないくらいの変化。だけど何年も続くと、街はゆっくり豊かになっていく。ね、面白いでしょ?」


楽しそうに、早口で話した。


ハルトは長い間、答えなかった。それから軽く頷いた。


「……分かった」

「いま分かったって言ったの、たぶん嘘でしょ」

「……ああ」

「分かったふり?」

「分かったふりだ。お前の言ったことの、最後の三行くらいは、何ひとつ追いつかなかった」

「あー、それくらいでちょうどいいの」

「正直に言って、悪かったか」

「ううん。正直は強いもん」


楽しそうに笑った。


       *


「で、お前は、いまどうしたいんだ」

「うーん、もうちょっと近づきたい」

「近づくと、どうなる」

「分からない。分からない方が楽しいでしょ」

「楽しくはない。ちなみに、死なないんだろうな」

「死なないよ。心配してくれてるんだ、ハルト」

「心配は、してない。後始末の心配だ」

「ひどーい」

「本音だ」


ハルトがもう一度額に手を当てた。今度は止まらなかった。


       *


路地のいちばん空気の重たいところまで進む。

立ち止まって軽く息を吐いた。


ここから垂直に下。二百メートルくらい。街の中央広場の地下、深いところ。場所はたぶん特定できた。

ただし、まだ確証はない。中央広場の地下って結構広いし。もう少し別の方向からも観察したい。三角測量みたいなことをすれば、もっと絞れるはず。


「これ、面白いなー」


ぽつりと呟いた。


ハルトがその横顔を見て、何かを諦めた顔をした。

——お、また諦めた顔。今日ので三回目。


       *


路地を出るところで、ふと視線を感じた。


振り返ると、路地の入口に商人らしい男がひとり立ってた。髪は白髪混じり。歳は四十代後半。服は上等で、靴も磨かれてる。ただし装飾は控えめ。「商業区の責任ある立場の人」がよく着る型。たぶんこの区画の商人ギルドの誰か。

男はこっちと目が合うと軽く会釈をして、何事もなかったかのように別の方向へ歩き去った。


ただし、その歩き方は自然すぎた。ふつう、知らない人と目が合ったら、ほんの少し間が空く。ここで間がなかった。つまり男は最初から、こっちを見てた。


「ハルト」

「何だ」

「いま、見られたね」

「ああ。あの商人か」

「あの人、何者?」

「分からん。顔に見覚えがない。俺は商業区に来た冒険者はだいたい覚えるようにしてるんだが、あの男は記憶にない。最近来た人物か、ふだん表に出ない人物か、どっちかだ」

「お、いいね。ちゃんと見てるんだ、ハルト」

「仕事だからな」


軽く首を傾けた。


——ここ、深く突っ込むと、誰か出てくるね。

たぶん面白い人。たぶんそれなりに頭のいい人。たぶんそれなりに地位のある人。


と、ふと思い出した。昨日ボルドさんが、領主のことを似た形で評してたのよね。

もちろん領主本人じゃない。ただ、つながってるかどうかは、まだ分からない。


「……ま、いっか。ご飯、先」


楽しそうに歩き出した。

路地を抜けた先で、朝の市場のざわめきがまた戻ってきた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


☆評価・ブックマーク・ご感想、なんでも嬉しいです。

応援いただけると、次回更新のテンションが地形を変えるレベルで上がります。


引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです。


わんだ

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