表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界を焼く前に、晩餐を。 〜あとなし魔道士の歪みと美食のフルコース〜  作者: わんだ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
11/14

第11話 Surprise 不思議な商人

翌日。


また街を歩いてた。


中央広場の北側の入口から少しだけ離れた、別の路地。昨日、警備兵に立ち入りを止められたところより、もう少し南。

別の角度からもう一度、地下の気配を観察したい。そう思ってた。


ところが。


「お嬢さん」


路地の少し奥から声がした。


振り返ると、男がひとり立ってた。

昨日、中央広場で視線が合ったあの男。朝の路地でこっちを見てたあの男。商人風の、白髪混じりの男。


ただし今日は、もう商人の顔じゃない。


       *


男がゆっくり近づいてきた。


三歩離れたところで立ち止まる。失礼にならない距離。ただし警戒もしない距離。その間合いの取り方が、すでにふつうの商人じゃない。


髪は白髪混じり。左耳にだけ銀のピアスがかかってる。服装は上質の黒。ただし装飾はほとんどない。黒いシャツの袖を軽くまくってて、その腕に不自然な痕跡はない。ただし、手の甲の血管の浮き方が、年齢に対して若かった。


——ふーん。中身と外側が合ってない人。


「初めて、お目にかかります」

「お、丁寧」

「ふふ」


男が軽く笑った。笑い方が子どもみたい。それから軽く首を傾けた。


「お嬢さん、お名前を、聞いても?」

「あたしカレン」

「ありがとうございます。私は、エルヴァ、と申します」


エルヴァ。首を傾ける。


「商人?」

「ええ、表向きは」

「お、表向き、って自分で言っちゃうんだ」

「隠しても、お嬢さんには通じませんでしょう」

「うん、通じない」

「ですから、正直に」


——正直は強い、って知ってるんだ、この人。


「お嬢さん、歩きながら、お話しませんか」

「うん、それで」


エルヴァさんが軽く頷いて、横を歩き始めた。押し付けがましさはなかった。ただ自然と横に並んだ。並ばれ慣れてる歩き方。


       *


路地をふたりでゆっくり歩く。


「お嬢さんは、ヴェルデンに、長く?」

「数日」

「ご旅行で?」

「ん、まあ、そんなとこ」

「目的地は」

「ないの。行き当たりばったり。ご飯の美味しい街で止まる。そういう旅」

「ふふ。よい旅ですね」


エルヴァさんがまた軽く笑って、視線を軽く外した。


「私は、商人をしております。香辛料が、主です。東の港から北の山脈の麓まで、行き来しております」

「へえ、香辛料。じゃあ、いいの持ってるでしょ。この辺じゃ手に入らないやつ」

「……お目が高い」

「あたし、そういうのだけは目が利くの。で?」

「ヴェルデンにも、よく立ち寄ります」


エルヴァさんはしばらく答えなかった。それからぽつりと言った。


「お嬢さん」

「ん?」

「お嬢さんのお師匠様のお名前は、なんと、おっしゃいますか?」


足が止まった。


       *


ほんの一瞬。


空いてる方の手の指先が、ほんの少しだけ上がりかけた。それから肘の角度がわずかに後ろに引かれて、重心がほんの少しだけ低くなった。つま先の向きが四十五度、外に。そして口元がわずかに上がりかけた。

——優雅な礼の形。

だった。


寸前で止まる。自分でも気付かないうちに出てた。


「……あー、面倒くさ」


ぽつりと呟いた。


ふだん絶対にしない動き。子どもの頃に嫌になるほど叩き込まれた、家の礼の所作。もう十年近くしまっていたはずなのに。

なんで今、出たんだろう。たぶん、相手がそれを引き出すような空気を纏ってるからね。こっちに似たような出があるから、こっちもそれを返そうとする。そういう空気。

つまりエルヴァさんは、ふつうの商人じゃない。むしろ、ふつうの商人のふりが上手すぎる。そういう人。


エルヴァさんはその動きを見てた。ほんの一瞬だけ、目の奥が光った。

ただし口では何も言わなかった。静かにピアスに指を触れて、軽く微笑んだ。


「お気づきでしたか」

「ん?」

「お嬢さんの、出が、です」

「あー、それ。気付かないふりして」

「承知いたしました」


エルヴァさんはその話を追わなかった。ただし、追わなかったってこと自体が、追ってた。


       *


「あんた」

「はい」

「あたしの師匠の名前、なんで知りたいの?」

「ふふ」

「ふふ、じゃなくて」

「ふふ」


エルヴァさんは笑ったまま答えなかった。それから軽く視線を外して続けた。


「もし、私の存じ上げているお方と同じ方であれば、お嬢さんに、お伝えしておきたいことが、ございまして。ただし、まだ確認しておりません。お嬢さんのお師匠様のお名前が、もし、ゼーヴ、というお方であれば」


