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金色の鳥と王の扉

マリオンは冷静な声で話はじめた。

「状況が変わりつつある。再びいくさが起こる可能性がある」

レティシアは蒼ざめた。

思っていたこととは異なるが、もしかしたらそれ以上に悪い知らせかもしれなかった。

「戦が・・・・・。どことですか? 他の国と?」

マリオンはかぶりを振った。

「西のアーゲイト伯爵と、だ」

その名前にレティシアは覚えがあった。

確か、父王と特に仲が良かった貴族ではなかったか。

レティシアも一、二度会ったことがあって、大柄で声の大きい陽気なひとだという印象があった。

剛毅で一本気な性格だと父王が話すのも聞いたような気もする。

「何故、彼と?」

「君の兄上、王は、今体調が芳しくない。宮廷付きの治療師が力を尽くしているが、先の戦で受けた傷の具合がどうもあまり思わしくないようなんだ。

王太后は、後継ぎにこの間、嫁してきた王女の子供を、と望んでいるが、それに対しては反対する向きも多い。まだ生まれてもいないし、赤ん坊の摂政せっしょうとして王太后が勢力を強めるつもりなのはみえみえだしね。特にアーゲイト伯と彼の一族は、君を次代の女王にと提言している」

「わたし、ですか?!」

レティシアは仰天した。

「それが一番正統だと、僕も思う。ただし、君が嫌だというなら、僕はその意志を尊重しようと思っているよ」

レティシアは、驚きのあまり声もでなかった。


だが、よく考えてみれば、今までそんな話がなかったほうが不思議であった。さらに言えば、今までここで幽閉されるだけですんでいたほうがおかしいのかもしれない。

「とにかくアーゲイト伯は、君の幽閉が不当だと主張している。王太后は近いうちに兵をあげてアーゲイト伯を叩くつもりのようだが、彼のほうも引きはすまい。となれば、戦いは必須」

「あぁ・・・・・・」

レティシアは、思わず嘆きの声をあげた。

「戦を行ってはなりません」

レティシアの目に、野戦治療院の患者たちや親を失って路上で暮らす子供たち、兵隊に採られた一人息子を亡くし、正気を失った母親の姿が浮かんだ。

あのようなことを二度と繰り返してはならない。

「戦を止める手立てはある。それに関してはあとで話そう。だが、今時点で僕が心配しているのは、ほかでもない君の身だ。今までは何かとうるさい諸侯たちの手前、君は宮廷の奥で姫君としての教育を受けている、という形をとってきた。王太后は君を、うまい形で利用できるなら生かしておこうと思っていたはずだ。まだ幼い、しかも姫君であれば、脅威も少ないと考えていただろう。しかし、これからはそうはいくまい。アーゲイト伯が後ろ盾についた君は、彼女の野心にとって、一番の邪魔者になる」

レティシアは、きっと鋭い目でマリオンを見た。

「暗殺、ですね?」

マリオンは静かにうなずいた。

「実は今までも何度かあった。阻止できたのは、僥倖ぎょうこうだったと言うほかはない」

レティシアは大きく目を見開いた。

「それは、最近、ですか?」

「雲行きが怪しくなり始めたのは、王が結婚したあたりだ。そのころから、王太后はいろいろな手を試み始めている」

レティシアは小首をかしげた。

「でも、わたし、ぴんぴんしていますけれど」

マリオンは小さく口の端に苦い笑いを浮かべた。

「マリオンがちゃんと裏で手を回していたから・・・・・・」

フェリシアが小さい声でつぶやいた。

まぁ、とレティシアが大きく口を開けかけたが、はしたないと気が付いて慌てて閉じた。


マリオンは苦笑を浮かべたまま、話を続けた。

「それでもその頃は、あまりしつこく試みたりはしていなかった。向こうにも迷いがあったように思う。露骨な振る舞いは避けていたし、それを逆手にとって自然な形で失敗させることができたんだけれど」

「今度は真剣なのですね?」

「そう、真剣だ。今のところ、アーゲイト伯も表立った動きは見せていない。だが、君さえいなくなれば、アーゲイト伯も王座へ担ぎ上げる者がいなくなる。それでおとなしく引っ込むような人には見えないが、それならそれで王に対する謀反人ということで、叩く大義名分ができたということになる。これを機会にアーゲイト伯とその一派、西の一族を殲滅させてしまえば、うるさい他の諸侯も黙るだろう」

