第70話 皆で帰る場所
グランゼルの門が見えたとき、リラのお腹が小さく鳴った。
本人は聞こえなかったふりをしようとしたが、悠真には丸くなった耳が見えている。隣を歩くセリカまで笑いを堪えていた。
「帰ったら、まず飯にしよう」
「私に気を遣わなくてもいいんですよ」
「俺が食べたいんだ。熱い肉料理と、焼きたてのパン」
「それなら、私もご一緒します!」
リラの尻尾が揺れる。先を歩くガレスが振り向き、馴染みの赤角亭で席を取ろうと言った。だが、その前にギルドへ顔を出す必要がある。雷竜を倒した報告を聞かせたい相手が、何人も待っているはずだった。
門番に帰還を告げると、彼は悠真たちの姿を見て目を輝かせた。
「雷鳴の迷宮だったな。無事で何よりだ」
「奥の雷竜も倒してきた」
ガレスが親指で悠真を示す。
門番の口が開いたまま、視線だけが悠真の腰の雷鳴の剣へ落ち、それからリラたちの剣や杖へ移った。
「まさか、本当に?」
「魔石もある。皆で持って帰ってきたよ」
答えるそばから、もう一人の門番まで駆け寄ってきて悠真の肩を叩いた。
「ありがとうよ。あの竜には、知り合いの組もやられてな」
門の周りにいた旅人たちが、何事かと振り返る。門番の話では、竜のせいで下層へ進めず、仲間を失った組はほかにもいたらしい。それを聞いて、悠真は一緒に帰ってきた六人の顔を一人ずつ見た。
ギルドでは、さらに大きな騒ぎになった。
イザークは悠真の出した魔石を見るなり椅子から立ち上がり、手のひらで顔を覆った。
「大きいとは聞いていたが……」
「これで間違いないですよね」
「間違えようがない。雷竜の魔石だ。お前たち、本当にやったのか」
悠真は頷き、拾ってきた大きな鱗も台へ置いた。隣に立つ職員の上半身ほどもある大きさに、イザークはまた顔を覆った。
「こいつを斬ったのか」
「その鱗は、リラが剥がしたんです」
悠真がリラの大剣を示すと、周囲から歓声が上がった。トーマが誇らしげに胸を張り、ベラは照れたように微笑んでいる。
ガレスは悠真の肩を抱き、皆に聞こえる声で言った。
「一番働いたのはこいつだ。俺たちはいいものを見せてもらった」
「ガレスさんたちがいてくれたから、安心して戦えた」
「そう言ってもらえるなら、先輩冥利に尽きるな」
大きな手が背中を叩く。痛いほどの力なのに、顔が勝手に緩んだ。
背を伸ばして、腰の雷鳴の剣を皆に見えるよう抜く。青い筋へ魔力を少し通しただけで、近くの冒険者が息を呑んだ。
「本当に、あの石台の剣だ」
「俺も見に行ったことがある。守護獣が起きた途端、逃げたんだ」
次々と集まる視線が気持ちよくて、満足するまで刃を見せてやる。隣のリラまで得意げだ。イザークに請われて雷竜の倒し方を話し終えると、今度は次の探索の予定を聞かれた。
「しばらく街にいます。先に、家を見に行きたいので」
イザークは空いた依頼票へ伸ばしかけた手を止め、頷いた。
報酬の話は短く済んだ。財宝の一部を買い取ってもらうだけで、これまで宿暮らしで使った金が小さく感じられるほどの額になる。金貨の詰まった袋を見たセリカが、悠真へ顔を寄せてくる。
「これなら、庭の広い家を選べるわね」
「ああ。三人とも、気に入るか一緒に見てくれ」
「もちろん。そのつもりよ」
即答した彼女の横で、結衣が悠真の腕を取る。
「朝起きたら、同じ家に悠真くんがいるの。帰ってきたら、おかえりって言えるの。私、そういう暮らしがしたい」
柔らかな声が、騒がしいギルドの中でも真っ直ぐ胸へ届く。悠真は腕にかかった彼女の手へ、自分の手を重ねた。
「俺もしたいよ」
結衣の目が嬉しそうに細まる。リラも反対側へ並び、家の庭で育てたい花について話し始めた。
まずは祝いだとガレスに促され、一行は酒場へ向かった。
扉を開ける前から、香ばしい肉の匂いが届いていた。中へ入ると奥の大きな机には既に皿が並び、店主が樽を抱えて待っている。門から噂が先回りしたらしい。
「竜を倒した連中には、腹いっぱい食ってもらうぞ!」
店主の声に客たちが杯を上げた。
席へ着いたガレスが、自分の酒を高く掲げる。
「全員で帰ってきた。まず、それに乾杯だ!」
杯が触れ合い、明るい音が重なった。
少しだけ口に含むと、喉を通る熱さのあとに果物の香りが長く残った。前に飲んだ樽とは、また違う味だ。
