第5話 Soupe 夜の魔物
夜の街は静か。
通りにはまだ人がちらほら。屋台はもう片付けてる。
パン屋の灯りは消えてる。食堂もほぼ消えてる。
宿の窓辺でふあーっと伸びをした。
さっき地下茸を自分で煮込んだ。
うん、美味しかった♪
宿の厨房をちょっとだけ借りて、ちょっとだけ使った。
ハルトには結局奢れなかった。夕方の約束だったけど合流できず。ま、明日でいっか。
「……ん?」
来た。
街の北の外れに五つ。
動物じゃないし、魔物にしては気配が薄い。種類がへんなやつ。
「面倒な時間に面倒なやつー」
語尾を伸ばしながら外套を羽織って、二階の窓から外へ。
風魔法でふわっと地面に降りる。誰にも気付かれないように。
こういう細かい配慮はちゃんとやるのよね。あたしは街に優しい魔道士。
*
街の北、林の手前。
街門は閉まってるけど人の抜け道はあった。
ぶらぶら歩く。
気配は五つ。近い。動きはばらばら。
「あー、迷ってるじゃないこれ」
出る場所を間違えてるやつだ。
誰かに呼ばれたっていうより、何かに引っぱられてる感じ。
地下のあれがちょっと強くなってるから、たぶんそれに反応してるんでしょ。
「ふーん」
指先で小さい火の玉を転がす。くるくる、くるくる。
夜の遊び。
林からごそっと出てきた。
五体。夜行性の中型獣。
本来は東の山にいるはずのやつ。
それがヴェルデンの北まで降りてきてる。お、遠出ね。
「面倒だから、まとめて」
指を上げかけて、ぴたっと止めた。
待って。夜の街、近すぎ。殲滅級なんて撃ったら地形が変わる。
変わったら明日の朝、ハルトにまた額に手を当てられるじゃない。
ハルトの額、もう手の形がついちゃってるかも。あれはかわいそう。
「……ま、いいや。順番で」
別の指を上げた。今夜はちょっとだけ丁寧にやる。
*
一体目。
火、第1段階。
炎弾。
赤い光がぴゅん。
頭が消えた。胴だけが惰性で走ってばたん。
お、いい走りっぷり。
二体目。
氷、第1段階。
氷刃。
青白い薄い刃がぱらぱらっと。
空気がひゅっと冷えて、体が五枚に切り分けられた。
切り口から白い湯気。
お、いい火の通り方しそうな身質——いや食材じゃないこれ。あぶないあぶない。
三体目。
風、第1段階。
風刃。
一本、まっすぐ。
音なし。空気がぴゅっと走ってまっぷたつ。
あー、これは静かでいい。夜向き。
四体目。
雷、第1段階。
雷撃。
夜空にぴかっ。
雷の枝が降りてきてぴしゃ。倒れた。
轟音は消した。音だけ。街が近いから気を遣う。あたしはほんと優しい。
五体目。
重力、第1段階。
圧墜。
そいつだけぎゅっ。
地面にぺしゃっ。動かない。
「はい、終わり」
軽く息を吐いた。
十秒くらい。媒介なし、詠唱なし。指でちょこちょこ属性を切り替えただけ。
「うん、いい配慮。あたしは街に優しい魔道士」
自画自賛。誰も褒めてくれないから自分で。
*
「で、なんでこんなとこにいるのかな、こいつら」
死骸を見下ろす。
東の山の中型獣。夜行性。
群れで動くけど行動圏は狭いやつ。
ヴェルデンの北まで来るのはない。ふつうは。
引っぱられてる。何かに。
……地下のあれ、ね。
異式の漏れが強くなると、近くの魔物がぐらつく。これ、師匠の話。昔のね。
——異式は、世界の魔法法則に開いた穴だ。
——穴の向こうから、何かが漏れてくる。
——漏れてきたものに、魔物は反応する。それは本能のようなものだ。
ゼーヴの低い声が頭の奥でふっと再生された。
久しぶり。あの人、変な声してたな。
「お、本格的に始まってるじゃない、これ」
楽しそうに呟いた。
今夜の五体は序章でしょ、これ。
「そろそろちゃんと調べないとな」
ぐーっと伸びをした。ヴェルデンの方角に歩き出す。
*
帰り道。
街門の手前に影がひとつ。
「お前」
ハルト。両手剣を肩にかけてる。
「あれ、ハルト?」
「街門の外で光が見えた」
「あ、見られたか」
「……ああ」
「ま、いっか」
ふっと笑った。
「お前、何をしていた」
「散歩」
「散歩で光が五回も出るのか」
「うん。出るやつがいたから出した」
「……街の外に魔物が出たのか」
「うん。五体。片付けた」
ハルトが額に手を当てた。
お、今日もくる。
「その規模を片付けたと言うな」
「え、なんで?」
「ふつう片付けたっていうのは、もう少し苦戦するものだ」
「あー、なるほど」
「なるほど、じゃない」
「ま、いっか。寝るよ。ハルトも寝な」
「……分かった」
ハルトは額に手を当てたまま夜空を見上げてた。
おー、星きれいだね。
*
翌朝。
宿の朝食。
女将さんが目をきらきらさせて寄ってきた。
「お嬢さん、聞いた? 昨夜、街の北で魔物が出たって」
「へえー」
「東でも出たって。別の魔物が同じ時間に」
「あ、そうなの」
「東のほうはトルクさんがひとりで十体片付けたって。本当か嘘か分かんないけど」
「へー」
「北は誰がやったか分かんないって」
パンを噛んだ。
「すごいね、トルクさんって人」
「ええ、本当に。ヴェルデンの守り神」
「ふーん」
興味なさそうな顔をしながら、頭の隅では別のことが走ってた。
——東でも同時。
——偶然じゃないでしょ、これ。
——本格、近いじゃない。
*
宿を出た。
通りでハルトが待ってた。顔色がいつもよりちょっと悪い。
「おはよ」
「ああ」
「顔、疲れてるんじゃない?」
「……眠れなかった」
「えー、なんで?」
「東の話、聞いたか」
「うん。十体、ひとりで」
「あの数をひとりで、か」
「うん。すごいよね」
「お前は五体、ひとりで片付けたが」
「あ、それ別」
「何が別なんだ」
「あたしは面倒なだけだもん。トルクさんは本気で戦ったんでしょ?」
「……たぶん」
ハルトは答えなかった。
何かぐっと飲み込んでる感じ。
トルクはヴェルデンの最強。
ハルトがまだ越えていない壁、らしい。本人がそう言ってた。
そのトルクが十体をひとりで、本気で。
で、隣の少女は五体を片手間で。苦戦もなし。
そりゃ、ぐっとくるよね。
「この街、どうなってるんだ」
楽しそうにハルトの隣に並んだ。
「さあ。でも面白くなってきたじゃない」
街の中心、地下、深いところ。
あの気配はまだそこ。昨夜よりちょっと強くなってる気がする。
急ぐ理由はまだないけど、悠長にしていられる時間もそんなにない。たぶん。
ただ今日のところは——
「あ、そうだ。ハルト、奢る約束、覚えてる?」
ポーチをトン、トン。
「地下茸の煮込みの続き、作ってあげる」
「……地下茸?」
「高級食材。ハルト、たぶん人生で食べたことないでしょ」
「……期待はしない」
「するでしょ。顔がちょっと期待してる」
ハルトは答えなかった。
楽しそうにハルトの隣を歩いていった。
朝の街の空気はふつうに朝の空気だった。ただし地下のあれはもうそろそろ。
ま、まずはご飯♪
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わんだ




