第13話 Poisson II 強化個体の肉
翌朝。
宿の厨房をまた借りた。
二日越しの約束。昨日は依頼と領主館で夜までかかったから、ずっと後回しにしてた。
朝いちで宿の少年に頼んで、ハルトを呼んでもらったの。地下茸、今日出すからって。
地下茸の煮込み。
二年熟成のやつ。
薄く切って、油はほんの少し。
鍋をゆっくり温める。
香味草をぱらり。
仕上げに林檎酒をほんの少しだけ。
最後に温めたバターをすっと絡める。
完成♪
それともう一皿。
例の角の魔物の肉。ポーチの中で鮮度は止めたまま、朝のうちに厨房で蒸しておいた。
「ハルト」
「ああ、来たか」
「奢り。二日ぶりの地下茸。待たせたぶん、ちょっといいやつにしといたから」
「二日も待たされたんだが、まあいい。呼ばれたから来た」
「知ってる知ってる。だからいいやつなの。それとこれ、前の報酬の蒸し物。半分あげる約束のやつ」
「あれか。覚えてたんだな」
ハルトが皿を交互に見た。
「お前、こういう約束はちゃんと守るんだな」
「食べ物の約束だけはね。これだけは絶対。破ったら食いしん坊の名折れだもん」
「他の約束は?」
「まあ半々」
「正直に言うな」
「正直は強い」
ハルトがひとくち、口に運んだ。
噛んだ。
……
「うまい」
「でしょ?」
「うまい、というか、これは」
「あ、きた? 顔に出てる出てる」
「初めて食う味だ」
「そうなの。地下茸って生だとただの地味なキノコなんだけどね。火を入れると化けるの。香りがぜんぶ立ち上がってくる感じ、わかる?」
「わかる。というか、鼻の奥に来る」
「林檎酒はほんの少し。バターは最後。それだけなの。それだけでこうなる」
「レシピは覚えなくていい」
「えっ、なんで」
「俺が作っても、こうはならないだろ」
「あー、それはたぶんそう」
楽しそうに笑った。
ハルトがもう一度ひとくち噛んだ。
*
食べながらハルトがぽつりと言った。
「カレン」
「ん?」
「街道のことだが」
「うん」
「西の街道でおかしな魔物が出てる」
「へえ」
「商人ギルドから報告が来てる」
「どんな感じの」
「魔物というか、強化された何か、らしい。中型なのに動きが速くて、剣が通りにくいと」
「あー、それね。あたし知ってる」
「知ってるって、どういうことだ」
「昨日、東の林で三体片付けたの。お腹の中に灰色の結晶があった」
「……お前、それを、なんでもっと早く言わない」
「言うタイミングなかったの」
「いくらでもあっただろ。昨日の夜、ずっと一緒にいたわけじゃないが、報告する時間くらいは」
「うーん、まあ、あったかもね」
ハルトが額に手を当てた。
今度はなかなか離れなかった。
——お、長め。
*
「その依頼が入ってるのか」
「うん。さっきミラさんから伝言もらった。報酬は安め。ただし急ぎ」
「安いのか」
「今度はふたりで?」
「ああ。お前ひとりだと、依頼書がまたややこしくなるからな」
「あー、ミラさんに悪いね」
「自覚はあったんだな」
「ある。ちょっとは」
ハルトが剣帯のバックルに指を軽く触れた。
触れただけ。
装備の確認。
*
西の街道。
商人の通商路。
ヴェルデンから半刻ほど馬車を進めた街道脇の林の手前で降りた。
護衛として来てくれた御者は街に戻る方向へ馬を進めた。
道中、御者の表情がずっと緊張してた。
林の入口で足を止める。
「ハルト」
「何だ」
「四体」
「もう数が分かるのか」
「うん。気配で」
「どのあたりだ」
「林の奥の見通しの効くところ。一列に並んでる」
「待ち伏せか」
「そう。だよね」
「動物の習性じゃないな。あそこは風下だ。獲物を待つなら風上に構える」
「でしょ。誰かに並ばされてる感じ」
「指示されてる動きだな」
「そう。ハルトも気づくの早いね」
「長くやってればわかる」
ハルトが両手剣を抜いた。
鞘を軽く地面に立てかける。
ふだんより少し低い姿勢。
相手を警戒してる構え。
*
林に踏み込んだ。
二歩進んだところで最初の一体が出てきた。
鱗。
中型。
ただしふつうの中型じゃない。
動きが速いし、目の中にわずかな光がある。
正常な生体反応じゃない光。
「ハルト」
「分かってる」
「あれ、ふつうの炎弾は効かないよ」
「お前、ふつうじゃない攻撃を撃つのか」
「うん、今考えてる」
「考えるのを戦闘中にするな」
「正直、いま考えるの面白いんだもん」
「お前な」
「正直は強い」
ハルトが一歩踏み込んだ。
剣を横に振る。
鱗の隙間を狙った精密な一閃。
ただし魔物の反応が速かった。
ぎん、と鱗が刃を弾く。硬い。ふつうの中型の鱗はこんな音を立てない。
