第4話 Apéritif 街角の希少食材
朝の街は少し肌寒い。
ハルトの後ろを軽い足取りでついていく。
ハルトは肉を担いでる。重そうだけど不平は言わない。律儀ね。
「ねえ」
「ん」
「ギルドって、どこ?」
「南西。徒歩で十分くらいだな」
「おー、近い」
ハルトは黙ったまま歩く。
——朝のハルト、口数少ないな。たぶん寝起き。
楽しそうに街を見回した。
朝のヴェルデンは昼とも夜とも違う顔をしてる。
パン屋がまだ焼き上がってない煙を勢いよく上げてる。
水汲みの女性たちが井戸の前で談笑してる。
子どもたちが犬を連れて通りを走ってた。
——あ、走ってる犬、可愛い。
「いい街だね」
「……ああ」
「人、多いの?」
「最近、増えたな」
「ふーん。商売は繁盛してる?」
「……らしい」
ハルトがぽつり、ぽつりと答える。
満足そうに頷いた。
繁盛してる。
人が流れてる。
平和。
——ただ、その平和の下に何かがある、と。
*
ギルドの建物は想像してたより大きかった。
二階建ての石造り。入口の前に看板。
ヴェルデン冒険者ギルド本部、と書いてある。
「おー広いね」
「ヴェルデンは大きな街だ。冒険者も多い」
「ふーん」
ハルトが扉を押した。
中も想像通り。
カウンターと依頼掲示板と座って酒を飲んでる冒険者たち。
朝なのにもう酒を飲んでる人がいる。さすが、繁盛してる。
カウンターの隅で別の冒険者がちらりとこっちを見た。
それからハルトの背中の肉を見た。
それから隣の仲間に何か小声で囁いてる。
仲間が慌てて口を覆ってる。
——あ、ギルドにももう噂回ってる顔。早いのよね。
「あ、ハルトさん」
受付の女性が笑顔で手を振った。
二十代くらい。明るい顔。
名札に「ミラ」と書いてあった。
「ミラ、討伐報告だ」
「お、早いですね。今日はどんな——」
ミラさんがハルトの背中の肉に気付いた。
それから隣に立ってるあたしに気付いた。
動きがぴたっと止まった。
——お、止まったね。
「あ、あの、ハルトさん、その、お連れさんは……?」
「お腹すいた」
「は?」
「あたしカレン。お腹すいた。報酬もらいに来たの」
にこっと笑う。
ミラさんがハルトを見た。
ハルトが額に手を当てた。
——お、今日も額シリーズ。
「……俺の依頼分の報酬を、彼女に渡してくれ」
「ハルトさん!?」
「いいんだ」
「いやでも、彼女、登録してませんよね?」
「登録は面倒ー」
ばっさり答えた。
ミラさんが口を半開きにした。
それからハルトにもう一度視線を戻す。
「ハルトさん」
「……何だ」
「あなた、あの、街の外の煙、知ってますよね?」
「……ああ」
「あれ、彼女、なんてことは——」
「ミラ」
「はい」
「考えるな」
「いやでも」
「考えると、疲れる」
——ふふ、ハルト、賢者の境地ね。
ミラさんが長い間、何も言わなかった。
それからため息をついて報酬の袋を取り出した。
「……はい、報酬。ハルトさん、いつもありがとうございます。今日は早めに上がってくださいね」
「ああ」
「で、ええと、お嬢さん」
「カレン」
「カレンさん、また、ご報告、もらえると、その、助かります、ね、たぶん」
「うん。気が向いたら」
報酬の袋をポーチに入れた。
ハルトはもう扉の方を向いてる。
「行こう」
「うん」
*
ギルドの外に出た。
「あ、ハルト」
「何だ」
「あんた、いい人だね」
「……」
「報酬、半分、あげるよ」
「……いらない」
「えっ。蒸し物は?」
「あれは、もらう」
「うん、それで」
ハルトが何かを諦めた顔で頷いた。
「俺は、いったん戻る。剣の整備がある」
「ふーん。じゃあ、また夕方くらい?」
「……お前と、何の約束だ」
「ご飯」
「……」
「奢るから」
「……考えておく」
楽しそうに手を振る。
ハルトは振り返らずに歩き去った。
——お、ハルト、振り返らない男。かっこいいぶってる?
