第9話 順番を待つ必要はない
訓練場には、朝から人が集まっていた。
悠真がリラと入っていくと、木柵の向こうから声が飛ぶ。昨日水晶を壊した新人が、どれほど戦えるのか見たいらしい。
「ずいぶん見られてるな」
「悠真さんが強いって、もうみんな知ってます」
リラは嬉しそうだった。彼女にそう言われると、悠真も期待へ応えたくなる。力を隠して普通の新人を装う気はなかった。
ローデンの隣に、長い棒を持つ中年の男が立っていた。
「試験官のダンだ。今日は俺たちが相手をする」
後ろには、剣や盾を持つ冒険者が三人いる。全員が木製の武器を使っていた。
悠真も木剣を渡され、軽く振ってみた。鉄剣より軽い。力を入れすぎれば、相手より先に武器が壊れそうだった。
「まずは娘さんからだ」
ダンが言うと、リラが前へ出た。大剣の代わりに太い練習棒を持っている。悠真を振り返り、少し緊張した笑みを向けた。
「行ってきます」
「うん。思い切りやっていいぞ。人に当てるところだけ気をつけて」
ダンが構えた。長い棒の先が小さく揺れ、リラの顔を狙っている。
始めの合図と同時に、リラが踏み込んだ。
棒同士がぶつかり、大きな音がした。ダンの両足が土を滑る。彼は驚いた顔をしながらも、すぐに棒を引いて受け流そうとした。
リラは追わず、一度止まった。
次の一撃は低い位置から持ち上がり、ダンの棒を空へ弾いた。彼の手が開き、木の棒が遠くへ飛んでいく。
リラの武器は、相手の肩の手前でぴたりと止まった。
「一本!」
ローデンの声に、見物人がどっと沸いた。
リラは棒を下ろし、ダンへ頭を下げる。ダンは自分の手を見て、それから彼女へ笑いかけた。
「力だけじゃないな。止められるのがいい。大剣を使っても味方を巻き込まん」
ダンの言葉に、リラはもう一度自分の練習棒を見た。それから、悠真へ向かって笑った。
戻ってきたリラへ手を上げると、彼女は少し迷ってから掌を合わせた。
「よかったよ」
「悠真さんに見てもらえたから、落ち着けました」
今度は悠真の番だった。
最初の相手は盾を持つ男だ。木剣を盾の上へ構え、じりじり近づいてくる。
悠真は身体強化を使った。相手の足運びや呼吸が、ゆっくり見える。踏み込む気配を感じるより早く、自分から間を詰めた。
盾へ木剣を当てる。
男の体が後ろへ押され、尻餅をついた。
「一本!」
声が上がったが、悠真はまだ大した力を使っていない。
二本の短棒で挑んできた男にも、木槍で距離を取った男にも勝った。どちらも悠真の剣先が体へ触れてから、自分の攻撃が届いていないことに気づく。
槍の男が息を吐き、木柵へ寄りかかった。
「近づいたところすら、見えん」
観衆から拍手が起きた。悠真はリラのいる側へ木剣を軽く上げ、そのまま肩へ置いた。まだ体が温まった程度だ。もっと強い相手か、違う条件で試したくなった。
「もっと難しいのを、お願いします」
ダンが棒を拾い、ローデンへ目を向けた。
「集団戦も見よう。街道じゃ囲まれたんだろう」
「はい」
「なら、三人でかかる。うちの組がいつも魔物にやる形だ」
先ほどの男たちが位置についた。
盾の男が正面、短い棒の男が左、槍の男は少し離れて右。一対一のときとは、足の運びがまるで違う。
木柵の向こうで、誰かが得意そうに言った。
「盾が止めて、横から刺す。あの囲みを抜けたCランクの魔物はいねえぞ」
盾の男が短く声を上げた。それが合図らしく、三つの気配が同時に動く。
盾が悠真の正面を塞ぐ。横へ避ければ槍が待ち、下がれば二本の棒が追ってくる。木柵の向こうにいた若者が、思わず前へ身を乗り出した。
よくできている。悠真は笑った。さっきよりずっと面白い。
空いている場所へ逃げるより、いちばん厚いところを抜けてやりたい。悠真は盾へ向かった。
盾を押し返して足を止め、迫る棒を木剣で受ける。槍が胸へ伸びてきたので、体をひねって避け、その柄を踏んだ。
