第8話 測れない二人
冒険者ギルドの扉を開けると、悠真は思わず中を見回した。
壁には依頼の札が並び、奥の酒場では朝から肉を食べる男たちがいる。剣や槍を背負う者だけでなく、杖を持つ女性や小柄な獣人もいた。
ここなら、自分の強さを金に変えられる。
悠真は期待を隠さず、リラと受付へ向かった。
「冒険者になりたいんですが」
「登録ですね。私はフィナと申します。お二人とも初めてですか?」
明るい声の女性が顔を上げた。悠真たちより少し年上に見える受付係だった。悠真たちが頷くと、彼女は名前と年齢を尋ね、必要な説明を短くしてくれた。
最初はGランク。簡単な採取や荷運びから始め、実績を積めば強い魔物の討伐や迷宮探索もできるようになるという。
「俺たちは魔物を倒したいです。できれば、稼げる仕事を」
悠真が言うと、フィナは少し困った顔になった。
「お気持ちは分かりますが、いきなり難しい依頼はおすすめできません。まずは力を確認してから……」
「昨日、南の街道で盗賊を捕まえたんです。その報酬もここだと聞いて」
フィナの表情が変わった。
「昨日の? 犬獣人の女性と、黒髪の剣士のお二人ですね?」
「はい」
「警備隊から話が来ています。あの人数を二人で制圧したと聞いて、どんな方かと思っていました」
隣の受付にいた男性までこちらを見た。近くの冒険者が椅子を引き、悠真とリラの顔を確かめる。
「お前らか。商隊が助かったって、朝から噂になってるぞ」
悠真は嬉しくなった。昨日の仕事が、もう街に伝わっている。リラも耳を立てて、少し誇らしげに胸を張った。
フィナが小さな袋を渡してくれた。中には懸賞金が入っている。悠真は手の中の重みを確かめ、思わず笑った。
「これなら、しばらくうまいもの食えるな」
「お肉、増やせますね」
リラの返事に、周囲の冒険者が笑った。
「気が早いな、お前ら!」
「稼いだら食う。それが一番だ」
フィナが受付の奥へ二人を案内した。
「測定室を使いましょう。ここで基礎的な力を見ます」
部屋の中央には、背の高い台と透明な水晶があった。王宮にあったものより大きく、周りに金属の輪がはまっている。
フィナが水晶へ手をかざした。
「力を流すと光ります。弱ければ青、ある程度の強さで緑、優れた方は赤です。黒い光が出たら特別な確認が必要になります」
「力を流すだけでいいんですね」
「ええ。最初はリラさんからお願いします」
リラが悠真を見た。彼が頷くと、水晶へ手を置く。
淡い金色の光が彼女を包んだ。
水晶が青くなり、すぐ緑へ変わった。赤。深い赤。それから、内側に黒い渦が生まれる。
フィナが息をのんだ。
「そこまでで結構です!」
リラが手を離す。水晶はゆっくり透明へ戻った。
「何か、間違えましたか?」
「いえ。とても優れた結果です。初登録でこの値は、ほとんど見たことがありません」
リラは悠真を振り向いた。
「黒まで行きました」
「昨日の大剣さばきを見たら、誰も疑わないよ」
彼女は少し得意そうな顔で、悠真へ場所を譲った。
水晶に触れる。書記の文字を見ようとすると、測定用の力を吸い取る仕組みがぼんやり読めた。悠真は深く調べるのをやめ、身体強化を使うときの熱を手へ集めた。
青い光は、ほとんど見えなかった。
水晶が一気に黒く染まり、内部で白い線が弾ける。
「えっ」
フィナの声と同時に、金属の輪が大きく震えた。
悠真は手を引こうとした。その前に、水晶の中へ亀裂が走る。
乾いた音が部屋に響いた。
水晶が砕けた。
悠真はすぐにリラを引き寄せ、飛んできた破片を腕で払い落とした。フィナの前にも立ち、最後の欠片が床に落ちるまで待つ。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です」
フィナは青ざめた顔で、空になった台を見ていた。
リラは悠真の腕の中で、彼の顔を見上げる。
「さすがです、悠真さん」
「これ、弁償かな」
悠真が苦笑すると、フィナは勢いよく首を振った。
「普通に使用されただけですから! こちらの測定器が力に耐えられなかったんです。あの、少々お待ちください。ギルド長を呼びます」
