第10話 Sorbet II 立ち入り禁止
午後。
昼、ハルトはギルドへ報告に戻った。ひとりで街を歩いてた。
朝の路地で感じた地下の気配。場所は街の中央、地下、二百メートル。ただし二百メートルっていうのは概算。もう少し絞り込みたい。
別の角度からもう一度観察する。三角測量の要領で。
それが午後の予定。
*
街の北側の通りをゆっくり歩く。
北側は住宅地が多い。静かな午後の街。子どもたちが走り回ってる。老婆が洗濯物を干してる。ふつうの、平和な街。
軽く息を吐いて、街の中の魔力の流れを確認する。
これくらいがふつうの感じ。川みたいにゆっくり流れて、ところどころによどみ、ところどころに急流。でも、ぜんぶ説明がつく。うん、ふつう。
そのまま北から中央広場の方角に近づいていく。
街路の空気が少しずつ重くなっていく。ほんの少しずつ。ふつうの人には絶対に分からないレベル。でも、こっちには分かるのよね。
中央広場の地下、深いところ。何かがある。朝、感じた気配と同じもの。
「お、出てきた出てきた」
楽しそうに呟いた。
*
中央広場の北側の入口。そこに立ち止まる。
広場はヴェルデンの中心。噴水。彫像。露店。真ん中のベンチで本を読んでる人。鳩が十数羽、地面をつついてる。
ここから垂直に下。二百メートルくらい。
……いや、もう少し深いかも。二百二十メートルくらい。
ただし、深さよりもっと重要な情報がある。
気配の輪郭が見えてきた。円形じゃない。縦長の楕円形。上下の幅が十メートルくらい。横の幅が五メートルくらい。そのスケールで安定してる。不自然なほど安定してる。
ふつうの地脈のねじれなら、こういう安定はしない。これは誰かが維持してるのね。たぶん定期的に何かを足してる。餌、みたいなものを。
「ふーん。餌付けかー」
軽く首を傾ける。おかわりを催促する地下の何か、って考えると、ちょっとかわいい。かわいくないけど。
*
「お嬢さん」
声がした。
振り返ると、軽鎧の男がひとり立ってた。三十代くらい。中肉中背。剣を腰に。街の警備兵らしい。顔つきは悪くない。ただ、警戒の色が目に出てる。
「ん?」
「ここで、何を?」
「ぼーっと」
「……ぼーっと、ですか」
「うん。広場、いい感じでしょ」
「あの、お嬢さん、もしかして、噂の——」
「あー、たぶんそれ、あたし。噂、回るの早いよね」
「……」
警備兵は少しの間、答えなかった。それからふっと息を吐いた。たぶん、覚悟を決めた息。
「お嬢さん、お願いがあります」
「うん?」
「中央広場の奥には、入らないでいただけますか」
「奥?」
「あの彫像の向こう側です。あちらは領主館への通路で、一般の方の立ち入りはご遠慮いただいています」
「お、そこ。いちばん気になるとこじゃない」
「……できれば、そこは、気になっていただかない方が」
「あはは、無理言うね。でも、うん、分かった。入らない」
「あの、その、本当に、ですよね?」
「うん。たぶん」
「……たぶん」
警備兵がもう一度、息を吐いた。安堵と、別の何かが混じった音。
*
「ねえ、お兄さん」
「は、はい」
「あたし、礼儀はちゃんとするから。あんたの言うこと、聞く。あんた、お仕事してるんでしょ。邪魔しないの」
「あ、ありがとうございます」
「うん。だから、教えて」
「は?」
「中央広場の奥には、何があるの?」
「あ、それは、その、領主館への通路で——」
「うん。通路のその先」
「……領主館、です」
「うん。それは知ってる。他には?」
「他に、というのは」
「他に、ないの? 領主館の下とか」
「あの、私は、何も聞いていません」
警備兵は本当に何も知らないらしい。嘘じゃない。ただ、知らない人っていうのは本当にいる。街の警備兵は、知らされてない層に属してるのね。
ふーん、と思った。まあ、下っ端に大事なことは言わないか。
*
「分かった。ありがとー」
「あの、本当に入らないで、お願いします」
「うん。入らないよ。今日は」
「今日は、というのは」
「明日のことは、明日決めるの」
「あの——」
「冗談、冗談。あー、ごめんね、お仕事中に。ちゃんと立ち入り禁止、守るから」
軽く手を振る。
警備兵がほっと息を吐いて、それから軽く頭を下げた。その仕草の中に、申し訳ないのと面倒くさいのが半分ずつ混じってた。悪い人じゃない。ただ上から立ち入り禁止の指示を受けてるだけ。
その背中を見送って、軽く頷く。
「うん。礼儀、大事」
ぽつりと呟いた。警備兵には聞こえない声で。
*
中央広場から離れた別のベンチに座る。鳩が近づいてきた。ポーチから朝食の残りのパンをひとくち分ちぎって、地面に放った。鳩がつつき始めた。
——立ち入り禁止区域。
ふつうの理由で設定されてるなら、別に気にしない。ただし、ここの立ち入り禁止はふつうの理由じゃないのよね。地下、二百二十メートル。縦長の楕円形。安定して維持されてる気配。たぶん領主館の地下と直接繋がってる。
餌を誰が足してるのか。誰が維持してるのか。
たぶん領主本人か、その近くの誰か。
「余計、気になるじゃない」
ぽつりと呟いた。表情は変わってない。むしろ楽しそう。禁止されると欲しくなるの、人の性ってやつね。
*
ふと、視線を感じた。
鳩の向こう側、広場の反対側にひとり立ってた。朝、路地で見た商人風の男。
ただし今はよく見える。服装、立ち姿。商人、というよりは——
男がこっちと目が合った。軽く会釈をした。そして、何事もなかったかのように別の方向へまた歩き去った。
首を傾けた。
「……ふーん。二回目」
別の誰かの雰囲気もした。ほんの一瞬だけ。たぶん、ただの商人じゃない。
一日に二回、偶然目が合う商人なんていない。つまり、向こうも観察してるのね。
楽しみ♪
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わんだ




