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世界を焼く前に、晩餐を。 〜あとなし魔道士の歪みと美食のフルコース〜  作者: わんだ


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第3話 Hors-d'oeuvre II 肉のための剣士

街の外れ。

朝。少し冷たい風。

林の中をぽかぽか歩いてた。

指先で小さな火の玉をひとつ転がしながら。くるくる、くるくる。


昨夜、宿で寝る前にボルドさんの裏メニューをもう一回反芻していい店だなと思ってから眠った。

朝起きて宿で軽くパンとスープ。

それから街の中心部の地下にある気配の話をいったん横に置いた。

昼までにちょっと別件を片付ける。

今夜の夕飯のレベルが上がる別件。


林の少し奥。

木がまばらに散ってるちょうど見通しのいい場所。

大きな影がゆっくり動いてた。


「お」


口元がわずかに緩む。


体長五、六メートル。茶色の毛。曲がった角。

南の山脈で十年に一度くらいしか出ない種類。

正式な名前は忘れた。

ま、いっか。


ただし覚えてることがひとつ。

角の付け根のところに魔力腺がある。

肉ごと蒸し焼きにすると腺が溶けて肉の全体に回る。

ほんのり甘くて、噛むたびに香りがふわっと抜けていく。

たぶんこの世界で一番贅沢な蒸し物。

普通の冒険者は角だけ取って肉を捨てる。もったいなさすぎ。


ただし条件がふたつ。

腺を壊さずに仕留めること。

半刻以内に処理を始めること。


ポーチをトン、トン。楽しみ♪


*


「街に、行かせるか——!」


……ん?


