第67話 欲しい未来と雷鳴の剣
休憩部屋の中には、外の雷鳴が遠くなって聞こえた。
壁の青い結晶は淡く光るだけで、床には魔物の足跡もない。ガレスが周囲を確かめてから盾を置くと、全員の肩から少しずつ力が抜けた。
悠真は皆の前へパンを出し、置いておいた鍋へ手を伸ばした。朝、宿で用意してもらった羊肉と根菜のスープだ。蓋を開けると温かな湯気が上がり、リラが嬉しそうに鼻を動かす。
「迷宮の中でこれが食べられるなんて、贅沢ですね」
「せっかく稼いでるんだ。食事も楽しみたい」
悠真が器へよそうと、ガレスが感心したように覗き込んだ。
「俺たちだけなら干し肉をかじるところだ。お前と組むと、胃袋まで得をするな」
「昨日の店の干し肉もあるぞ」
「それは取っておけ。あとで酒のつまみにできる」
干し肉の包みをしまってスープを一口すすると、温かい脂が舌に広がった。ガレスはもうパンで器の縁まで拭っていて、まだおかわりをする気らしい。鍋は二人の間へ置いておくことにした。
大剣をそばへ置いたリラが、悠真の隣へ座る。反対側を取ろうとしたセリカと結衣は同時に動き、顔を見合わせて少しだけ笑った。
「昨日は私が隣だったから、今日はセリカでいいよ」
「ありがとう。代わりに、夜は譲るわ」
「覚えた」
結衣の返事が真剣で、悠真は思わず笑う。彼女は正面へ座ると、杖を膝に横たえて悠真を見つめた。どこに座っても、視線はまっすぐ届くらしい。
トーマは大魔石の話をしながら、パンをスープへ浸した。
「親玉の魔石より大きいんじゃないか。あれだけで何を買えるんだろうな」
「弓を探すなら、十分選べるだろう」
ガレスが答えると、トーマの目が輝く。ベラも杖の部品を新しくしたいと話し始めた。
ガレスの空いた器へスープを足しながら、悠真は話を向けた。昨夜の店で話した家のことを、街をよく知る彼に聞いておきたい。
「家の話、覚えてるか」
「昨夜あれだけ聞かされりゃな。広い風呂に、庭に、台所。それから悠真の隣の部屋だろ」
ガレスが指を折って数えると、結衣が「隣です」と小さく念を押した。昨夜から一歩も譲っていない。声を上げて笑うガレスに、悠真もつられた。
「グランゼルで、いい所を見つけたい。全部入れるなら、かなり大きな家になるな」
「お前なら買えるさ」
ガレスの声は気軽だったが、言い切る強さがあった。
「今日の魔石もある。奥の宝まで取れたら、屋敷だって見えてくる。どうせなら、三人が喜ぶのを選べ」
「宿から遠くない所で探せるかな。赤角亭にも歩いて行けるくらいで」
「中心を少し外れりゃある。家探しも案内してやろうか」
「頼みたい。ただ、買うかどうかは俺たちで見て決める」
「そりゃそうだ。毎日寝るのはお前らだからな」
ガレスが床へ指で大通りの形を描き、庭の広い家が多い辺りを教えてくれる。宝を持ち帰ったら、まずそこを見に行こう。
「買ったら、ガレスさんたちも呼ぶよ」
「いいのか?」
「ああ。庭で肉を焼こう。一番いい酒も用意する」
「言ったな。忘れんぞ」
ガレスが杯を持ち上げる。中身は茶だったが、悠真も自分の杯を合わせた。
トーマとベラが少し離れて食器を片づけ始めると、リラも手伝いに行った。茶のおかわりを悠真へ渡した結衣も、そのままベラの横で魔力の話に加わる。セリカまで刃の汚れを確かめにかかって、壁際は急に静かになった。
悠真はガレスと並んで壁へ背を預けた。
「ガレスさんは、もっと上へ行きたいと思わないのか。Sランクとか」
「そりゃ憧れはある。若い頃は、名を聞いただけで誰もが振り向く冒険者になりたかった」
「今は?」
「今も、褒められりゃ嬉しいさ。ただ、俺が欲しいのは大抵もうそばにある」
ガレスは仲間たちへ目を向けた。
「気の合う連中と潜って、稼いで、旨いものを食う。たまに格好いいところを見せられりゃ十分だ。今回みたいに面白い後輩もできたしな」
