第74話 リラを独り占めする日
待ち合わせの玄関へ来たリラを見て、悠真はしばらく言葉を忘れた。
白い上着に、淡い黄色のスカート。いつもの冒険用の服と違って、動くたびに柔らかな布が揺れる。犬耳まで、少し緊張したように立っていた。
「どうでしょうか」
「可愛い。すごく似合ってる」
リラは胸元へ手を当て、嬉しそうに笑う。
「よかった。セリカさんが選ぶのを手伝ってくれたんです」
「あとで礼を言わないとな。でも、可愛いのはリラだからだよ」
彼女の尻尾が大きく揺れた。
差し出された手を握ると、リラは玄関に置いていた紙を畳んで腰の袋へしまった。広場へ行く道を、もう調べてあったらしい。
「今日は私から、悠真さんを遊びに連れていきたいんです」
「それなら案内を頼む。帰るまで任せるよ」
「行ってきます」
リラが居間へ声をかけると、セリカが楽しんでおいでと手を振り、結衣は帰ってきたら話を聞かせてねと笑顔で見送ってくれた。
門を出た途端、リラが少し近づいた。
「輪投げで人形を取れるお店が、広場にあるんです。昨日、ニナさんに聞きました」
「まずはそこか」
「はい。その後にも、行きたいところがあります」
リラは手を引き、迷宮へ向かう時より弾んだ足取りで角を曲がった。
最初に寄ったのは、街の広場だった。大道芸人が輪を投げ、子どもたちが歓声を上げている。焼き菓子や果物の屋台が並び、休日らしい賑わいがあった。
何もかも楽しそうに眺めているリラの横顔に、食べたいものはないかと聞いてみる。
「あります。でも、先にあそこへ行ってもいいですか」
指差した先に、ニナから聞いた輪投げの店があった。高い棚の上に、犬の形をした柔らかな人形が並んでいる。
「欲しいの?」
「はい。お部屋へ置きたいです」
悠真は迷わず輪を買った。魔法を使えば簡単だろうが、今日は普通に投げてみたい。リラの前で格好をつけるなら、自分の手で取りたかった。
一投目は少し強すぎた。輪が的の向こうへ転がり、リラが小さく笑う。
「悠真さんにも、苦手なことがあるんですね」
「今、覚えてるところ」
二投目で距離を掴み、三投目は狙った棒へ綺麗に入った。店主が感心して拍手し、リラが悠真の腕へ抱きつく。
「入りました!」
「次はあの一番大きいのを取る」
追加の輪を受け取り、リラが指す一番大きな人形の棒へ狙いを定める。今度は続けて輪が入り、店主が苦笑しながら棚の犬の人形を下ろした。
「お嬢さん、いい恋人を連れてるね」
「はい。自慢の人です!」
リラの明るい返事に、悠真の顔が緩んだ。自慢の人、か。もう一回言ってほしい。
人形を抱えた彼女と次の通りへ進む。今度は悠真が、小さな飾りの店を見つけて足を止めた。
獣人の耳を飾る品が並んでいる。耳を挟みすぎず、毛を引っ張らないように作られたものらしい。その中の、白い花が一つついた金色の小さな飾りが目に留まった。
「これ、つけてみてもいい?」
リラが頷いたので、店主に教わりながら耳の付け根へ留めた。栗色の毛の上で、白い花がよく映える。
「似合う。これにしよう」
「首飾りもいただいたばかりなのに」
「俺が見たいんだよ。可愛いリラを、もっと可愛くしたい」
リラは人形を抱く腕に力を込め、俯いた。
「そんなに言われると、顔が戻らなくなります」
「戻らなくていい。笑ってる顔、好きだから」
耳まで赤くしたまま鏡を覗いて自分の姿を確かめると、彼女は悠真へもう一度笑いかけた。
「大切にします。今日は、ずっとつけてますね」
昼食の店では、リラが先に店員を呼んだ。豚の香草焼きが美味しいとニナから聞いていた店だという。悠真が代金を出そうとすると、彼女は自分の袋を抱えた。
「ここは私が払います。迷宮の取り分で、悠真さんにも食べてほしかったんです」
「じゃあ、大きい皿を頼んでもいいか」
「はい。私と同じくらい食べてください!」
リラは得意げに注文し、犬の人形を自分の隣へ座らせた。
料理が運ばれると、リラの目がいつものように輝いた。
悠真はそれも好きだった。綺麗に食べようとして小さく切ったのに、結局美味しさに負けて頬を緩めている。眺めているのに気づいたリラが、少し慌てた。
「私ばかり食べてませんか」
「俺も食べてる。リラが嬉しそうだから見てた」
「じゃあ、悠真さんにも。ここ、柔らかいです」
差し出された肉を口へ運ぶ。熱い肉汁が広がり、確かに美味い。悠真が頷くと、リラは自分が料理したように喜んだ。