知らない声。


首を傾けて声の方角を見る。

木の根の向こうで誰かが剣を構えてた。


ひとり。

背は高い。引き締まった体格。革鎧。両手剣。

髪は——銀。アッシュシルバー、というやつかな。

肩のあたりまで自然に流れてる。

無表情ぎみ。灰色の瞳。

腰の剣帯のバックルが年季を吸って鈍く光ってた。

お、いい年季。


——で、その剣士が、あたしの大型魔物——あたしの予定の夕飯——に剣を向けてる。


「……」


表情から笑みが消えた。たぶん。

けど声には出さない。

声を出すと剣士に伝わるし、剣士は今なんだか真面目にやってる。

真面目な人は邪魔をしない方がいい。あたし、配慮の人。


しばらく観察。


剣士の動き、悪くない。

というかけっこう、よかった。

よく見てる。弱点を探してる。

見つけるまで振らない。慎重。

慎重すぎる、と言えなくもない。


「お、いいね」


小さく独り言。


*


ただし状況はよくなかった。


林の奥から別の魔物が寄ってきてた。

小さめの群れ。

五……六、七。


たぶん大型魔物の血の匂いを嗅ぎつけて集まってる。

肉を横取りしようとしてる。

——あ、ダメダメ。それあたしの。


軽く息を吐いた。


困った。


剣士はまだ慎重に観察してる。

群れに気付いてない。

気付いた頃にはたぶん肉が無くなってる。


深呼吸はしない。

ただひとつだけ思った。


「面倒だから、まとめて」


*


指を一本、上げた。


それだけ。


剣士がこっちに気付いた。

顔をハッと上げる。

たぶん空気の変化に気付いたんでしょ。お、感覚いい。


数瞬の間。


それから世界が白くなった。

熱でも光でもないもっと根本的な何かが林の半径を埋めた。

音なし。

ただ世界がふっと抜けた。


*


光が引いた頃。


林は消えてた。


地面が黒く焦げて半径百メートルくらい平らになってた。

木が何本か根元から焼け落ちて煙を上げてる。

小型魔物の群れの影も形もなし。


大型魔物だけが残ってた。無傷で。


剣士が後ろに転がってた。

吹き飛ばされたらしい。

革鎧の留め具のひとつが外れてる。

ただし本人は無事。

たぶん最初の衝撃は剣を地面に突き立ててこらえたんでしょ。

それでも衝撃波で結局、吹き飛ばされたっぽい。

——あ、ごめん。


「あー、ごめんね」


声をかけた。


剣士がゆっくり立ち上がった。

剣を構え直してる。


ふーん、まだ警戒してる。律儀ね。


「お前——」

「うん」

「殲滅級、か」

「あー、知ってる人?」

「……知っている。世界に片手で数えるほどしか、使い手がいない」

「あ、そんな感じ?」

「……」


剣士、しばらく答えなかった。

それから片手で額に手をあてた。

——お、額に手シリーズ、初の人かな。よくあるよくある。


「お前、いま、なんと言った」

「うん?」

「面倒だから、まとめて、と」

「うん。言った」

「……まとめた、のか。あの群れを」

「うん」

「あの一体は、なぜ残した」

「食材だから」

「……食材」

「うん」

「……」

「あ、ねえ。お兄さん、剣士でしょ?」

「……ああ」

「ちょっとお願いがあるんだけど」


*


大型魔物の方を指差した。


「あれ、解体するの、手伝ってくれない?」

「……は」

「角の付け根、魔力腺があるの。それ、壊さずに取り出したいの。ひとりでもできるけど、二人いた方が早いし。半刻以内に処理しないと、もったいないことになっちゃうから」

「……」

「お兄さん、力仕事得意そうだし」

「……」

「あと、さっきの剣の構え、やるじゃない。観察、よかったよ。お兄さんの剣技、たぶん解体にも応用できると思う」

「……」

「あ、ごめん、まだ名乗ってなかったね。あたしカレン。お腹すいたー」

「……」


剣士、長い間、何も言わない。

それからゆっくり剣を鞘に戻した。

——お、戻した。手伝ってくれる気になった?


まだ十歩ほどの距離。


「……ハルト、と言う」


剣士が名乗った。


「うん。よろしく」

「……俺は、何に巻き込まれているんだ」

「巻き込まれてないよ。手伝ってくれるだけ」

「あ、報酬はね、ちゃんとあるから。蒸し物、半分、ハルトにあげる」

「……それは、報酬なのか」

「ハルトが食べたことのない味になる。たぶん」

「……」


ハルト、しばらく空を見上げてる。

それから肩の力を抜いた。

ゆっくり十歩の距離を歩いて隣まで来た。

——お、来た。


「待ってくれ」

「うん?」

「あの規模、街から見えたぞ」

「あー、それは、ちょっと、面倒かもね」

「……」


楽しそうに笑った。


「ま、いっか。とりあえず解体しよ」


*


ハルトが腰から解体用のナイフを取り出した。

ふーん、ちゃんと持ってるんだ。


指示通りに肉を切り分け始めた。


「あ、そこ、もうちょっと深く。骨に沿って。そう、それくらい。あー、いい手つき。剣士って、関節の場所、よく分かってるよね。たぶん戦闘で関節狙うから。応用、応用」

「……俺は、関節を狙う剣を振らない」

「えっ、そうなの?」

「俺の流派は、一刀集中。弱点を見極めて一撃で仕留める」

「ふーん。あ、ますますいいじゃない。それ、解体に向いてる。一撃で必要なところだけ切れる」

「……解体に向いていると、剣士に言うのは、たぶん褒め言葉ではない」

「あ、ごめん」

「気にしていない」

「気にしてるじゃん」

「……気にしていない」


楽しそうに笑った。


半刻以内に魔力腺は無事に取り出せた。

肉も想定通りの状態で確保。お、いい仕事。


「あ、こことここ、丁寧にやっといて」

「……了解した」

「丁寧の意味、分かる?」

「分かる。たぶん」

「分かったふりじゃなく?」

「……分かったふりじゃない。たぶん」

「ふーん」


軽く首を傾けた。


*


「あんた、これから、どこ行くの?」

「ヴェルデンに戻る」

「ギルドに?」

「……ああ」

「あたしも、行こうかな」

「は?」

「報酬、もらいに。あんたの仲介で」

「……巻き込まれているのは、俺の方だな」


ふふ、ハルト、ナイス自覚。


楽しそうに笑った。


肉を担いだハルトの後ろを軽い足取りでついていく。


街の方角を見ると煙がまだ細く立ち昇ってる。

街門の方で人がこっちを見てる気配。

たぶんギルドの誰かがもう動き始めてる。

——あー、もうバレてるねこれ。ま、いっか。


街の中心部、地下、深いところ。

あの気配はまだそこにある。


ただ今日のところはご飯が先。

ギルドは明日でいい。


「ご飯、ご飯」


楽しそうに呟いた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


☆評価・ブックマーク・ご感想、なんでも嬉しいです。

応援いただけると、次回更新のテンションが地形を変えるレベルで上がります。


引き続き、お楽しみいただけたら嬉しいです。


わんだ

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