第68話 雷鳴の剣を手に
守護獣の咆哮が、広間に満ちていた青い光を震わせた。
悠真の前で銀灰色の巨大な獅子が身を低くする。背中から突き出た金属の角には雷が絡み、吐く息だけで床が黒く焦げていく。その向こう、石の台に突き立つ一本の剣が同じ色に輝いていた。
あれを持って帰りたい。月鋼剣の柄を握り直す手に、自然と力がこもった。
「ガレスさん、後ろを頼む」
「任せろ。お前は気持ちよくやれ」
大盾を構える先輩の声は頼もしい。両脇を見れば、リラとセリカも楽しそうに笑っている。
「悠真さん、最初の一発は私がもらってもいいですか」
「いいぞ。思い切りいけ」
「はいっ!」
床を蹴ったリラの大剣が唸りを上げ、振り上げられた守護獣の爪と激突する。広間の空気が腹に響くほど揺れた。
押し負けたのは獣の方だった。何倍もの大きさを持つ身体が床を削って退き、金色の瞳を輝かせたリラが追いすがる。
「力比べなら、負けません!」
次の斬撃が前脚の装甲を砕くと、守護獣は苦痛に吠えて全身から雷を放った。その光が広がるより早く、悠真は仲間を包む障壁を置く。
青白い稲妻が障壁の外を走り、音だけが胸を殴った。熱も痺れも届かない。ベラが自分の腕を確かめてから、呆れたように息をつく。
「この雷を、そんな顔で受けるのね」
「もっと強い攻撃が来るかと思った」
悠真の返事にトーマが笑った。少し引きつった声だが、もう怯えてはいない。
「それ、俺も一度くらい言ってみたいな!」
守護獣の角に光が集まる。今度は広がる雷ではなく、一本に絞った攻撃らしい。
悠真は見えている能力の文字に意識を向け、溜められた力の大きさを読んだ。先に複写した雷撃よりも太く、鋭い。正面からねじ伏せれば、相手の自慢を奪える。
「セリカ、角を焼けるか」
「任せて。あの立派なのを落としてあげる」
紅蓮剣から伸びた炎がセリカの赤い髪を照らし、逃げようとする守護獣の視界を埋める。その脚をリラが斬りつけて、動きを止めた。
そこへ結衣の聖光が降った。
清らかな輝きに目を焼かれた獣が頭を振り、溜めていた雷が乱れる。その一瞬に、悠真は風歩で間を詰めて月鋼剣を振り抜いた。
角が一本、床に転がった。
耳をつんざく絶叫と共に守護獣が暴れる。悠真には、まだ剣を収める気はなかった。仲間が作った好機を気持ちよく終わらせたい。
「これで最後だ」
自身の雷撃を月鋼剣に乗せる。白い光が刃を覆い、守護獣の分厚い胸を一息に貫いた。
浮き上がった巨体は石の台を避けるように吹き飛び、壁へ激突した。揺れが収まったとき、あれほど凶暴だった瞳からはもう光が消えている。
剣を下ろすと、手首に残る重さが心地よい。石台の剣へ一歩近づきかけたところで、リラの声が飛んできた。
「終わりです!」
リラが駆け寄り、悠真の腕に抱きついた。戦いの熱が頬に残り、耳は誇らしそうに立っている。
「すごく綺麗でした。最後、ぴかって!」
「リラが止めてくれたおかげだよ」
「じゃあ、私も役に立ちましたね」
「大活躍だった」
頭を撫でると、尻尾が勢いよく揺れた。
落ちた角を拾い上げたセリカの指先で、火花が散った。角の先に残る小さな雷を悠真が収めてやると、彼女は面白そうに切り口を見せてくる。
「炎で焼いても、全部は溶けなかったわ。これは持って帰りたい」
「鍛冶師に見せよう。剣に使えるかもしれない」
石台の周りを杖で照らしていた結衣が、残る光が薄れていくのに気づいて悠真へ知らせてくる。手を振って応えると、彼女も笑った。
「ほら、まだ剣を取ってねえぞ」
ガレスの声で石台へ向き直ると、リラが腕を離し、先に取ってくださいと背中を押した。
「一番近くで見てますから」
「ああ。持ってくる」
守護獣が倒れたことで、石の台を囲んでいた光が消えている。悠真が近づくと、剣の柄から小さな雷が飛んだ。拒絶するような激しさはない。触れた指を確かめるような、温かな刺激だった。
見える文字は、雷鳴の剣。
雷を蓄え、持ち主の力を刃へ通す能力を持つ。守護獣の角に似た青い筋が、銀色の刀身を走っていた。
「俺に使えるか」
剣に問いかけるように言い、柄を握る。
驚くほど滑らかに抜けた。
軽い。それでいて手の中に確かな重さがある。少し魔力を流すと、青い筋が明るくなり、刃先から雷が一度だけ弾けた。
ガレスが感心したように低く唸った。
