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金色の鳥と女王の宣言

「おのれっ! 貴様、何者だ!」

 そう叫ぶと、答えを聞く余裕もなく態勢を立て直した騎士は、もう一度大きく剣を振りかぶり、肩口から斜めにはらった。

 青年は涼しい顔でその凶刃をがっきと受け止めると、剣をしなやかにぐるりと回して相手の刃を絡めとり、そのまま高く腕を振り上げた。

 騎士の剣は、青年の剣に攫われる形で手から離れ空中高く弾け飛ぶと、がしゃんと派手な音を立て、大理石の床の上に落ちた。

 おおっ、という感嘆とも驚愕ともつかないどよめきがあたりからあがり、今まで受けたことのない屈辱に騎士は歯噛みした。

 だが、すぐさま短剣を引き抜こうとする騎士の喉元にはすでに、青年の剣があっさりと突きつけられており、大きな身体はそのまま動けなくなってしまった。


誰何すいかしておきながら、名乗る前に斬り払うとは乱暴な御仁ですね。私の名は、魔術師マリオン。ヘンリー王の御崩御を知りつつも、今までこちらへ正式にご挨拶に伺うことができずにおりました」

 騎士の目を見つめたまま青年が深く柔らかな声で名乗ると、名前を耳にした宮廷魔術師がぎくりと身体を強張らせて杖を引き、慌てて後退った。

 宮廷魔術師は今やすっかり顔色を失っていて、今にも倒れんばかりにがくがくと膝を揺らしていた。

「魔術師マリオン!? 女名前で金髪の!? お、お前は、いや、貴殿は、あの魔術師殿か? サモンデュール公の城を丸ごと、砂に変えたというあの、あの伝説の魔術師殿か?!」

 マリオンと名乗った魔術師は、にこりとその端正な顔に笑みを浮かべゆるゆると首を振った。

「伝説とは、これまた大げさな・・・・・・。城のひとつやふたつ、砂に戻したところで、さほどの話でもありますまい」

「な、何故、貴殿がこのようなところにいらっしゃるのか!? まさか、この城も」

 くすくすと屈託なく笑う声に、城の魔術師はぎょっとしてそちらを向いた。


 振り向くと、レティシアが可愛らしい声で笑いながら、隣に立つ先ほどまではその場にいなかったはずの黒髪の目が醒めるような美女を見上げている。

 レティシアとは対照的に、飾り気のない黒の衣装を身に纏っているが、その美しさは隠しようもなかった。

「そのようなこともなさったのですね、マリオン様は」

 無邪気な少女の問いに、黒髪の美女は、ちょっと困ったような笑みを浮かべている。

「でも、お城以外に害はなかったのよ。それにあれは、あちらがいけないの」

 レティシアは、素直にうなずいた。

「ええ、もちろん、わかっております。非道なことをなさるお方じゃありませんものね」

 黒髪の美女は、おっとりと小首をかしげた。

「あら、どうかしら? あながち、そうともいえないんじゃないかしら?」

「まぁ、そうなんですの? フェリシア様。そのお話、ゆっくりお聞きしたかったですわ」

 あたりの騒ぎをものともせず、のんびりとそんな会話を続けている二人に、金髪の魔術師が苦笑している。彼の剣の先には、いまだ脂汗を流しながらさきほどの騎士が、動くこともままならず立ち竦んだままだった。

「君たち、優雅にそんなのんきな会話をしていられる場合なのかい?」

 マリオンが呆れたような声を上げると、

「ええ、あなたがいるから」

「大丈夫よ」

 声を揃えてそう言いながら、女たちは顔を見合わせてにっこりと笑った。

 あたりの者たちは、すっかり毒気を抜かれたようにその場に立ち様子を伺っているだけで、誰一人動こうともしない。


 まるで、金縛りの呪文をかけられてしまっているようだったが、もちろん彼らにそんな魔法はかけられてはいない。事の成り行きを固唾を呑んで見守っている、という状態で、中にはあからさまにこの状態を面白がっている者も幾人か見受けられる。

