第7話 二人で振るう最初の剣
丘を下る途中で、悠真にも叫び声が聞こえ始めた。
リラは迷わず細い獣道へ入り、街道の方へ走る。大剣を背負っていても、足取りは軽い。悠真は彼女に並び、木々の間から見えた馬車へ向かった。
南門から少し離れた街道で、倒木に道を塞がれた荷馬車が止まっていた。
商人たちは道の脇へ追いやられ、短い剣を持った男たちに囲まれている。その外側を、黒い狼が走り回っていた。狼の首には赤い布が巻かれ、盗賊の一人が笛で命令している。
「使役した魔物か」
悠真が足を止めると、商人の一人がこちらへ叫んだ。
「逃げろ! こいつら、街へ戻る道も塞いでる!」
盗賊たちが振り向いた。六人。狼は四頭。
悠真は全員の位置を見た。商人たちを背にできれば、まとめて守りやすい。
「リラ、狼を頼める?」
「はい」
彼女の返事には迷いがなかった。
盗賊が笑った。
「女と若造だけか。武器を捨てろ。そこの獣人は置いていけ」
悠真の気分が、そこで冷えた。
せっかく自由になったリラを、また奪おうとする。そんな相手に遠慮する理由はない。
「断る。剣を捨てるなら今のうちだ」
返事の代わりに、笛が鳴った。
黒い狼がリラへ飛びかかる。大剣を抜いた彼女の周りで、金色の光が弾けた。
刃が風を切った。
先頭の狼が地面へ叩き落とされ、すぐ後ろの一頭まで巻き込まれる。リラは勢いに振り回されず、残る狼へ向き直った。
力を使いながら、ちゃんと周りを見ている。
悠真は満足して自分の相手へ進んだ。盗賊の剣が振り下ろされる。遅い。刃を鉄剣で受けた瞬間、相手の武器が折れた。
「うそだろっ」
男の胸を蹴ると、体が後ろへ吹き飛んだ。地面を転がって呻く。次に来た男の腕を鞘で打ち、剣を落とさせる。
重い打撃の音が街道へ響くたび、盗賊たちの顔が引きつっていった。
笛を吹いていた三人目が、商人の陰へ回ろうとした。
悠真は先回りし、笛を持つ腕を鞘で打った。腰の短剣へ伸びた反対の手も押さえ、そのまま地面へ倒す。仲間を呼ぼうとした口から、苦しい息だけが漏れた。
「囲め! 一人ずつ行くな!」
頭目らしい男が叫んだ。
悠真は地面を蹴り、その男の目の前へ踏み込む。剣を構える間も与えず、腹へ拳を入れた。男が膝を折り、声にならない息を吐く。
残りの二人は剣を投げ捨てた。
「降参だ! やめてくれ!」
「伏せてろ。動かなければ殴らない」
悠真はリラへ目を向けた。
大剣が三頭目の首を断った。最後の狼が喉を鳴らして距離を取っていた。リラは商人へ近づかせないよう、間に立っている。狼が逃げようとした瞬間、彼女が一歩で追いつき、大剣を振り下ろした。
地面が震えた。
四頭の魔物がすべて倒れ、街道が静かになる。
「終わりました!」
リラがこちらへ駆け寄ってきた。血のついた刃を人へ向けないよう、きちんと下げている。
「見てましたか?」
「見てた。すごかったよ」
耳が立ち、尾が大きく揺れた。
その後ろで、商人たちが一斉に声を上げた。
「助かった!」
「何だ、あの力……二人で全員倒したぞ!」
荷馬車の陰から女性が出てきて、リラへ何度も礼を言う。リラは戸惑いながらも、嬉しそうに頷いた。
悠真は盗賊の笛を拾い、握り潰した。魔物の死体を確かめてから、倒れた男たちを縛らせる。
商人の一人が、街まで警備兵を呼びに走った。
「若いのに、とんでもない腕だな」
年配の商人が悠真へ水を差し出した。
「ありがとう。俺たち、まだ組んだばかりなんです」
「それであの連携か。これから有名になるぞ」
「悠真とリラです。二人の名前、覚えておいてください」
悠真が言うと、商人はしっかり頷いた。彼女も紹介されたことに気づき、胸を張って頭を下げる。
その時、道を塞ぐ倒木をどかそうとしていた商人が腰を押さえた。リラがそちらへ駆け寄る。
「持ち上げましょうか」
「え、いや、大人四人でも動かなくてな。人を呼んで」
「大丈夫です」
リラが倒木を担ぎ上げ、道の脇へ放った。
商人の言葉が止まり、周囲からまた驚きの声が上がる。彼女は悠真を振り向き、少し誇らしそうに笑った。