「今日はそっちにしてみた。お前、あとに香りが残る酒が好きだろ」
「覚えててくれたんだ」
「弟分の好みくらいはな」
弟分。悠真は顔が熱くなったのを酒のせいにして、もう一口飲んだ。
結衣は悠真の皿へパンを置くと、彼の好物を探すように料理を見渡した。
「悠真くん、こういう肉団子も好きだったよね」
「ああ。よく覚えてるな」
「好きな人のことだもの」
平然と言う結衣の横から、セリカが取り分けた魚を悠真の前へ置き、少しだけ強い声を出した。
「今の好みは、私たちも覚えていくわ」
「じゃあ私は、このお肉を半分どうぞ!」
リラまで大きな皿を差し出したので、悠真の前はあっという間にいっぱいになった。皆の気持ちごと食べるつもりで、順に口へ運ぶ。
ガレスたちとの話は戦いから始まり、やがて街の暮らしへ移っていった。トーマがいい弓を買うと言い、ベラは古くなった寝具を新調すると話す。
「悠真はやっぱり屋敷か」
悠真は迷わず頷いた。
「広いところがいい。皆が気兼ねなく過ごせて、庭で練習もできる場所」
「ちょうどいいのがある。前の持ち主が別の街へ移って、空いてる家だ。少し大きすぎて買い手がつかねえ」
「大きすぎる?」
「お前ら四人なら、贅沢に使える。風呂も広いし、庭もある。街の中心から少し離れてるから静かだぞ」
リラとセリカが同時に悠真を見た。
結衣はすでに、見に行く日はいつにするか尋ねている。屋敷という言葉が、もう遠い夢には感じられない。
「明日、見せてもらえるかな」
「話はつけとく。気に入らなきゃ別を探せばいい」
ガレスはあっさり言って、肉を口へ放り込んだ。
祝いが一段落した頃、酒場の若い冒険者たちが机へ集まってきた。雷竜へ挑んだことがあるという青年が、緊張した顔で悠真へ尋ねる。
「雷を吐くとき、どうやって耐えたんですか。俺たちは盾役を交代させても、一巡したら腕の上がるやつがいなくなって」
「盾で受けるのはやめて、魔法の壁を置いた。こっちが動ける時間を作ってから攻めたんだ」
「魔法の壁で、あれを止められるんですか。うちの術師の壁は、一発で割れました」
「俺と結衣の力を重ねたら止まった」
驚いた青年の目が、結衣へ向く。悠真へ寄り添ったまま、結衣は穏やかに微笑んだ。
「悠真くんが繋いでくれたからです」
「二人分の力を、一枚の壁に……そんなの、聞いたこともない」
話を聞いていた別の男が頭を掻く。悠真は少し得意になって、あの雷なら何発来ても平気だったと付け足した。顔を見合わせた青年たちは、まず盾役の腕を鍛え直すと言って苦笑した。
何度も礼を言って仲間の机へ戻っていく背中を見ながら、ガレスが嬉しそうに酒を飲む。
「お前といると、若いやつらが前を向く」
「俺も、ガレスさんにそうしてもらってるよ」
先輩は一瞬目を丸くしたあと、照れ隠しのように大きく笑った。
酒場を出る頃には、街路の灯りがともっていた。ガレスたちと別れ、悠真は三人を連れて宝飾店へ寄る。迷宮で見つけた青い宝石を見せると、店主は簡単な銀の枠ならすぐに用意できると言った。
出てきた丸い枠を見て、リラが耳を起こした。
「この形なら、服に当たっても痛くないですね」
「大剣を振る時にも邪魔になりにくいそうだ。紐の長さも、今のうちに決めよう」
リラに前を向いてもらって、胸元に来る位置を確かめる。
出来上がった首飾りをつけてやると、三人は互いの胸元を見て笑った。揃った青い光が、店の灯りを受けて輝いている。
セリカが窓を鏡代わりに留め具を直している間に、結衣はわざわざ石を服の外へ出して、悠真の隣に立った。
「これなら、悠真くんからも見えるね」
「よく似合ってる。選んでよかった」
三人の姿に目を細めた店主が、次に揃いの品を作る時にも任せてほしいと言う。この店の場所は、覚えておいて損はない。
銀枝亭へ戻る道で、リラが焼き台を置くなら風の向きも見たいと言い出した。セリカは台所の高さ、結衣は日当たりが気になるという。明日は気に入るかどうかを自分たちで確かめる日だ。
ガレスと待ち合わせた時間を三人へ伝え、宿の階段を上がる。
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