「・・・・・・王太后は、勝てるんでしょうか?」

マリオンは、ふっと鼻で笑った。

「もちろん、彼女は勝つつもりだ。ヘンリー王の威光は、いまだ強い。諸侯たちは今の王に忠誠を尽くしてくれるはず。そう踏んでいると見た。

君はまだ王太后の手の中にある。アーゲイト伯もまだ迂闊なことはできないだろう。君が殺されてしまっては、元も子もない。その分、彼の動きは鈍い。いまのうちに、と王太后は考えている」

「わたしを殺して、アーゲイト伯と戦をしようというのですね」

冷静なレティシアの言葉に、マリオンも冷静なまなざしを返した。

「そういうことだな」

「しかもそのお話は、今日、明日中という近しい時間内のことですね?」

マリオンは小さく肩をすくめて見せた。

「王の命は、本当にもうあとわずかしか残っていない。たぶんここ数週間しか、もたないだろうと思う」

レティシアは息を呑んだ。


「お兄様・・・・・・」

血のつながった家族と呼べる者たちが、もうレティシアには王である兄しか残っていない。

だが、それもあと数週間のことなのだ。

マリオンは淡々と説明を続けている。

彼の話に集中しなければ、とレティシアは自分自身を叱咤した。

「容態を宮廷治療師から聞いて、ほんの半刻(約一時間)前に、王太后がそういう方針を決めたばかりだ。彼女のせっかちな性格なら、今日、明日にでも、暗殺者をここへよこすことだろう。

それから時をおかず、すぐにアーゲイト伯を攻め込む。王が亡くなってしまう前でなければならないし、君が死んだことで彼に責められるのは、諸侯の手前、まずいだろうからね。準備はここ一ヶ月の間にしてあったようだから、すぐにでも戦が始められる。彼女に言わせれば、一方的にこちらが叩き潰すだけ、だということのようだが、さて、その目算どおりにいくかどうか・・・・・・」