 ヘンリー王の娘、レティシアと現国王の母、王太后であれば、どちらへつくのが得策かを考えている顔もある。

 その光景は、王太后への信頼と忠誠心の度合いをあらわしてもいるようだった。

「ええい、ランドール! 相手も魔術師だからといって何を遠慮するものか。なぜ魔法で対抗せんのじゃ!」

 興奮している王太后からランドールと呼ばれた色の黒い宮廷魔術師は、絶望的な目を向けた。

「王太后様、私では、どうにも・・・・・・」

 王太后は地団太を踏んだ。

「このような若造! 伝説だかなんだか知らないが、本当にその魔術師がこやつなのかどうかわかるまいに!」

 くくっ、と金髪の魔術師のほうから抑えた笑い声があがった。

「なかなか賢い王太后様であらせられますな。お試しなされよ、ランドール殿」

 だが、そうは言われても、いまやランドールはすっかり萎縮していた。

 かすかにあたりに放射されている金髪の魔術師の魔法の気配は、今まで会ったどの魔術師とも異なっている。

 一見したところ若い男に見える魔術師は、いたずらっぽく瞳を輝かせながら、実に自信に満ちた余裕の笑みを浮かべている。彼がもし本物の「あれ」ならば、この城を砂に変えるついでに自分も蛙かミミズにでも変身させられてしまうかもしれない。

 彼は見かけどおりの若者ではない可能性が高い。


「不甲斐ない! それでも、お前は魔術師かっ! この役立たず!」

 しばらく逡巡していたが、その王太后の叱咤にランドールは、すっかり後に引けなくなってしまっていた。

「ええい、ままよっ!」

 歯を食いしばり、彼は杖を高く振り上げ、とっておきの炎の呪文を唱えた。

 呪文とともに、マリオンと女たちの周りにぐるっと炎の輪ができていく。

 あちちっ! と大声をあげ、マリオンに剣を突きつけられていた騎士が鼻を焦がして、どうっと後ろへみっともなくも尻餅をついたが、もはや彼には誰も注意を払ってはいない。

 みんなの目は、炎の輪とその中にたたずむ三人の姿に釘付けになっていた。

 呪文とともに炎は、どんどん高く吹き上げ、やがて人の背丈の三倍ほども高く上がり、中の三人の姿を完全に覆い隠していった。

「おお! やるではないかえ。そのまま三人とも、焼き尽くしておしまい!」

 王太后のはしゃぐ声にランドールは、額の汗をぬぐいもせず、ただうなずいた。

 呪文を唱える声がひときわ高くなっていく。

 声とともに、炎の輪はそのまま少しずつすぼまってまっていき、やがてすっかり一本の柱となり広間の高い天井を黒く煤けさせた。


「や、やったか?! うまくいったのか?」

 呪文を唱えた本人、ランドールが歓喜の声をあげたとき、

「火を使ったあとは、後始末をきちんとしなくてはいけないよ?」

 どこからか、涼しい声がして、声とともに何もなかったはずの空間から大量の水が炎とランドールめがけて滝のように勢いよく流れ落ちてきた。

 水はまるで大きな白竜のようにうねり、その流れの中にランドールを捕らえ木の葉のように翻弄した。

「溺れる! 私は泳げないんだっ! 助けてくれー」

 そうは言われても、あたりの者たちも手の出しようがない。

 不思議な水流は、広間のほかの部分には流れ込まない。ランドールは、まるで透明なドラゴンの体内に飲み込まれぐるぐるとひたすら回されているように見える。今のところ、巻き込まれているのは彼だけのようであったが、そばに寄れば同じ目に遭うだろうことは想像に難くない。


 他の者たちはなすすべもなく、ただあんぐりと口を開けて、見ているだけしかできなかった。

 ぐるぐると奔流に巻かれ、上へ下へと身体を転がされたランドールは、すっかり気持ちが悪くなってしまっていた。

 何か呪文を唱えようにも、言葉が出てこない。口をあければ、喉に冷たい水が勢いよく流れ込んできてむせ返る始末だった。

 第一、こんな場合に何をどう唱えればいいのか、考え付くことすらできない。

 水の中から誰かの金色の目が垣間見え、ランドールは身震いした。

 さきほどマリオンと名乗った魔術師の右目は明るい緑だったのに、いまなぜかランドールを見ている彼の目は金色に見える。

「あの金色の目はドラゴンだ。やはり、あの男が『あれ』なのだ。私はなんてことを、なんてことを・・・・・・」

 まるで呪文のように後悔の言葉を心の中で繰り返すランドールの意識は、徐々に薄れていった。


 ぱちん、と誰かが指を鳴らす音が鮮やかに聞こえ、それと共にいきなり大量の水が消え失せた。

 あっけにとられていた皆が、はっと気が付くと、広間の中央には息も絶え絶えのランドールがびしょぬれのまま倒れており、そばには白いマントと金色の髪をなびかせた魔術師が何事もなかったかのように笑みを浮かべて立っていた。