扉が開き、先ほどの音を聞いた冒険者が何人も顔を出した。
「何だ、爆発でもしたか?」
「測定水晶が、ありません……」
フィナの説明を聞いて、男たちの視線が悠真へ集まる。
「壊したのか? あれを?」
「あれ、Aランクが触っても平気だったぞ」
悠真は自分の手を見た。力の上限を測れない。そう思うと、少しぞくぞくする。
まだ本気で魔法も使っていないのに、この結果だ。もっと強い魔物を相手にしたくなった。
やがて、五十に届くかという大柄な男が部屋へ入ってきた。鎧は着ていないが、現役の冒険者らしい威圧感がある。
「俺がギルド長のローデンだ。壊れたのはこいつか」
台を見てから、悠真へ向き直る。
「お前がやったんだな」
「はい。加減が分からなくて」
「加減しなくたって、壊せるもんじゃないがな」
ローデンは笑い、リラも見た。
「こっちの娘も黒まで出したそうだな。昨日の盗賊の件も聞いている。面白い二人が来た」
「強い魔物の討伐依頼を受けるには、何を見せればいいですか」
悠真が尋ねると、ローデンは歯を見せた。
「威力だけじゃなく、使いこなせるかだな」
「なら、手合わせさせてください。リラも俺も、今すぐ動けます」
「いいだろう。試験官を呼ぶ。今日は街道へ出ているから、明日の朝だ。訓練場なら見物も入るが、構わんか」
「むしろ、見てほしいです」
答えると、入口にいた冒険者が口笛を吹いた。悠真はそちらを見て笑った。明日の約束をその場にいた者も聞いている。
「勝ったら、実力に見合う仕事をください」
「言ったな。期待しておこう」
測定室を出ると、受付に二枚の札が用意されていた。
悠真とリラの名前が入り、Gの印がついている。紐を首へかけると、金属が胸に冷たかった。
「登録おめでとうございます」
フィナが笑顔を取り戻して言った。
「一応、今日は簡単な説明だけにしておきます。依頼で困ったら、いつでも私に聞いてください」
「ありがとう。頼りにします」
リラは札を服の上へ出して、悠真の隣に並んだ。
「私たち、冒険者ですね」
「二人組で登録したしな」
酒場へ向かう前に、悠真は壁の依頼札を眺めた。畑の害獣退治から、迷宮の魔石採取まで並んでいる。報酬の大きな札には、巨大な獣の絵が添えられていた。
「これ、倒したらこんなにもらえるのか」
「山の主です。今は受けられませんよ」
フィナが先回りして言う。悠真は笑い、隣の札も読んだ。
薬草の採取は報酬こそ小さいが、見つけた量だけ買い取ってもらえる。森へ入る練習にもよさそうだった。リラが札の絵へ鼻を近づける。
「これ、匂いを知ってます。葉っぱを触ると甘い匂いがするんです」
「なら、最初の仕事に向いてるな」
「私、たくさん見つけます。悠真さんに、新しい剣を買えるくらい」
悠真は彼女の頭へ手を置いた。
「じゃあ俺は、リラの好きな飯を毎晩食えるくらい稼ぐよ」
リラが顔を上げ、二人で笑った。フィナまでつられて笑い、まずは明日の試験からですね、と念を押した。
酒場の男が手を上げた。
「新人、こっちへ来い。水晶を割った祝いだ!」
机の上には焼いた肉と杯が並んでいる。悠真はリラを見た。彼女の耳はもうそちらを向いていた。
「少しだけ寄っていこうか」
「はい」
席に着くと、昨日の戦いについて次々と尋ねられた。悠真が話し、リラが自分の大剣を抱えて補足する。笑いや驚きが起きるたび、二人の居場所が広がるようだった。
昼に近い光が窓から差し込む。
悠真は肉を頬張るリラの横顔を見て、それから胸の札を握った。
向かいの男が、明日は朝から見に行くと言った。
「試験官は腕が立つぞ。水晶みたいに、じっとしてちゃくれん」
「どんな武器を使うんですか」
悠真が尋ねると、男は長い棒を使う相手だと教えてくれた。リラも肉を食べる手を止め、話へ耳を向ける。
「先にリラが戦うなら、よく見ておこうかな」
「じゃあ、見逃さないでくださいね」
「一番前で見てるよ」
リラが笑い、大剣の柄を抱え直した。悠真は男から訓練場の場所を聞き、約束の時刻より早く行こうと決めた。
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