細かい説明に、レティシアはマリオンに、それをどうやって知ったか、とは聞かなかった。

興味はあったが、それより先に訊ねたいことがあったのだ。

「戦を行わなくてすむ方法があると、さきほどおっしゃいましたね、マリオン様」

背筋を伸ばし改まって、わざわざレティシアは彼に敬称をつけた。

「言った」

「それをわたくしに、ぜひともお教えくださいませ」

レティシアの手を握り締めていた、フェリシアの手がわずかに震えた。その手を優しく握り返し、

「覚悟はできております。戦を行わないためであれば、わたくしは、どのような犠牲でも払います」

まっすぐ前を向いて少女は、魔術師にそう言い切った。

簡素な白い寝巻きにガウンを羽織っただけの格好であったが、背筋を伸ばしたその姿は気品にあふれ、少女はいつもより大人びた顔つきになっていた。

しばし二人の視線が絡み合う。


やがてマリオンは、下を向いてくくっと小さく声をあげて笑った。

「かないませんね、姫君には」

それから彼は深く息を吸って、真面目な顔をレティシアに向けた。

「戦を行いたくなければ、あなたが王位を得るしかありますまい」

思わずレティシアは目を閉じた。

予想はしていた。

平和裏へいわりにことを治めるには、それしかありません。あなたが女王になってこの国を治める、それが戦を行わないですむ方法です」

夢の中の声のように、マリオンの声が遠く聞こえた。

「戦は本当に起こりませんか?」

「それをあなたが本当に望むなら」

力強い返事が返り、レティシアが閉じていた目を見開くと、マリオンが真剣な面持ちでじっと自分を見つめていた。

「・・・・・・お二人は、ずっと私の元で、共に居てくださいますか?」

声がかすれた。

「いえ」

予想したとおりの答えが返り、レティシアの胸に痛みが走った。


マリオンが両手を広げて答えた。

「僕たちは、空を気ままに舞っている鳥のようなものです。僕たちを統べることができる君主はおりません。それに宮廷の生活は性に合いませんしね。

でももちろん、あなたが無事に戴冠式を行い、この国を何事もなく平和に治めていく目途がつくまでは、姫君をお護りいたします」

レティシアは、もう一度目を閉じて、今聞いたことをすべて忘れてしまいたい衝動に駆られた。

ただの子供に戻りたい。フェリシアの言うように魔術師の城に貰われていき、そのままそこで一生を過ごしたい。望めばきっと、今でも彼は二つ返事で了承するだろう。

だが、それはかなわぬ夢に等しいことだ。自分がこのまま行方不明になっても、結局、戦は起こるだろう。これ幸いと、王太后は邪魔者アーゲイト伯を叩き潰しに向かうだろう。西のかの地は、罪なき者たちの血で赤く染まることになるだろう。

それには耐えられない。そんなことは許せない。

自分で決めたことでは、なかったのか。

レティシアは覚悟を決め、大きく息を吸った。


「はい、わたくしは、本当にそれを望んでいます。わたくしは、この国の女王の座について治めてまいります」

あぁ、とかすかなため息がフェリシアから漏れた。

マリオンは、何処か少し淋しげな微笑を浮かべ、レティシアの前にひざまずくと自分の胸に手を斜めにあてて軽く頭を下げた。

「私の命に代えましても、全力でレティシア姫をお護り申し上げます」

気が付けばフェリシアもレティシアから離れ、マリオンのそばに同じように顔を伏せ、跪いていた。

王座と引き換えに失うもののあまりの大きさに、胸がつぶれそうに痛んだ。

自分が王座についたその時に、二人とは別れねばならない。もう二度と、あの二羽の鳥に護られて過ごした幸福な日々は戻らない。

だが、どこにも引き返すことはできない。

無理に微笑を浮かべて見せたレティシアの目から、涙が一筋流れ落ちた。

「・・・・・・ありがとう。お礼を申します」


ごおぉーん、とあたりを揺るがして雷のような音が轟きわたり、広間の中央の大扉が左右に大きく開く。王太后の緊急召集のためにそこに集まっていた百人ほどの者たちは、みな一様にぎょっとして振り向いた。

開いたのは、この国の紋章の彫刻が丹念に施された天井近くまである大扉で、遠い昔に魔術師によって魔法がかけられており、王か王位継承者でなければ、通り抜けることが許されないものであった。

ゆったりとした足取りでそこを優雅に通り抜けてきたのは、年端もいかない一人の少女。薄紅色の凝った刺繍を施された足首までのドレスに真っ白なローブを羽織り、金色に白い宝石がちりばめられた控えめだが美しいティアラをしている。手には美しい意匠が施された自分の身長ほどの長い錫杖を持っていた。その姿には気品が漂い、幼い少女であるのに態度にはどこか威厳が感じられた。

「何者じゃ! 無礼な。怪しい者じゃ。何をしておる! 誰ぞ早よう捕らえよ!」

王太后が大声をあげると、あっけにとられていた大扉の警備兵たちがようやく我に返り、わらわらと扉へ駆け寄って少女を捕らえようと手を伸ばした。

「無礼はどちらです。お下がりなさい!」

よく通るきっぱりした声音で少女はそう言い放つと、錫杖を持った右手を振り上げ、どんと音高く床についた。その動きによって、大きな水晶の握りがひときわ眩い美しい光をあたり一面にふり撒いた。