ハルトが剣を後ろに引いて流す。
顔色は変わってない。ただ、二撃目に入る前の間がいつもより半歩長い。相手の速さを測ってる。
そして横からもう一体が来てた。
「カレン、後ろ」
「見えてる」
空いてる左手の指先で軽く空気を押す。
後ろから来てたもう一体がほんの少しだけ足を止めた。
重力をほんの一瞬強くしただけ。
倒すほどじゃない。
ただ足を止めるだけ。
ハルトの一閃のための時間稼ぎ。
「いま」
「ああ」
ハルトが踏み込み直した。
一撃目で測った速さの、その半歩先へ剣を置く。
鱗の隙間、喉の下の柔らかいところ。
弾かれない角度で刃が入って、硬い手応えの奥に一瞬だけ確かな沈みがあった。
それだけで一体が崩れ落ちた。
*
「ハルト」
「何だ」
「これ、強化を解いてから倒した方が楽だと思う」
「強化って、解けるのか」
「やったことない」
「は?」
「初めて試すの」
「お前な」
「今、思いついた」
右手の指先をほんの少しだけ上に向ける。
残った二体の上に薄い青白い光がふっと立ち上った。
風刃でも氷刃でもない。
ただ青白い光。
その光が二体の体の中にある何かをぎゅっと押した。
結晶の流れ。
中のねじれた流れを外から強引に押し戻す。
そうするとたぶん強化が解ける。
たぶん。
二体の目の中の光がふっと消えた。
動きがふつうの中型獣の速さに戻った。
「お、いけた」
「お前、いま、何をした」
「強化の流れを外から押し戻したの。中がねじれてたから、逆向きに」
「……それを、初めてやったのか」
「うん。案外いけるものね」
「俺、いつかお前と組むのをやめたくなる瞬間が来る気がする」
「えー、いま?」
「いや、いまじゃない。飯がうまかったからな」
ハルトが額に手を当てたまま剣を振った。
ふつうになった二体はふつうの剣で片付いた。
*
戦闘が終わった頃には林にまた鳥の声が戻ってきてた。
四体の死骸を順番に確認する。
腹のあたりに同じ灰色の結晶。
ピンセットの要領で刃を入れて丁寧に取り出す。
ポーチの中の昨日の三つと合わせて合計七つ。
「ねえ見てこれ。これ、すごい面白いの」
「結晶か」
「そう。ちょっと待って、中の流れ見て。ほら、この線。ぐるぐるって巻いてるでしょ。ふつうの魔石ならまっすぐ抜けるのに、これわざと巻いてあるの。巻くと術が安定するんだけど、そのぶん暴発しやすくなる。なのに暴発してない。つまりね——」
ハルトに結晶をひとつ見せた。
ハルトはしばらく見て、それから軽く首を傾けた。
「待ってくれ。線が巻いてるところまでは分かった。あとが分からん」
「あー、そこからが面白いのに。もったいない」
「分かったふりはしない」
「正直」
「正直は強い、らしいからな」
「お、それ使うんだ」
結晶をポーチにしまう。
「でね、ここが本当に面白いとこ」
「ああ」
「この巻き方の癖、昨日、街の南東の路地で感じた地下の流れとそっくりなの。ぐるぐるの向きも、巻く回数も、ほとんど同じ。同じ人が書いた字ってなんとなく分かるでしょ。あれと同じ。手癖が出てるの」
「人?」
「あ、比喩ね。たぶん人じゃない。でも、書き手はひとつ」
「……つまり、どういうことだ」
「東の林の結晶も、西の街道の結晶も、南東の路地の地下の流れも、ぜんぶ同じ手癖。出どころがひとつってこと」
「同じところから出てる、と」
「そう。ハルト、理解早いね」
「結論だけなら誰でも追える。で、その出どころってのは?」
「街の中央広場の地下、深いところ」
「そんな下から、街道の魔物まで?」
「うん。だから面白いんだってば」
「お前、それ、何だと思う」
「うーん」
「分からないのか」
「分かりかけてるとこ」
「正直」
「正直は強い」
「うるさい」
楽しそうに笑った。
*
街道を戻った。
馬車はもう迎えに来てた。
ふたりで乗り込む。
御者は戦闘の結果を聞かなかった。
たぶん聞かない方が平和だと知ってる。
街に戻る道の途中で軽く伸びをした。
「ハルト」
「何だ」
「なんか楽しくなってきた」
「俺は疲れてきた」
「あー、ごめんね」
「謝るな。お前が謝ると、だいたい次にもっと面倒なことが起きる」
「失礼な」
楽しそうに頷いた。
ヴェルデンの街の中央広場の地下、深いところ。
あの気配と灰色の結晶と強化された魔物。
全部繋がってる。
そしてたぶんグラハムさんがその中心近くにいる。
ふーん。
楽しみがまたひとつ増えた♪
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わんだ




