第66話 雷の巨像を斬り伏せる
翌朝、雷鳴の迷宮へ入った悠真たちは、昨日の広間を迷わず抜けた。
雷鼠や蜥蜴が襲ってきても、もう足を止めるほどではない。悠真が指先から放つ雷で動きを止め、リラとセリカが斬り払う。ガレスが大盾を構える間もなく片づく場面さえあった。
「昨日より使い慣れてるな」
ガレスの声に、悠真は頷いた。
「狙いを絞れるようになった。小さい相手なら、これで十分だ」
「楽になったのはありがたいが、俺たちも働かせてくれよ」
「深いところなら、出番はいくらでもあるだろ」
トーマがその言葉を聞いて、弓を抱え直した。
「期待していいのか、怖がるべきなのか分からないな」
「両方でいいんじゃない?」
セリカが笑って先を行く。
彼女に続いて下り階段を越えると、景色ががらりと変わった。
自然の洞窟だった壁が、四角く切られた石へ替わっている。床には古い模様があり、天井からは青い結晶が垂れていた。遠くで響く雷の音も、昨日より腹へ重く届く。
悠真は歩きながら、壁の古い飾りを眺めた。こういう場所の奥には、強い武器が眠っていそうだ。雷鳴の剣を自分が握るところを想像すると、自然と歩幅が大きくなる。
「悠真くん、楽しそう」
結衣が隣へ来た。
「早く見たいんだ。宝も、強い敵も」
「私も見たい。悠真くんが喜ぶところ」
そう言って笑う結衣の向こうから、リラとセリカもそれぞれ悠真の顔を覗き込んだ。
「あとで私たちにも、いいところを見せてくださいね」
「もちろん。三人の分も期待してる」
奥へ進んだところで、悲鳴が響いた。
ガレスが即座に盾を上げ、悠真も風歩で前へ出る。飛び込んだ次の広間では、崩れた石段へ冒険者たちが追い詰められていた。その前に立つ巨像は、訓練場の守護像よりさらに大きい。
肩から背中へ青い結晶が突き出し、両腕の拳が雷をまとっていた。巨像が腕を振るうたび、床の石が砕ける。
「伏せろ!」
ガレスの叫びとともに、大盾が前へ出た。逃げ遅れた男へ飛んだ石片を受け止め、巨像と冒険者の間へ割って入る。
悠真はその横を抜け、もう片方の拳へ雷を放った。
光がぶつかり、巨像の腕が止まる。人間なら消し飛ぶだけの力が掛かっているのに、石の身体はまだ崩れなかった。
「硬いな」
悠真は笑った。新しい力を存分に試せる相手だ。
こちらを向いた巨像の目の奥に、光が集まる。放たれた太い雷を聖光結界で受け止めると、熱い風が巻き起こってマントが背中へ張りついた。
「結衣、怪我人を頼む! リラ、階段の上を!」
「分かった!」
「はい!」
結衣の光が逃げる者たちへ降りる中、リラは崩れた石段を駆け上がり、動けずにいた冒険者を肩へ担いだ。横の通路から現れた小型の石兵には、セリカが一人で炎を浴びせている。
ガレスは大盾を前へ出したまま、一歩も引かない。
「悠真、こっちは守る。やれ!」
任された。悠真は柄を握り直した。
結界を残したまま巨像の足元へ踏み込み、月鋼剣で石の脚を斬りつける。深い傷が入って膝が傾いたが、背中の結晶が光ると、傷へ青い線が走り始めた。
修復している。
書記の文字を読むと、巨像は雷を取り込んで身体を直しているのだと分かった。正面から壊し続けることもできるが、まず背中の結晶を砕いた方が早い。
「トーマ、背中の光ってるところを狙えるか」
「見えればな!」
「見せる」
悠真は巨像の拳へ障壁を押し当て、そのまま身体ごとひねりにかかった。重い抵抗も、身体強化を上げれば押し切れる。石が軋んで、巨像の背中が入口へ向いた。
待っていたように、トーマの矢が走る。もっとも細い結晶へ当たって、青い欠片が散った。
「一本!」
「十分だ!」
怒ったように巨像が身体を揺らすと、肩の装甲が砕けて鋭い石が救助された冒険者たちへ飛んだ。
落ちてくる塊はリラの大剣が空中で砕き、残った破片もセリカの炎に包まれて、結衣の結界の手前で勢いを失う。盾を動かす必要もなかったガレスが、感心した声を上げた。
「いい仲間を連れてるな!」
「俺の自慢だよ!」
笑って返すと、三人が誇らしそうに顔を上げた。こんな顔をされたら、もっと強いところを見せたくなる。
巨像の腕を押さえる障壁へ、さらに力を通す。石の肩が軋み、背中の結晶が完全にこちらへ露出した。
セリカが紅蓮剣を掲げる。
「そのまま押さえてて!」
