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第69話 三つの力と雷竜

 雷竜は、青い湖の真ん中で眠っていた。

 地下にこれほど広い場所があるとは思わなかった。天井には光る結晶が星のように散らばり、湖を囲む岸には金貨や宝石が積もっている。その宝を踏み荒らした跡が、竜の爪の大きさを教えてくれた。


「全部、あいつの寝床か」


 悠真が呟くと、ガレスが大盾を握り直した。


「欲張りなやつだろ。少し分けてもらおうぜ」

「少しでいいんですか?」


 リラの問いに、先輩は笑う。


「お前らが持てるなら、好きなだけ持って帰れ」


 その声が届いたのか、竜の目が開いた。

 黄金の瞳が悠真たちを捉えた。湖から持ち上がった長い首を、水が滝のように流れ落ちていく。広げた翼に光が遮られると、全身に重い威圧感がのしかかってきた。

 怖さはある。まともに爪を受ければ、人間の身体など容易く壊れるだろう。でも、勝てば竜殺しだ。三人の前でそう呼ばれるのは、悪くない。

 抜いた雷鳴の剣が、目の前の巨体に呼応するように青く光る。


「皆、俺の近くへ。最初の雷は防ぐ」


 頷いた結衣が白花の杖を掲げ、悠真の障壁に聖光を重ねる。その瞬間、前の広間で見えた細い線が再び浮かび上がった。

 別々の力を、繋げられる。

 技能連結。浮かぶ文字の名を読むと、結衣の杖から障壁までの間に道筋が見えた。

 白霧(はくむ)の迷宮では、セリカの炎を火球へ重ねて撃った。いま繋がろうとしているのは、性質の違う聖光と障壁だ。結衣が離れても、流れてくる力をこちらの防御へ使えそうだった。