エルヴァさんを見る。視線が合った。

エルヴァさんが、笑ったまま軽く頷いた。


「ご存じの様子ですね」

「うん」

「ふふ」

「あんた、ゼーヴを知ってるの?」

「短い間、ご一緒いたしました。ずいぶん昔の話です」

「いつ?」

「さあ……正確には、覚えておりません」


さあ、っていうのは、たぶん答えたくないって意味。覚えてないんじゃなくて、言いたくない。顔に出てる。


       *


「あんた、何者?」

「商人です」

「商人、ね。で?」

「で、とおっしゃいますと?」

「商人じゃ、ないでしょ。さっきから香辛料の話、ぜんぜん深まらないもん。本物の商人なら、あたしが目が利くって言った時点で、もっと売り込んでくる」

「……ふふ。これは、参りました」


エルヴァさんがまた笑った。笑い方は本当に子どもみたい。ただし、その笑いの奥にあるものが、子どものものじゃない。


「お嬢さん。お嬢さんのお師匠様が、お嬢さんに教えたこと。その、ほんの一部だけ、私も、教わりました。ですから私は、お嬢さんに敵対する者では、ございません。ただし、味方でも、ございません」

「面白い」


楽しそうに頷いた。


敵でもない。味方でもない。ふつうなら警戒する答え。ただし、それを面白いと思う。たぶんこの人は嘘を言ってない。言いたくないことをぼかしてるだけ。ぼかし方が上品すぎて、逆にぜんぶ透けてる。


       *


「あんた、これから、どこ行くの?」

「お嬢さんを、しばらく、お見かけする予定です」

「あ、それストーカーじゃない」

「ふふ。違います」

「じゃあ、何」

「観察、です」

「うん。それ、ストーカー。言い換えても中身おなじ」

「……ふふ」


エルヴァさんがまた笑って、それから軽く頭を下げた。今度の「ふふ」は、ちょっと降参が混じってた。


「私が、お嬢さんにお話しできることは、今は、これだけです。また、お目にかかります」

「うん」

「お嬢さんに、ひとつだけ、申し上げます。街の、地下の、気配」

「うん」

「お急ぎになる必要は、ございません。ただし、悠長にしているわけにも、いきません」

「うん、わかる」

「では」


エルヴァさんが軽くピアスに指を触れて、踵を返した。路地をゆっくり歩いて去っていく。

黒い上質な上着の背中が、角を曲がって見えなくなった。


       *


しばらくその場に立ってた。軽く息を吐く。


さっきの、家の礼の所作。自分でも気付かないうちに出てた。たぶん、ふだん絶対に出ないやつ。でも出た。

たぶん相手が本物だったからね。本物の、何か。商人じゃない、何か。そして師匠ゼーヴを知ってる、何か。


ゼーヴっていう名前をエルヴァさんが知ってたのは、たぶん本当に一緒に旅をしたから。でも、いつだったかは答えなかった。ゼーヴが姿を消す前か、後か。たぶん前。そうじゃないと、エルヴァさんの立ち位置が説明できない。


ゼーヴが何者だったか、こっちも本当のところは知らない。ただ、いろいろ教えてくれた。魔法の面白いところ。異式の存在。そして、いくつかの断片。まるで何かを後で組み立てるためのピースみたいに、ばらばらに。


そのゼーヴの知り合いが、いまここにいる。

たぶんエルヴァさんは敵じゃない。たぶん味方でもない。ただ、ゼーヴが置いていった何かの続きを知ってる。そういう存在。


「ふーん。面白い人、来たなー」


楽しそうに呟いた。


街の午前の空気は変わらずふつう。ただし、こっちの中の何かがわずかに動いた。


「……お、いいね」


楽しそうに歩き出した。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


☆評価・ブックマーク・ご感想、なんでも嬉しいです。

応援いただけると、次回更新のテンションが地形を変えるレベルで上がります。


引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです。


わんだ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