炎の刃が足元を走って片脚を赤く焼き、膝の沈んだ巨体は逃げる余地を失った。セリカへ頷いた悠真は、露出した結晶へ雷を集中させる。流れを取り込む余裕がないほど強く、一点を叩く。
高い音が響き、結晶にひびが広がった。たまらず振り回された腕も、悠真の障壁が押さえて逃がさない。
自分の力が相手を上回っている。その手応えが腕から胸へ伝わり、笑いが漏れそうになる。
「砕けろ」
さらに雷を重ねると、結晶が一斉に破裂した。
光の薄れていく巨像から風歩でいったん距離を取り、月鋼剣を構え直す。
それでも巨像は、最後の力で拳を振り上げる。岩の塊が頭上から落ちてくる前に、悠真は地面を蹴った。
剣が白く光る。
斬撃は巨像の胸へ入り、背中まで抜けた。揺れた巨体が膝から崩れ、着地した悠真の背後で石の山が轟音を立てて床へ沈む。
迷宮の空気が震え、細かな砂が降る。
剣を一振りして鞘へ収めても、巨像はもう動かない。十分に強い相手だったが、力を使い切るほどではなかった。
「気持ちよく斬れたな」
その独り言を聞いたガレスが、声を上げて笑った。
「こいつを斬って、そんな感想が出るのか! 大した後輩だよ、お前は!」
助かった冒険者たちも、崩れた巨像を見つめていた。動けるようになった男が、悠真へ近づいて深く頭を下げる。
「もう終わりだと思っていた。ありがとう」
「間に合ってよかった。怪我は?」
「そっちの人たちが治してくれた。歩ける」
結衣とベラが頷く。リラが最後の一人を下ろす頃には、セリカも石兵の通路から戻ってきていた。
彼女の紅蓮剣には、まだ熱が残っている。
「脚を止めてくれて助かった。あのまま背中を向けさせておきたかったんだ」
「分かってたわ。雷を撃ちたくて、掌を開いてたもの」
彼女は剣を収め、悠真の肩へ自分の肩を当てた。
「気持ちよさそうだった。次は私にも、あれくらい硬いのを残してよ」
「いいぞ。俺も見たい」
結衣の治療を終えたもう一人の男が、二人へ近づいてきた。先ほどは逃げるだけで精一杯だったらしく、今になって月鋼剣と悠真の札を見比べている。
「名前を、聞いてもいいか。ギルドへ帰ったら、助けてもらったことを伝えたい」
「朝倉悠真。書記だ」
「書記が、あの巨像を?」
男の視線が石の山へ戻る。気分よく頷いた悠真が隣のセリカたちの名も伝えると、男はそれぞれの顔を覚えるように見てから、今度は全員へ礼を言った。
巨像の胸には、拳ほどもある魔石が残っていた。
ガレスはそれを見て口笛を吹く。
「こいつは大当たりだ。今日はもう帰っても十分な稼ぎになる」
「まだ奥へ行けるだろ?」
「そう言うと思った」
悠真は魔石を収納へ収め、奥の通路へ目を向けた。
「剣を見ずに帰ったら、明日また来たくなる。今日はそっちまで付き合ってほしい」
「俺も、お前が剣を取るところを見てえよ」
ガレスが盾を担いだ。
救助した冒険者たちは、道の状態を教えてくれた。先には休める部屋があり、その奥に結晶柱の並ぶ広間があるらしい。そこへ向かった組が、獣の咆哮を聞いて引き返したという。
「その広間、剣の噂がある場所かもしれないな」
ガレスの読みは、たぶん当たっている。
「確かめよう。休憩してからな」
「休憩部屋に、水はあるか?」
ガレスが尋ねると、助けた男は首を振った。当てにしていた水がなかったせいか、男たちの水袋はどれも底が見えかけている。それならと悠真が収納の水を出して渡すと、彼らは分け合って水袋を満たし、ようやく帰り支度を始めた。
冒険者たちを帰り道へ送り出して、七人は教えられた休憩部屋へ向かった。扉を開けた先では、静かな空気と青い光が待っている。収納から温かい料理を出すと、部屋に湯気が立ちのぼる。
次に開ける扉の向こうに、欲しかった剣があるかもしれない。
そわそわしながら、悠真はガレスの隣へ鍋を置いた。
リラが器を並べる横で、トーマが折れた矢を取り出した。巨像の結晶へ当てた一本だ。
「先が欠けちまった。いい矢だったんだが」
「一本であれを砕いたんだ。十分働いたぞ」
ガレスの返事に、トーマが少し得意そうになる。悠真も傷の残る矢尻を見せてもらい、次の相手でも同じ場所を狙ってくれと頼んだ。
スプーンと温かい杯が手から手へ回ってきたところで、悠真も鍋の前へ腰を下ろした。
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