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終章 金色の鳥と青い空

「レティシア様、そろそろお時間ですよ。お支度を致しましょう」

 ぼんやりと窓の外を眺めていたレティシアに穏やかに声をかけたのは、ダーキン子爵の娘で今はレティシアの侍女、リンダだった。

「そうね、お義姉様のお見舞いだったわね。お加減はいかがなのかしら?」

 レティシアの兄、国王が崩御してすでに五ヶ月になる。十六歳の彼の妻は身重のまま、喪に服していた。

 王太后の後ろ盾がなければ、彼女は右も左もわからないただのか弱い地方貴族の娘というだけで、自分の子供を国王にしようとか自分が摂政になろうとか、大それたことは考えてもいなかった。


「私は、この子が無事に生まれてくれさえすればよいのです。それ以外は何も望みません」

 王太后が例の塔に幽閉されたと聞いたとき、彼女は涙にくれながらレティシアにそう訴え、レティシアはきっぱりとうなずいた。

「お義姉様。私にすべて任せてくださいまし。きっとお義姉様に悪いようには、いたしませんから」

 すぐさまレティシアは、即位した。

 義姉は女王の姉として、宮殿から少し離れた場所に小さな城をひとつ貰い、そこで喪に服しながらも快適な生活を送っていた。自分はといえば、兄の死を悼むのもそこそこに、即位式と戴冠式を行い、あちらこちらへ連れまわされ、いろいろな書類にサインをし、たくさんの人々に目通りするという忙しい生活を送り、落ち着かないままここまで来てしまった。


 アーゲイト伯は自分の領土は息子に譲り、彼自身は、レティシアの側で御意見番としてできる限りの助言をしてくれた。マリオンとフェリシアは戴冠式が終わるまでは、今までどおりずっと側についていてくれた。

 だが、それももう終わった。

 アーゲイト伯はいまだに宮殿に留まっていたが、二人の魔術師は、戴冠式が終わって生活が少し落ち着くと、レティシアにだけこっそりと挨拶をして宮殿からは姿を消していた。レティシアの元に、あの小さな蒼白い灯り――チップ――だけを残して。


 **..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**


 宮殿を辞する別れのとき、マリオンとフェリシアの二人は、レティシアをお供を連れずにある場所へ連れて行った。

「ここは?」

 城の裏手の小さな丘の上に、それはひっそりとあった。

 マリオンは無言で、蒼い小さな忘れな草の花がまるで護るように取り囲んでいるひとつの石を指差した。震える足でレティシアがそこへ近づく。大地にはめ込まれた小さな石板に、綺麗な文字で刻まれた名前は二つ。


 そこに眠る者が誰か悟ったレティシアは、その石にすがり大声をあげて泣き崩れた。

「お母様! お兄様!」

 石に刻まれた名前は、確かにレティシアの母と兄の名前であった。

「何故、何故、このような場所に?」

 ひとしきり号泣してからフェリシアに抱きかかえられるように立ち上がったレティシアは、赤くなった目をマリオンに向けた。


「王太后がこの二人は王家の墓所へは決して入れぬ、どこか見えない遠いところへ、と命じたらしい。しかし、それを不憫に思った誰かが、ここへ墓所を作ったのだろうと思う。だが」

 と、マリオンは言葉を切ってあたりを見回した。

「僕としては、ここがさほど悪い場所とは、思わないけれどね」

 確かに見晴らしのいい丘の上で、城の反対側にはなだらかな丘陵が続き、そしてその先には緑に輝く草原がはるかに広がっている。

 周囲には蒼い花がたくさん咲いていて、さらに丘全体にはさまざまな野の花が咲き乱れていた。


 レティシアもあたりを見回して、うなずいた。

「そう、そうですね。ここはとても綺麗な場所ですわ」

 さらに見回して、レティシアははっとした。はるかに広がる丘陵は、何年か前、初めてマリオンに連れられて塔から外へピクニックに出かけた、あの時の草原に続いているのだ。

「きっと、君を見ていらしたと思うよ、あの時も」

 マリオンがレティシアの見たものを正確に読み取って、優しい口調でそう言った。

「ご存知だったんですね、お母様たちがここにいらっしゃることを」

 胸に当てた自分の手を自分でしっかりと握り締めながら、レティシアがそう言うと、マリオンが小さくうなずいた。

 再び、レティシアの滑らかな頬を涙がひと筋、流れ落ちた。

「わたくし、決して忘れません。最初にマリオン様が塔の露台にいらした日のことを。初めてのピクニックの夜のことを。あなた方に教わったことも。お母様とお兄様のことと一緒にここへ・・・・・・わたくしの胸の中に大事にしまっておきます」