驚く男の目の前へ踏み込む。
木剣が肩へ軽く当たった。
一人。次に棒の男の手首を打つ。盾の男が向き直るより早く、背へ回って剣先を置いた。
全員が止まった。
「……三人同時でも、駄目か」
ダンが息を吐いた。盾の男は、自分の盾と悠真を見比べている。
「合図から囲みが閉じるまで、瞬き一つもかからんはずなんだがな」
悠真は木剣を下ろした。周囲の静けさが一拍続き、それから歓声が爆発した。
「速え!」
「今の見えたか?」
「ダンの組の挟み撃ちを、正面から抜けやがった!」
リラが柵の前で両手を握っていた。金色の目は、悠真だけを見ている。
悠真は彼女へ笑いかけた。
ローデンが訓練場の真ん中へ来た。
「十分だ。力も扱いも文句がない。登録は昨日したばかりだが、Gから順番に上がるのを待たせる気はない。実績を積んだらすぐ上へ上げる」
「迷宮にも入れますか」
「入口近くの探索なら可能だ。ただし、最初の依頼は森へ行け。採取と魔物の扱いを見て、早めに昇格させよう」
悠真は頷いた。約束を取りつけられた。それなら明日から稼げる。
ダンが手を差し出す。
「いい刺激になった。囲んでから打つまでが遅いと分かった。うちの若い連中を鍛え直す」
「俺も、いろいろ試せてよかったです」
握手をすると、ダンは苦笑した。
「握るときは加減してくれよ」
悠真が笑ったところへ、リラが駆け寄ってきた。
「悠真さん、全部勝ちましたね!」
「見てた?」
「もちろんです。ずっと見てました」
彼女はそう言って、悠真の腕を両手で抱えた。柔らかな感触に意識が向き、さっきまでの余裕が少し崩れる。
リラは気づかず、目を輝かせたまま続けた。
「私も、もっと強くなりたいです。悠真さんと並んで戦いたい」
「なれるよ。今だって十分強い」
「でも、もっとです」
その欲張りな言葉が、悠真には嬉しかった。
帰り際、訓練場の隅で練習していた若い冒険者が二人、悠真へ駆け寄ってきた。片方は槍、もう片方は小さな盾を抱えている。
「さっき、槍の柄を踏んだだろ。あれ、どうやったんだ」
「穂先をよけたら、そのまま柄の方へ寄るんです。速く動けないと間に合わないけど」
悠真が答えると、二人は早速向かい合った。槍役がゆっくり突き、盾役が横へ寄って柄を踏もうとする。三回目でようやく踏めると、二人の顔が明るくなった。
「踏めた!」
「ゆっくり突いたら、だけどな」
大したことを言ったつもりはなかったが、二人は何度も礼を言った。悠真は少し照れながら手を振る。
リラが彼の腕へ頬を寄せた。
「悠真さん、教えるのも上手です」
「褒めすぎだろ」
「だって、みんな喜んでます」
悠真はもう一度二人を見た。新しい動きを試しては笑っている。その声を聞くと、次に会ったとき、どこまで強くなっているか見たくなった。
受付へ戻ると、フィナが明日の依頼をいくつか見せてくれた。薬草の採取、森の見回り、小型魔物の討伐。全部、同じ森でできる仕事だった。
「討伐の方を受けたいんですが」
悠真が言うと、フィナは討伐の札を薬草の札と並べて置いた。
「採取も一緒にできます。ローデンから、倒した魔物は全部買い取るようにと言われていますよ。今日の試験を見て、村からの相談もお二人へ回したいそうです」
「もう?」
「見物に来ていた方が、受付へ来られました」
悠真は訓練場の方を振り返った。まだ何人かが、先ほどの戦いを身振りで話している。
悠真は薬草の絵がある札を選んだ。
「まずはこれにします。リラが得意らしいので」
「はい。任せてください」
リラが胸を張る。
「魔物を倒した分も、しっかり持って帰ります」
悠真はもう一枚の討伐札も引き寄せた。フィナが頷き、森の地図を渡して二つの仕事に通じる道を教え始めた。
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