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世界を焼く前に、晩餐を。 〜あとなし魔道士の歪みと美食のフルコース〜  作者: わんだ


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12/14

第12話 Poisson I 腰が低い領主

路地を出た。


エルヴァさんの姿はもうなかった。街の午前の空気は変わらずふつう。ただし、こっちの中の何かがわずかに動いてた。


歩きながら、何度か考えた。


ゼーヴっていう名前。久しぶりに外から聞いた。自分の中ではずっとある名前。ただし、誰かとその名前を共有することは、もうないと思ってた。


ゼーヴが姿を消して何年だろう。たぶん五年か六年。そのときも何の説明もなかった。ふらりといなくなった。まるで最初からいなかったみたいに。


ふーん、と思う。

別に悲しんでない。そういう人だって、知ってた。ただ、誰かがゼーヴの名前を知ってるっていう事実がちょっと面白い。しかも、それを知ってるのがふつうの商人じゃないっていう事実が、もっと面白い。


楽しみ♪


       *


ポーチをトンと軽く叩く。


——お、薄い。


中身、というか、財布。地下茸を買い込んで、ボルドさんのお店でも奮発して、パン屋でも黒麦と林檎の両方買った。そりゃ薄くなる。

食材はたんまりある。ただし現金が薄い。


軽く首を傾けた。朝のふつうの金欠。

ふつうなら節制する。ただし節制っていうのは、面倒。あたしの辞書に載ってない言葉なの。

別の解決策が頭の中にすぐ浮かんだ。ギルド。街の外の魔物退治。一日で現金たんまり。


うん、それで。


       *


ギルドに入った。


朝の入店のときと違って、店内はふつうの賑わいだった。カウンターには列。朝の依頼を終えて報告に戻ってきた冒険者たちが、それぞれ自分の番を待ってる。


列に並ばずにカウンターの隅に立った。受付のミラさんがこっちに気付いた。


「あ、カレンさん」

「お腹すいた」

「お金、ですか?」

「うん」

「あの、依頼ですよね?」

「うん」

「常識的な質問しちゃった、わたし」


ミラさんが自分でため息をついて、カウンターの裏の依頼書の束をめくった。


「えっと、今出てるのは、街の北の薬草採取と、街の東の魔物退治と、街道の護衛と——」

「魔物退治」

「あ、即答」

「報酬いちばんいいやつでいい?」

「うん」

「では、これ。街の東、林の入口の魔物。三体。種類は中型。報酬、四千レイド」

「うんー、それで」

「あの、おひとりで、ですよね?」

「うん」

「依頼書、ハルトさんと一緒で——」

「ひとり」

「あ、はい、ひとり」


ミラさんはもう深く聞かなかった。依頼書のサイン欄を指し示す。ただし登録はまだだった。


「あ、登録、しないんでしたよね」

「うん」

「じゃあ、特別措置、ですね。ハルトさんの紹介ということで、書類は回します。あとでハルトさんに、説明、頑張ります」

「うん。よろしく」

「あの、本当に、よろしくお願いします」


ミラさんは、本当に「よろしくお願い」を両手で束ねたような顔。

——お、今日も頑張ってるね、ミラさん。


       *


街の東の林の入口。


ぶらぶら歩いて半刻くらいで着いた。林の手前で足を止める。


三体。中型。種類は林にふつうにいるやつ。ただし気配がおかしい。ふつうの中型獣の気配じゃない。中に、もうひとつ別のねじれた流れがある。

強化されてる。たぶん外から。たぶん地下のあの気配と繋がってる。


ふーん、と思う。

——ま、まとめる方が早いかな。


「面倒だから、まとめて」


ぽつり。


指先がほんの少しだけ動いた。

林の奥の空気がわずかに流れる。音はほとんどない。ただ、三体の気配が同時に途切れた。ぷつり、と糸を切るみたいに。


……


林に入っていく。


一体目の死骸を確認した。中型。鱗。腹のあたりに、小さく不自然な結晶のようなものがある。

ピンセットでつまむような慎重さで刃を入れた。鱗の下の肉は、思ったより締まってた。強化されてる個体は、生体の反応まで少し違う。刃を入れた指先に、いつもの中型獣より硬い抵抗が返ってくる。