 フェリシアが、優しくレティシアを抱きしめ、その額にくちづけをした。

「いつまでも、あなたは私の大切なレティシアよ」

 それからマリオンが、彼女の手を取り、その甲にくちづけを落とした。

「いつまでも、僕は君を見守っているよ。どうぞ、自分を大切にして、元気でいて」

「お二人も・・・・・・どうぞ、いつまでもお元気で・・・・・・」

 レティシアは、それ以上二人にかける言葉を思いつかなかった。

 頭の中が真っ白になっている。

 別れがこんなにもつらいものだということを、今の今までちゃんと理解してはいなかったのだ。なんと愚かなことだろう。もっと残された時間を大事にすればよかった、という思いがレティシアの胸を締め付けた。


 二人はそれ以上何も言わず、ただ揃って深く一礼した。

 レティシアも同じように腰を折り深く一礼したが、そのときに強い風が吹き、そのために一瞬だけ顔をあげるのが遅れてしまった。

 風がやみ、レティシアが顔をあげたとき、二人の姿はもう何処にも見えなかった。

 金色の鳥たちは、彼方へ飛んでいってしまったのだ。

「ありがとうございました。わたくしは、お二人を、深く深く愛しております」

 機会を失い、言えなかったレティシアのつぶやきを、涙と共に一陣の風がさらっていった。


 **..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**..**


「まぁレティシア様。ごらんなさいまし」

 思いに浸っていたレティシアは、はっと我に返った。

 着替えのためにレティシアの側に衣装を持って立っていたリンダが、窓の外を示した。

「珍しい金色の鳥でございますね」

 レティシアは慌てて窓のほうを振り返った。

 七インチ(約20cm)ほどの金色の小さな鳥が、窓枠のすぐ側に張り出した木の小枝につかまって小首をかしげ、中を覗きこんでいる。

「可愛らしゅうございますね」

 リンダの言葉にレティシアは、鳥に心を奪われたようにぼんやりとうなずいた。


 ちりん、と音をさせ、その鳥はくちばしから何かを床の上に落とすと、そのまま空高く飛び去った。

「まぁ、なんでしょう?」

 腰軽くリンダが拾いにいって

「レティシア様、ご覧下さいまし」

 と、興奮したような声をあげて戻ってくると、レティシアにそれを見せた。

 レティシアは何気なくそれを受け取って、息を呑んだ。

 それは金貨ほどの大きさの金細工で、円の中央にレティシアによく似た少女がいて、その頭上を金色の鳥と黒い鳥が仲良く翼を広げて飛んでいる意匠がほどこされている。


 端のほうには輪がついていて、鎖を通して首にかけることができるようになっていた。

 不思議そうにリンダが首をひねった。

「なんて繊細で綺麗な細工でしょう。どうしてこんなものをあの鳥が?」

 レティシアは、その細工を見つめながらにっこりと微笑んだ。

「金色の鳥さんからの贈り物です」

 そう言うなりレティシアは、窓のほうへ駆け寄った。身を乗り出して窓の外をのぞくと、目の上、はるか頭上の枝にまだ金色の小さな鳥が止まっているのが見えた。

「わたくしは元気です。幸せです。金色の鳥さんに、どうぞそうお伝えください!」

 レティシアがその金細工をしっかりと握り締め、リンダがいることも忘れて思わずそう叫ぶと、金色の鳥は小さく首をかしげ、わかったという風にゆっくりと枝の上で美しい羽根を広げて見せ、それから空高く飛び立った。


「レティシア様ったら」

 後ろでリンダが呆れたようにつぶやいているのが聞こえたが、レティシアは気にしなかった。

 その目は潤んでいるが、口元には小さな、しかしはっきりとした笑みが浮かんでいる。

 わたくしは元気です。今、こんなにも元気です。

 わたくしはお二人の子供でいられて、本当に幸せでした。

 お二人から頂いた愛情を胸に、これからも前を向いて歩んでいきます。

 わたくしがこの国をこれからどのように治めていくのか、どうぞいつまでも見守っていてくださいませ。


 窓から身を乗り出したまま、金色の鳥が飛んでいった吸い込まれそうに澄みきった蒼穹そうきゅうを、レティシアはいつまでもいつまでも眺めていた。


<幕>


最後までお読みいただきありがとうございました。

次作はどれをUPするか悩み中です。

城を砂にした話か、短編か外伝、もしくは全く別の主人公によるアメリカ現代警察物の短編になるかもしれません。

どちらにいたしましても、またお会いできますように。

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