「お家でも、こんなのを作れるようになりたいです」
「ニナに教わる?」
「はい。いつか、悠真さんが一番好きな味を作りたいです」
「それは楽しみだな。何度でも味見する」
店を出ると、広場の隅で楽師が弦を鳴らしていた。何組かの男女が、ゆっくりとした曲に合わせて踊っている。リラが足を止めたので、悠真は彼女の手を引いた。
「やってみる?」
「踊りは、よく分かりません」
「俺も。でも、見た感じそんなに難しくなさそうだ」
近くの夫婦が笑って場所を空けてくれた。悠真はリラの腰へ手を添え、周りを真似て足を動かす。最初は二人ともぎこちなかったが、リラが笑い出すと急に楽しくなった。
剣を振るうときの彼女は速くて強い。今は悠真の手に身を預け、少し照れながら同じ速さで揺れている。その違いが可愛くて、曲が終わってもすぐには手を離せなかった。
「もう一曲、いいか」
「はい。何曲でも」
リラはそう答え、今度は自分から悠真へ近づいた。二曲目の途中で、不意に背伸びをする。唇が触れたのは一瞬だった。
冷やかすような口笛が周りの夫婦から上がっても、リラは真っ赤な顔のまま悠真の手を離さない。
「したくなったので、しました」
悠真のほうが、足をもつれさせた。
広場を離れ、川沿いの道を歩く。人形を悠真の収納へ預けたリラが、空いた手で川岸の小さな桟橋を指した。二人乗りの舟が幾つも繋がれ、係の男が櫂を並べている。
「これにも乗りたかったんです。川の中から、街を見てみたくて」
「乗ろう。リラが漕いでみるか」
「私でいいんですか?」
「今日は案内してくれるんだろ。頼むよ」
係に使い方を聞いた悠真が向かいへ座るなり、リラが櫂を引いた。舟は勢いよく進み、岸で見ていた係の男が感嘆の声を上げる。
川の流れは穏やかだった。船縁へ腕を置いて眺める家々の壁が、迫っては離れていく。道からでは見えなかった古い階段や、小さな花鉢の並ぶ窓が次々に現れた。
「この窓、お花がたくさんありますね」
リラも同じものを見ていた。次の家の下には水鳥がいて、彼女は櫂を止める。鳥を驚かせずに横を通ると、二人とも自然に声を落とした。
「悠真さん、楽しいですか」
「ああ。連れてきてくれてありがとう。今度は、あの橋の下も見たい」
返事を聞いたリラが、もう一度漕ぎ始めた。強い腕で流れに逆らって、舟を橋の陰へ入れる。石の天井から響く水音に、悠真は少し身を乗り出した。
橋の脇にある小さな係留場へ舟を寄せて縄を掛けると、リラは悠真へ片手を差し出した。
「つかまってください。身を乗り出すと、濡れちゃいます」
その手を取って、彼女のいる側へ腰を移す。係に教わった通り舟の中心で体を支えたおかげで、二人でも大きく揺れない。リラは石の天井を見上げている。
「ここ、声が響くんです。ニナさんが教えてくれました」
「試してみるか」
悠真が小さくリラの名を呼ぶと、天井から同じ名前が何度も返ってきた。リラは耳を揺らして笑い、それから大きく息を吸う。
「悠真さん、大好きです!」
橋の下いっぱいに声が跳ね返った。頭の上の道で、誰かの足音が止まる。
「リラ、上に人がいる」
「聞こえてもいいです。自慢の人ですから」
悠真は片手で顔を覆った。広場で聞いた時より、ずっと効く。もう一回言ってほしいとは思ったが、橋の下で叫んでくれとは頼んでいない。
満足そうに櫂を握り直したリラと、次の舟が来るまで橋の陰で水音を聞いていた。
帰り道では、夕食に添える焼き菓子を買った。セリカには木の実の多いもの、結衣には花の形をしたもの。リラは二人の顔を思い浮かべるように、一つずつ選んでいく。
「今日は独り占めしたかったのに、二人のことも考えるんだな」
「二人も、悠真さんが大好きですから。帰ったら一緒に笑いたいです」
悠真は彼女の手を引き寄せ、指へ軽く口づけた。リラが驚いて耳を立て、それから嬉しそうに肩を寄せる。
屋敷の門が見えると、花壇の苗が夕日に照らされていた。扉の向こうから、料理の匂いとセリカの声が届く。
悠真はリラと顔を見合わせた。
「ただいま」
「おかえり!」
居間からセリカと結衣の声が重なって返ってくる。リラが焼き菓子の包みを掲げて駆けていき、悠真もその後から自分たちの家へ入った。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。
感想も楽しみにしています。