 竜の口が白く輝く。


「来るぞ!」


 ガレスの叫びと共に、雷の奔流(ほんりゅう)が岸を呑んだ。

 悠真が結衣の聖光と自分の障壁の間へ指を滑らせると、繋がった文字が淡く光って、二つの防御が一つになる。

 轟音が続く。足元が揺れ、湖から跳ね上がった水が蒸気へ変わる。けれど、皆の前に立つ光の壁はびくともしなかった。


「これ、私の力も入ってるの?」


 結衣が目を丸くする。


「そう。結衣の光を、俺の障壁へ繋いだ」

「悠真くんと一緒の力……」


 結衣はガレスたちの方へ下がり、全員を見渡せる位置へ移った。それでも障壁へ注ぐ光は途切れず、悠真が前面を厚くすれば、重なった聖光もそこへ集まってくる。

 これなら彼女は防御に付ききりにならず、別の人も助けられる。浮いた分の余裕は、攻撃に回せばいい。


「セリカ、次は炎を借りる」

「ええ。たっぷりあげるわ」


 悠真は、燃え上がった紅蓮剣から差し出された炎へ自分の雷を重ねた。混ざり合う力が剣の周囲で暴れたが、書記の文字を一度整えるだけで素直に収まる。

 湖から飛び出した竜が、岸へ前脚を叩きつけた。その衝撃を、光をまとったガレスの盾が受け止める。


「今だ、悠真!」


 先輩の声に背中を押され、悠真は炎と雷を放った。

 巨大な翼を赤と青の光が貫く。

 空へ逃げることもできず、竜は湖へ倒れ込んだ。上がった水柱が天井へ届き、宝石の山が揺れる。そのときにはもう、リラが走り出していた。


「その脚、止めます!」


 獣王の大剣が竜の足首を打ち砕き、鋼のような鱗が剥(は)がれ飛ぶ。湖を震わせる悲鳴の中、トーマの矢が傷へ飛び、ベラはガレスの腕へ治癒の光を送った。

 首を振った竜が、再び雷を溜め始める。先ほどより濃い光が鱗の隙間を走っていた。怒りに任せて、残る力を全部吐き出すつもりらしい。

 悠真は真正面へ進む。


「悠真さん!」

「大丈夫。終わらせる」


 リラが足を止め、信じるように大剣を下げる。代わりに届いたのは、雷鳴の剣へ流れ込むセリカの炎と、身体を包む結衣の聖光だった。

 熱い。肌を焼く熱さではなく、全身が満ちるような力だった。

 竜の雷が迫る。

 悠真は剣を振った。

 刃から伸びた光が雷を割り、竜の胸へ届く。硬い鱗も分厚い骨も、その一撃を止められなかった。

 後ろへ倒れた巨体が湖の向こうの岩壁へぶつかり、天井から細かな石が降ってくる。皆を守る障壁を保ったまま、悠真は雷竜の最後の動きを見届けた。

 長い首が水面へ落ちる。

 静けさが戻った。


「勝った……」


 トーマの呟きに、リラの歓声が重なる。


「勝ちました! 悠真さん、すごいです!」

「皆で勝ったんだよ。今の一撃、すごく気持ちよかった」


 悠真は剣を収め、セリカと結衣を振り返った。二人も同じ気分らしい。セリカは目を輝かせ、結衣は頬を赤らめている。


「私の炎、ちゃんと届いたわね」

「ああ。よく燃えた」

「次も使って。あなたとなら、もっと大きなものを倒せそう」

「私の光は、いつでも悠真くんのものだよ」


 結衣の言い方にセリカが目を向けたが、今日は何も言わずに笑った。三人が悠真の近くへ集まり、肩や腕に温かさが重なる。

 ガレスは少し離れたところから、豪快に笑った。


「見たか、トーマ。あれが強いやつの戦いだ。俺もまだ鍛えねえとな」

「鍛えるだけで追いつけます?」

「追いつけなくても、一緒に笑えりゃいいだろ」


 悠真がガレスへ手を上げると、先輩も大きな手で応えてくれた。

 竜が倒れた場所を確かめに行くと、湖の水がゆっくり引き始めていた。底から現れた階段は、金色の扉へ続いている。その前で輝いているのは、雷竜のものらしい巨大な魔石だ。

 両手で持ち上げたリラが、驚いた顔をする。


「私の頭より大きいです」

「割ったらもったいないから、俺が預かる」

「お願いします。これで、また美味しいご飯が食べられますね」

「ご飯だけじゃ済まねえぞ」


 ガレスが魔石を見て笑った。


「街に家を買って、毎晩ご馳走を並べても困らねえ」

「さっき教えてくれた辺りで、屋敷も探せるかな」

「探せるさ。こいつを売ったら、庭の広さで妥協しなくて済む」


 宿へ戻ったら一日空けて実際の家を見に行こうと誘うと、三人からすぐに頷きが返ってきた。

 大剣を持ち直したリラは、内覧の日にもこれを持っていきたいと言う。庭で振れるか、試してみたいらしい。


「案内の人に聞いてみよう。振っても大丈夫な広さが、選ぶ目安になるな」


 そう答えて押した金色の扉が、重い音を立てて開く。

 中には、湖の周りよりさらに大きな宝の山が待っていた。金貨の輝き、色とりどりの宝石、上等な布に包まれた魔道具。トーマが声にならない声を上げ、ガレスまで一度立ち尽くした。


「これ、持って帰れるんだよな」

「問題ない」


 悠真が収納を開くと、山のような財宝が次々と吸い込まれていく。ガレスたちの分は十分に分けると伝えたら、トーマは顔を両手で覆った。


「しばらく酒代を気にしなくていい……」

「少しは貯めなさいよ」


 ベラに背中を叩かれ、皆が笑った。

 悠真が宝物庫の隅で見つけたのは、同じ色で大きさも揃った小さな青い宝石が三つ。これなら首飾りにできそうだ。


「三人に、これを贈りたい」


 掌に並べて見せると、リラとセリカの目が宝石に吸い寄せられた。結衣のほうは、宝石より先に悠真を見ている。


「お揃い?」

「ああ。今日、皆の力が一つになった記念に」

「ずっとつける」


 結衣の即答に、リラとセリカも笑って頷いた。三つの宝石は、そのまま結衣が小さな袋へ集めてくれる。

 宝を集め終えたところで、リラが悠真の袖を引いた。


「私、さっき脚しか止められませんでした。今度は、最後まで一緒に斬りたいです」


 真剣な声に頷いて、悠真は獣王の大剣に触れた。魔法を剣へ通せるなら、リラの一撃にも重ねられるはずだ。


「次はリラの剣へ、俺の力を繋ごう」

「約束ですよ」

「ああ。楽しみにしてる」


 大剣の柄を握ったリラが、次に力を通す場所を尋ねてくる。柄から刃まで流せると教えると、彼女は期待を込めて一度素振りをした。

 宝物庫を出る前に、ガレスが湖へ続く道を示した。


「竜の鱗も拾っておくか。魔石だけでも十分だが、職人は実物を見たがる」

「持って帰ろう。倒した相手を知らない人にも、見せたい」


 剥がれた鱗は、隣に立ったトーマの肩から腰まで隠れるほど大きい。収納へ収めながら考えるのは、これをギルドで出した時のことだ。あの堅い顔のイザークがどうするか、早く見てみたい。

 結衣が青い宝石を入れた袋を預けてきた。


「宝飾店にも寄ってね。私は今日、つけたいから」

「ああ。店が開いてるうちに帰ろう」


 悠真は彼女を隣へ招き、来た道へ踏み出した。


お読みいただき、ありがとうございます。

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