「俺は、その名前を聞いただけで振り向かれる方も、やってみたい」
「だろうな。巨像を倒した時、名前を聞かれて嬉しそうだったぞ」
「気づいてたか」
「隣にいたんだ。そりゃ見える」
ガレスは笑って鍋へ手を伸ばしたが、残りが少ないことに気づいてトーマへ回した。
「雷鳴の剣を持って門をくぐれば、嫌でも見られる。手入れを怠るなよ。格好つけるなら、綺麗な刃の方がいい」
「帰ったら、磨く道具も選んでほしい」
「油まで高いのを買わされても知らねえぞ」
「良い物なら払うよ」
ガレスがにやりとする。これで、次に街を歩く時の楽しみが一つ決まった。
悠真は月鋼剣の柄へ指を添えた。これまで何度も勝たせてくれた剣だ。新しい剣を手に入れても、ぞんざいにするつもりはない。自分の家ができたら、きちんと飾る場所を作ってもいい。
「雷鳴の剣、どんな手応えなんだろうな」
「持ってみれば分かる」
「それが早いか」
二人で笑っていると、リラが戻ってきた。悠真の前へしゃがみ、膝へ手を置く。
「悠真さん。剣を手に入れたら、最初に見せてください」
「もちろん」
「私にもね」
結衣も隣から覗き込んで頷くと、セリカは二人の顔を確かめてから悠真へ向き直った。
「三人が最初。それで決まりね」
悠真は頷いた。こんなふうに期待されるなら、この先で剣を守る相手にも負けたくない。早く剣を手にして、三人の目の前で振ってみたい。
結衣は鍋を片づけながら、悠真の器へ残った肉を一つ足した。
「剣を取るところ、私も近くで見るね」
「ああ。遠くからじゃ見えないような、綺麗な刃だといいな」
「私は悠真くんの顔を見たいんだけど」
悠真が顔を上げると、結衣はもう笑っていた。残りの肉を食べて空の器を渡すついでに、その手を短く握る。
ガレスがそっと立ち上がって盾を担いだ。急かさずに待っていてくれたのだと分かって、悠真は三人へ笑いかけた。
「そのための宝を、取りに行こう」
休憩を終え、七人は奥へ進んだ。
進むほど通路は広くなり、壁の結晶も太くなっていく。足音に重なる低い雷鳴の奥で、強い魔力が待っているのが悠真には分かった。
途中の石扉の前で、トーマが足を止めた。扉の下に残る新しい爪痕は、人間の剣で刻める大きさではない。
「ここから先か」
ガレスが大盾を持ち直す。リラとセリカも剣へ手を掛け、結衣は白花の杖を胸の前へ上げた。
爪痕の横へトーマが矢を当てて深さを確かめると、矢尻がすっかり隠れた。
「逃げた連中の話より、ずっと大きそうだな」
「なら、剣も期待できる」
悠真が答えると、トーマは矢を引き抜き、射やすい場所へ下がった。
手を添えた扉は重い石だが、強化した身体なら押せる。その奥で、何かが動く気配がした。
「開けるぞ」
全員の返事を聞いて、悠真は石扉を押し開いた。
青白い光が流れ出す。
その先は、結晶柱が並ぶ円形の広間だった。中央の石台に一本の剣が突き立ち、その刃の中を細い雷が走っているのが遠くからでも見える。
美しい剣だ。
一目で欲しくなった。手に入れて、振ってみたい。あの雷を自分の力でさらに強くしたら、どんな斬撃になるだろう。
石台の前で、巨大な獅子が顔を上げた。
銀灰色の毛を雷が走り、背中から突き出す金属の角から青白い火花が散る。守護獣の唸りだけで、広間の結晶が震え始める。
「でかいな」
ガレスが短く言う。
「剣に似合う相手だ」
悠真は月鋼剣を抜いた。あれを倒せば、あの剣が手に入る。三人の前で振る姿が、もう目に浮かぶ。
「俺が前へ出る。みんな、頼むぞ」
「後ろは任せろ」
ガレスの盾が重い音を立てた。両脇にリラの大剣とセリカの炎の刃が並び、背中を結衣の白い光が温かく包む。
守護獣の咆哮とともに雷が床を走り、銀灰色の巨体が立ち上がる。
悠真は笑って、その雷へ一歩踏み込んだ。
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