 なぜかランドールの隣には、とばっちりか魔術師による故意なのか、水を頭からかぶり全身すっかりびしょぬれになった王太后が、腰を抜かしたように惨めな有り様で座り込んでいる。

「これはこれは、王太后様。ご挨拶が遅れましたこと、ひらにご容赦を」

 毛ほどの嫌味も感じられないさわやかな口調で、マリオンが深く腰を折ってお辞儀をしたが、王太后はいまだ呆然としているばかりで、声も出ない。


 さっきまでは綺麗に結われていた王太后の髪は、すっかり乱れて崩れてしまっており、垂れ下がった前髪からぽたりぽたりと水の雫が滴り落ちているのが、余計惨めさを増している。華やかな飾り櫛が今にも抜け落ちそうにぐらぐらしていた。

 しばらくみなと同じようにただ成り行きを見守るしかなかった侍女たちが、ようやく我に返って慌てて飛んできたが、側に立つ魔術師が怖くてどうにも近寄れない。

「王太后様、お怪我はございませんか?」

 と、おろおろと遠いところから声をかけているだけだった。

 その様子を横目で見ながらマリオンが左手を高く後方へ差し伸べ、

「レティシア姫」

 と声をあげたとき、ようやく広間に居た者たちはみな、少女がいつのまにかひときわ高くなった玉座に収まっていてみんなを見回していることに気がついた。彼女の肩の上には、さっき影を喰らって四散したはずの不思議な蒼白い灯りがちんまりと乗っている。

 レティシアはしゃんと背筋を伸ばし、いずまいを正すと、大広間中にはっきりと響き渡るようによく通る声で宣言した。

「わたくしは、レティシア、この国の第一王女です。病床の兄に代わりまして、今日よりこの国を治めてまいります」

 水を打ったような大広間の中に、まさに大きな石をひとつ投げ込んだようなものだった。

 広間中がざわめきを帯びる。

 まるで一気に魔法が解けたかのように、たくさんの抗議と不満の声があがった。

「そんな馬鹿な! いきなり何を言う!」

「強引な!」


 そんな中から一人、白髪の落ち着いた初老の男性が進み出た。

「失礼ながら、よろしいか?」

 玉座の少女と魔術師に軽く一礼をし、

「私は長い間、ヘンリー王にお仕えしてまいりました、ダーキン子爵と申す者。このような形で、いささかご無礼とは存じますが、レティシア姫、魔術師殿にぜひお聞きしたい」

 しっかりとして丁寧な口調で、魔術師を恐れる風もない。

「これはこれは、子爵殿。ご丁寧なごあいさつをいただき痛み入ります。さて、どのようなことでしょうか?」

 さっと姿勢を正し、マリオンは子爵に本物の敬意を払った。

「レティシア姫様は、まだお若い。確か、御年、十二になられたばかり、と記憶しております。そのようにお若い姫君様が、王の代理という形で玉座に登られるということは、何かと戸惑うこともおありかと思われますが、魔術師殿が宰相として姫君様の摂政となられるご所存か?」

 マリオンは大きく目を見開き、まじまじとダーキン子爵の顔を見つめていたが、すぐに子爵も思わず釣られてしまいそうなほど無邪気な微笑を浮かべて見せた。

「率直なご質問であらせられますな。ダーキン子爵殿。それはまことにごもっともなご心配でありましょう。 が、ご心配ご無用。私には宮廷づとめは、向いておりません。第一、どこの馬の骨ともわからぬ者に、国を任せてしまってはお困りでしょう。摂政というよりも、ご意見番として姫君様を盛り立てていかれるお方は、他にいらっしゃいます。何よりも、姫君様がご自身でこの国を治めることを望んでいらっしゃいますゆえ。これからたくさんのことを皆様方に、御教示賜らねばならぬことではありましょうが・・・・・・」