*
ひとりになって伸びをした。
街の中心部の方向をちらり。
異式の気配はまだそこにある。
今それを追うのはちょっと早い。
もう少し街のことを知っておきたい。
市場の方角に足を向けた。
ヴェルデンの市場は街の中央広場の周りに円形に広がってた。
朝の市場はいちばん活気がある。
屋台。露店。人の声。野菜の山。果物の山。香辛料の山。魚。鳥。肉。
目が細くなった気がする。
「お、いいね」
とりあえずぐるりと見て回る。
*
三周目で見つけた。
露店の隅の目立たない場所。
小さな籠に無造作に積まれた灰色の球状の何か。
足が止まる。
「お」
店主は四十代くらいの男。
こっちの視線に気付いて首を傾けた。
「お嬢ちゃん、それ、興味ある?」
「うん」
「あー、見る目あるね。それね、北の山脈の麓の岩塊地帯でしか出ない、地下茸。出るのは年に一回、雨季の終わりだけ。日持ちしない。今日入ったやつだ」
「うん。知ってる」
「は?」
「地下茸でしょ。これ、二年熟成のやつ?」
「お、おう。よく分かるな」
「分かるよ。色、薄いから。二年もので、岩塊地帯のなかでも東側の。たぶん、グレダンの森に近いところ。乾燥のさせ方、いいね。湿度、四十パーセントくらいで、空気の入れ替え、一日二回?」
「お、おう。そんなとこだ」
「これ、火を入れすぎると香りが飛ぶの。生のまま薄く切って、塩と油だけ。それか、最後の最後で温めたバターを少しだけ絡める。それ以上は足さない。足したら、地下茸に失礼でしょ?」
「……そりゃ、そうかもしれねえな」
「うん。だからこれは絶対、これだけで食べる」
「……お嬢ちゃん」
「うん?」
「あんた、何者だ」
「お腹すいた」
店主は長い間、答えなかった。
——お、また長い間シリーズ。よくある。
*
結局、籠の地下茸を全部買った。
値切らない。
むしろ店主の言い値より少しだけ多く払った。
——いい食材にはちゃんと払う。あたしは食材に礼儀のある人。
「うちの店、また来てくれ」
「うん。ありがと」
「ヴェルデンは、いい街だ」
「うん。あたしもそう思う」
店主がちょっと嬉しそうに頷いた。
こっちもちょっと嬉しそうにポーチを叩く。
ポーチはもう随分と膨らんでた。
地下茸の他にもいくつか買い込んでた。お、いい収穫。
「ご飯、ご飯」
楽しそうに呟いた。
*
市場を抜けた頃にはもう昼に近い。
街の中心部の方角を見上げる。
異式の気配は変わらずそこ。
強くも弱くもなってない。
ただ何か新しいことに気付いた。
街の人々は本当に気付いてない。
八割九割、本当に何も感じてない。
それは悪いことじゃない。
平和に暮らしてる。
そういう街の方がずっと多い。
でも、ほんの数人だけ何か違う。
ひとりは街の南東、商業区の方角。
たぶん勘の鋭い商人がいる。
もうひとりは教会の方角。
神官団の誰かが気付き始めてる。
そして、もうひとり。
最も濃く何かの気配を持つ人が領主の館の方角にいる。
——たぶんその人が気付かないふりをしてる人。
「ふーん」
軽く頷いた。
「ま、今日はご飯が先ね」
楽しそうに宿への帰路を歩き出す。
夕食には地下茸で何か新しい料理を試そう。
ハルトに奢る約束、してしまったし。
あの人、たぶん地下茸を見たらまた額に手を当てる。
楽しみ♪
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