「似合うな。そいつを取ろうとして逃げ帰った連中を、俺は何組も知ってる。お前の手に渡ったなら、剣も喜んでるだろうよ」
「ガレスさんも持ってみる?」
「俺が握って暴れられたら困る。お前が振るところを見せてくれ」
目を向けたのは、広間の隅に残った太い石柱だ。崩れた天井を支えている柱ではないと確かめてから、皆を離す。
力を込めすぎなくていい。そのつもりで一振りすると、雷が奔った。
途中から切れた柱の、切り口の周りが青く光る。上半分は床へ落ちるより先に、さらに細かく砕けた。
トーマが口を開けたまま、その破片を追っている。
「ちょっと待て。今、剣が届いてなかったよな」
「雷を刃の先へ伸ばした。かなり扱いやすい」
「扱いやすいで済むのか、それ」
悠真は刃を眺めたまま、にやけそうになるのをこらえた。月鋼剣もよく働いてくれたが、これは魔法を乗せるときの反応がまるで違う。考えた通りに力が伸び、手元には無駄な反動が残らない。
試しに雷を止め、もう一度だけ無人の壁の方へ刃を振った。今度は音も光も小さい。持ち主の力を勝手に吐き出す武器ではないらしい。
「手元で止められる。これはいいな」
セリカが近づき、光の消えた刃を横から眺めた。
「敵の近くまで走ってから、雷を出せるわね。狭いところでも使いやすそう」
「ああ。さっきの柱より硬い物にも試したい」
月鋼剣の刃を布で拭いながら、初めてこの剣を手に入れた日を思い出す。あの時は、見せて歩きたくて仕方なかった。今日から、腰に下がるのは雷鳴の剣だ。二本を並べて、一度だけ見比べた。
月鋼剣は収納へしまい、空いた鞘へ雷鳴の剣を収める。長さもちょうどいい。少し抜くだけで青い筋が覗き、リラがさっそく顔を寄せてきた。
「街の人も、きっと見たがります」
「見せるよ。俺が取ったって分かるように、これで帰ろう」
結衣が悠真の手に触れた。戦いで傷を負っていないか見ているのだと思ったら、指先を自分の頬へ寄せてくる。
「新しい剣に見惚れてても、私たちとの時間は忘れないでね」
「忘れるわけないだろ」
その頬を親指で撫でると、結衣の目が柔らかく細まった。反対側からリラが顔を寄せ、セリカまで隣へ来たので、ガレスがわざとらしく広間の奥の泉の方を向く。
「先に水を見てくる。お前らはゆっくりやれ」
ベラが笑いながら彼の背中を押す。悠真は結衣の腰を抱き寄せた。
「今夜は、剣よりこっちを見る時間にする」
「それ、楽しみにしてる」
結衣が頬へ口づける。悠真は胸の熱が落ち着くまで、彼女を離さずにいた。
広間の奥には、守護獣が塞いでいた小さな泉がある。雷のように光っていた水も、今は澄んでいた。ベラが安全を確かめ、皆で休むことにする。
袋から肉の入ったパンを出したリラが、悠真へ一つ渡してくれる。その横でガレスは、守護獣から取れた魔石を眺めて満足そうに頷いた。
「この魔石だけでも大した稼ぎだ。だが、奥にはもっとでかいのがいる」
「こいつより大きい相手って?」
「雷竜だ。羽を広げりゃ、この広間を埋める。雷が重すぎて、盾役を何人も連れていって交代で受けるしかない。その間に弓と魔法で削るんだが」
「削りきれないのか」
「一人が受けられるのは三発ってところだ。盾役が一巡したら、腕の上がる奴がいなくなる。どの組も、そこで引き返してる」
悠真はパンを飲み込んだ。
受けられる回数に限りがあるなら、限りのない壁で受ければいい。障壁で防ぎ、その間にこちらから攻める。今回は三人の力も十分に育っている。
「皆の魔法を一緒に使えたら、面白そうだな」
口にした途端、視界の端で文字が揺れた。
セリカの炎、結衣の光、自分の雷。別々に見えていた能力の間に、細い線のようなものが浮かぶ。
まだ意味は読めない。それでも、何かできるという感覚ははっきりしていた。
「悠真くん、また楽しそうな顔になってる」
そんなに顔に出ていたらしい。
「次は皆でもっと派手に勝てそうなんだ」
「じゃあ、私たちも楽しみにしてるわ」
セリカが立ち上がり、リラも最後のパンを頬張って大剣を担いだ。
奥の通路から、低い雷鳴が響いてくる。悠真が柄へ触れると、新しい剣も応えるように小さく鳴った。
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