 ダーキン子爵は熱心な口調で、さらに畳み掛けるように尋ねた。

「それは・・・・・・、アーゲイト伯爵殿と考えてよろしいか?」

 マリオンは再びにっこり笑った。

「ええ、あのように」


 彼が微笑んで右手をあげて軽く指を鳴らすと、王のための大扉以外の広間に通じているすべての扉が一斉に開いた。

 開いた扉の向こうに、アーゲイト伯の印である鷲の紋章をつけ、武装した騎士たちが立っている。

 すでに大広間の周りは幾重にも取り囲まれているらしく、どの扉の向こうにも騎士の掲げる御旗の大鷲が見えた。

 一人の背の高いがっしりした身体つきの騎士がいささか憮然とした顔で、大広間へ入りあたりを眺め回している。彼だけは武装ではなく、いつも登城する際に身に纏っている正装をしていた。

「突然、このような形でここへ来て頂くことになってしまい、大変申し訳ございませぬ、アーゲイト伯爵殿」

 マリオンは、丁寧にアーゲイト伯爵に向かってお辞儀をした。

「これはこれは、魔術師マリオン殿。確かにこのような形でここへ来ようとは、思ってもみませなんだ。何しろ我が軍を、白い竜が先導しているのですからな」

 アーゲイト伯爵は、胸をそらせていかにも面白そうに豪快な笑い声をあげ、それから真面目な顔つきで玉座の方に向いた。

 臆す様子も見せず、伯爵は大股にゆっくりと前へ進み出て、胸に斜めに右腕をあてると、深く腰を折り一礼した。

「お久しぶりでございます、レティシア姫。もう私のことなど覚えていらっしゃらないことでしょうな。もうだいぶ、時が過ぎてしまいました。姫君様におかれましては、ご健勝なによりでございます」

「どうぞわたくしに、その懐かしいお顔をお見せくださいませ、アーゲイト伯爵様」

「このように無骨な顔でよろしければいくらでも。どこぞの魔術師殿と違って、見て保養になる顔とは申しかねますが」

 アーゲイト伯は顔を上げると、にやりと笑い、レティシアも負けずに、玉座の上からにっこりと微笑んだ。

「これから、病床の兄上様の代わりに、わたくしがこの国を治めます。若輩の身のゆえ、何かと至らぬこともありましょうが、どうぞ忌憚きたんのない意見を存分にわたくしにお聞かせ願えれば、と思っております」


 アーゲイト伯は、胸をそらして再び豪快に笑い声を上げた。

「まったく、この度胸といい、後ろ盾といい、さすがは亡きヘンリー王のお子であらせられる。ドラゴンを伴える魔術師などそうはおりませぬぞ? レティシア姫、どうぞ私の忠誠をお受け取り頂きたい」

 レティシアはうなずくと優雅な動作で立ち上がり、王座の上から手招きをした。

 アーゲイト伯はレティシアの一段下へ歩み寄ると、自分の腰に下げていた長剣を鞘ごと腰からはずし、その柄を壇上に向けた。

「私、二クラス・アーゲイトは、命に代えましても姫君を生涯お守りいたします」

 レティシアは、つと手を伸ばし、アーゲイトの剣の柄に手を触れ、

「我が身をそなたに預け、そなたの忠誠を受け入れましょう。我、汝を騎士とす。勇ましく、礼儀正しく、忠誠であれ」

 正式な誓いの言葉に、再びアーゲイト伯の頬に笑みが浮かぶ。

 彼はレティシアにしか聞こえないように声を落とした。

「いい隠し玉をお持ちですな、レティシア姫。あの魔術師殿のお仕込みが、なかなかよろしいようですな」

「いいえ、彼はそのぅ、隠し玉とやらではないわ。彼は・・・・・・金色の鳥なの」

 レティシアも声を落とし、謎めいた微笑を浮かべた。

「金色の、鳥?」

 目をぱちくりさせ、アーゲイトが聞き返す。

 レティシアは誇らしげに胸を張り、ちらりと下方にいる金色の魔術師のほうへ視線をやった。

「ええ、そうよ、彼は金色の鳥。別名はドラゴンバードというのよ、アーゲイト伯」


次回最終回です。

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