悠真は、盗賊が荷台から引きずり下ろした荷物を拾い集めた。収納を使うと今度は商人たちが彼の手を取り囲む。
「消えたぞ!」
「どこへ入れたんだ?」
「あとで出せます。割れ物は俺が持ちますよ」
次々と積み荷が収まり、割れた車輪だけを直せば街へ戻れるようになった。悠真は商人たちの歓声を聞きながら、もうひとつ自分の能力が好きになった。
警備兵が来ると、盗賊たちは大人しく引き渡された。
頭目には懸賞金がかかっていたらしい。兵士がその場で確かめ、後ほどギルドで受け取れると教えてくれた。
「この六人を、二人で?」
兵士は縛られた男たちを見て、もう一度尋ねた。
「狼が四頭いた。そっちはリラが倒してくれました」
悠真が答えると、若い兵士が大剣を見た。自分の剣と比べるように視線を落とし、彼女へどこで鍛えたのかと聞く。
「今朝、使えるようにしてもらったばかりです」
「今朝?」
リラが悠真を見て頷くと、兵士は言葉を失った。年配の商人が横から戦いを話し始め、荷車を起こすところまで説明する。悠真は割り込まずに聞いていた。リラが褒められると、自分のことのように口元が緩む。
「ギルドには、私から知らせておく。護衛に来てもらいたい連中もいるだろう」
兵士の言葉に、悠真は顔を上げた。
「まだ登録前なんですが、報酬は受け取れるんですね」
「懸賞は別だ。腕を見せた話も伝える。登録するなら、二人で来るといい」
リラが悠真の袖を軽く引いた。
「二人で、行きたいです」
「ああ。明日行こう」
話を聞いていた商人たちから、礼金と包みを渡された。
中には、蜂蜜を塗った焼き菓子が入っていた。
「店の商品だ。お嬢さんと食べてくれ」
悠真は礼を言って受け取った。リラが覗き込むので包みの端を開くと、蜂蜜の匂いに彼女の顔が和らいだ。
帰り道、二人は木陰に座った。
リラは大剣を横へ置き、焼き菓子をかじる。さくりとした音のあと、目が細くなった。
「甘いです」
「戦ったあとは、こういうのがいいな」
「私、戦ったあとにお菓子を食べるの、初めてです」
悠真は彼女の顔を見た。
リラはもう辛そうにはしていない。足も腕も自由に動かし、おいしい菓子を味わっている。
「まだ歩ける?」
「はい。走れます」
リラは立ち上がり、大剣を片手で持ち上げてみせた。悠真の隣へ戻る時も、足を引きずる様子はなかった。
リラが食べ終えたあと、肩を寄せてきた。柔らかな耳が悠真の髪へ触れる。
「ご主人様が戦うところ、かっこよかったです」
「リラもかっこよかったよ」
「でも、あなたの方がずっと速くて、強くて……私、見惚れちゃいました」
悠真は少し顔が熱くなった。そこまで素直に褒められると、ますます強いところを見せたくなる。
「ところで、その呼び方」
彼女が不安そうに顔を上げたので、悠真はすぐ笑った。
「名前で呼んでほしいんだ。もう自由だし、その方が近い気がする」
「名前……悠真様?」
「様もいらないよ」
リラは少し考え、彼の袖をつかんだ。
「悠真さん」
呼ばれた途端、顔が熱くなった。
「……うん。それがいい」
リラはもう一度、小さく名前を呼んだ。声を確かめるように、今度は笑って呼ぶ。
悠真は立ち上がり、彼女へ手を差し出した。
「戻ろう。ギルドまでの道も、見ておきたい」
「私も、覚えます」
二人は手をつないで街へ向かった。
門をくぐると、先に戻った商人が店先から手を振った。リラは照れながら手を振り返す。ギルドの場所を尋ねると、商人は石造りの大きな建物を指差した。
入口の前では、武器を持った冒険者たちが話し込んでいる。悠真が近づくと、その一人がリラの大剣へ目を留めた。
「その剣を使うのか?」
「はい。今日、狼を倒しました」
彼女は悠真の腕を取り、隣へ並んだ。男は二人を見比べ、まだ新人なら明日の朝は早めに来るといいと教えてくれた。
悠真は入口の看板を確かめてから、リラと宿へ向かった。
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