「わたくしは、ヘンリー王の末娘にして現国王の妹、第二王位継承者、レティシアです。無礼な振る舞いは、許しませぬ」

落ち着いた少女の言葉に、ぎょっとした男たちの手が、凍りついたように止まった。

確かにこの少女の顔は、前国王、ヘンリー王にそっくりだ。しかも、あの大扉を難なく通り抜けてきた。幽閉されていたはずの姫君が、こんな立派な姿で何故ここに現れたのか。

あちこちで交わされていたささやきが、やがて大きなどよめきとなった。


「お静かに!」

再びよく通る声が広間に響き渡り、あたりは一瞬で静けさを取り戻した。

レティシアは、そのまま赤い絨毯の敷かれた玉座への通路を、昂然と顔を上げ歩き始めた。

誰一人、止める者はいない。

王の扉を通ったというだけで、みなにとってすでに少女は王に等しい者として認められてしまったようにも見えた。

誰にも邪魔されぬまま、レティシアは玉座を見上げる位置まで辿りつくと、膝を深く折って一礼した。

「王太后様。お久しゅうございます。四年ほどお会いいたしておりませぬうちに、わたくしの顔をお見忘れなさいましたでしょうか。末娘のレティシアにございます」

怒りに赤く顔を染め、王太后が玉座から立ち上がった。ずかずかと足音も荒く、玉座から階段を降りると、少女に覆いかぶさるように立ちふさがった。

丹念に化粧をほどこしたいつもは美しい顔が、怒りのあまり醜く歪んでいる。

四年お会いしないうちに、お顔がきつくなられたかしら? と、レティシアは少し意地悪な気持ちで彼女を眺めた。

王太后の怒りの形相は凄まじかったが、レティシアは平然と今にも食いつきそうなそのまなざしを受け止めていた。

「何ゆえそなたがここにおわす? 塔にいるのではなかったのか? 誰がそなたをここへ寄越したのじゃ! 誰ぞ、レティシアを捕らえよ。この者、正気を失っておる」

レティシアはにこりと、ことさらに優しく愛らしい微笑を浮かべて見せた。

「わたくし、正気を失ってなどおりません。国王様の、お兄様のお見舞いに馳せ参じました。お加減が悪いとお聞きいたしましたので」

「誰ぞ! すぐにこの者を捕らえよ!」

王太后が、レティシアを指差しながら後退りすると、代わりに後ろに控えていた色黒の痩せた中年の男が、前に進み出た。


「魔術師の私におまかせください、王太后様」

そう言い放つと、すかさず男は両腕を高く上げ、朗々と呪文を唱え始めた。

男の呪文とともに、絨毯の中から黒い蛇のような影が何本も立ち上がり、少女の身体にぐるぐると巻きつき包み込もうとした。

「チップ!」

レティシアがそう叫ぶと、いきなり直径が三フィート(90cm)もありそうな大きな蒼白い灯りがぽっと何もない空間に現れ、すごい勢いで彼女の周りをぐるぐると回り始めた。

黒い蛇は、その灯りに絡めとられ、まるで影が光に喰らわれていくかのように端から消滅していく。

宮廷魔術師がなすすべもなく手をもみ絞っているうちに、チップと呼ばれた蒼白い灯りは、最後の影まで喰らい尽くすと、ぽんと軽い音をたててまばゆい光を振りまきながら消え去った。

「ならば、こうだ!」

歯軋りをした魔術師は再び呪文を唱え、自分の持っていた杖を少女に向かって突き出した。

呪文とともに杖の先についた赤い宝玉から真っ赤な炎が、レティシアを焼き尽くさんとまっすぐに噴き出し襲いかかった。

レティシアが慌てず、右手の錫杖を炎に向かって差し出すと、大きな水晶がひときわ明るい輝きを放ち、熱を弱め炎を吸い取っていく。

「魔物じゃ! この者は魔物に乗っ取られているのじゃ! 早よう、誰ぞ! 斬り捨てておしまい」

逆上した王太后が家臣たちに向かって叫ぶと、

「では、私が!」

わめく王太后を後ろへ押しやり、側付きの大柄な騎士が腰の長剣を鮮やかに抜き放ち、レティシアの前に立った。

レティシアが剣をかわす手立てはなかった。

水晶の錫杖は、未だ彼女の手の中で宮廷魔術師の紅蓮の炎を吸い込んでいる途中だった。

しかし、情け容赦もなく力の限りに振り下ろされたその剣は、きーんという鋭い金属音と共に瞬時に跳ね返された。

風の如く、何処からともなく現れた金色の髪の青年が、手にした長剣で一撃を弾き返したのだ。

思わぬ伏兵に剣ごと後ろへ勢いよく弾き飛ばされ騎士は、よろよろとたたらを踏んでようやく持ちこたえた。

見れば自分よりも拳ひとつほど小さく全体に華奢な身体つきの若い男が、自分の渾身の一撃を弾き返したと知って、騎士は顔を真っ赤にして逆上した。

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