結晶を取り出す。


灰色。ほぼ透明。ただし中で何か、不自然な流れが動いてた。


これだ。これが強化の媒介。

ふつうの魔物には入ってない。ふつうの街のふつうの魔物には。でも、ヴェルデンの東の林の中型獣には入ってる。

つまり、誰かが入れてるのね。


ヴェルデンの北の魔物。東の魔物。たぶん街の外周ぐるりに配置されてる。街の繁栄の副産物。か、あるいは、その逆。


ふーん、と思う。結晶をポーチにしまって、ふたつ目、みっつ目の死骸からも同じ結晶を取り出した。


「これ、ちょっと面白いんだよね。灰色なのに、中がずっと動いてるの」


楽しそうに呟いた。林の奥の鳥が一羽飛び立った。


       *


ギルドに戻って、報告をミラさんに出す。死骸の確認は別の冒険者が現地に向かう慣例らしい。報酬の受け取りはその確認の後。

ただし、ミラさんの顔がふだんと違った。


「あ、あの、カレンさん」

「ん?」

「報酬の受け取り、ちょっと変則的、ですね」

「変則?」

「四千レイド、なんですけど、その、領主館経由で」

「お」

「あの、領主様から直接お渡し、ということになっています」

「ふーん。なんで?」

「あの、その、最近、街の周辺の不審な魔物退治、領主様、ご自身が気にされていて。報酬を直接お渡しして、お礼を申し上げたい、と伝言が」

「お、丁寧。領主さんが直々にお礼、って珍しくない?」

「珍しい、です。わたしも初めて」

「ふーん」

「あの、ご足労おかけしますが、領主館、行かれますか?」

「うん」

「ほんとに、ですか?」

「うん。お金、欲しいもん」

「素直」


ミラさんがぽつりと呟いた。


       *


領主館は街の東の丘の上にあった。


石造り。ふつうの貴族の館の半分くらいの大きさ。ただし手入れはよくされてる。庭の薔薇の剪定が丁寧で、門の守衛も礼儀正しい。

案内されて、応接間のひとつに通された。待たされる時間はほんの数分。


ふつう、領主が平民を待たせる時間としては短い。

——おー、礼儀あるね。ちょっと期待。


扉が開いて、男がひとり入ってきた。


三十代後半。髪は整えられてるけど過剰じゃない。服装は地味な上質。装飾はほとんどない。ただし立ち方が整ってた。

そして表情が柔らかい。


「お待たせいたしました」

「いえ」

「あなたが、噂の魔道士の方ですか」

「ん」

「街を守っていただいて、助かりました」


男が軽く頭を下げた。


平民に頭を下げる領主っていうのは、ふつうじゃない。こっちの中で何かがほんの少しだけ姿勢を整えた。さっきエルヴァさんの前で出かかったやつと似てる。ただし今度は、寸前で出なかった。


「あー、別に、守ったつもりはないけど」

「ええ」

「魔物、いたから、退治したの。それだけ。あ、お金は、ちゃんと欲しい」

「ふふ、ええ、もちろん」

「お金、ありがとー」


テーブルの革袋をポーチにしまう。男が軽く頷いた。


「申し遅れました。私は、グラハム、と申します。この街の領主を、しております」

「うん。グラハムさん」

「お嬢様のお名前を、お伺いしても?」

「カレン」

「カレン様」

「あ、様、いらない」

「では、カレンさん、と」

「うん」


グラハムさんが軽く微笑んだ。

嫌味のない、柔らかい笑い方。ただし、その柔らかさの奥に何かがある。


……ふーん、と思う。


       *


「カレンさんは、しばらく、ヴェルデンに?」

「うん。少しだけ」

「我が街を、お気に召しましたか?」

「うん。ご飯、美味しい」

「ふふ」


グラハムさんが軽く笑った。嫌味のない柔らかい笑い。


「もし、よろしければ、また、お会いしたいですね」

「うん。気が向いたら」

「ふふ」


グラハムさんはもう深く追わなかった。ただ軽く頭を下げて、扉まで自分で案内した。


庭の薔薇は剪定が丁寧。薔薇の香りがふっと立ち上る。たぶん領主が自分でも世話してるのね。そういうことが伝わる剪定。


       *


領主館の門を出た。


ぽつり。


「あの人、たぶん、いい人」


……


「だけど、たぶん、それだけじゃ、ない」


楽しそうに街の方角に歩き出した。ポーチの中の四千レイドがほんの少しだけ揺れた。そして、ポーチの中の灰色の結晶も同じだけ揺れてた。


「うん、いいね。役者が揃ってきた」


楽しそうに呟いた。街の中央広場の地下、深いところにある気配は変わらずそこにある。そして、たぶん今、目の前で頭を下げてくれたグラハムさんが、そこに関わってる。


ふーん。

楽しみは、またひとつ増えた♪


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


☆評価・ブックマーク・ご感想、なんでも嬉しいです。

応援いただけると、次回更新のテンションが地形を変えるレベルで上がります。


引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです。


わんだ

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