第63話 盾の音を背にして
通路の奥で唸っていたのは、甲羅に金属の棘を生やした、大きな亀のような魔物だった。
棘の間で、青い光が弾けている。通路が狭く、横を抜けるのは難しい。
「雷甲獣だ。ここは俺にやらせろ」
ガレスが盾を前へ出した。
悠真はその横顔を見て、一歩退いた。先輩の戦い方を見たいと思っていたところだ。リラとセリカも剣を構えたまま待ち、結衣は後ろへ光の壁を薄く張る。
魔物が突進した。
大盾へぶつかった瞬間、洞窟に腹へ響く音が広がった。靴が床を削っても、ガレスは倒れずに魔物を盾ごと押し返した。
「トーマ、今だ!」
横から放たれた矢が、甲羅の隙間へ刺さる。魔物が首を振ったところへ、ガレスの剣が入った。斬撃は派手ではないが、確実に柔らかい場所を狙っている。
甲羅の棘から弾けた雷を、ガレスは盾を少しずらして壁へ逃がした。ところが身体を支え直した瞬間、魔物が再び頭を振り上げる。
悠真は剣へ手を掛けたが、ガレスの声が先に飛ぶ。
「まだいける!」
大盾が魔物の顎を打ち上げた。トーマの二本目の矢が喉へ入り、ガレスの剣が深く突き刺さる。
巨体が倒れ、通路の向こうが開いた。
悠真は思わず笑った。
「格好いいな、それ」
「お前の一撃には負けるさ」
「盾で顎を上げて、矢が通る場所を作ったんだな。あの重さを受けて、すぐそこまで動けるのか」
率直に言うと、ガレスは嬉しそうに笑った。ベラが彼の腕の具合を確かめ、トーマが矢を回収する間も、誰かが必ず周囲を見ている。長い付き合いの呼吸が、言葉より先に動いていた。
リラが盾へ近づき、へこんだ部分を見る。
「あんな重いのを受けたんですね」
「お前の剣も十分重いだろうがな」
「でも、誰かを後ろに置いて受けるのは違います。すごかったです」
ガレスは少し照れたように顎を掻いた。リラがさらに盾の角度を尋ねると、自分の手で支えたまま受ける面を見せてくれる。隣へ並んだ悠真も、その動きをじっくり目で追った。
次の広間では、別の冒険者たちが雷甲獣の群れに追われていた。
一頭なら受けられても、三頭が同時に来ると逃げ道が狭くなる。男たちは剣を振りながら後ずさり、奥の壁へ追い詰められかけていた。
「今度は俺も行く」
悠真が言うと、ガレスは頷いた。
「お前が前へ出ろ。後ろは俺が見る」
後ろを気にしなくていい。それだけで、足が軽い。
風歩で広間へ入るなり、悠真はもっとも近い雷甲獣へ月鋼剣を振るった。硬い甲羅ごと断ち切った重い手応えが腕に残るが、それがかえって気持ちよい。
横から突進してきた二頭目は、鼻先へ置いた障壁にまともにぶつかった。その巨体をそのまま押し返すと、逃げる冒険者の前から魔物が消える。
「入口へ走って!」
声を張った結衣の光が床を照らし、入口までの安全な道を示していた。そこを逃げる者たちの前へリラが立ち、飛びかかった小型の魔物を大剣で払う。
悠真が三頭目を狙った瞬間、背後で大きな音がした。
振り返ると、別の通路から出てきた雷甲獣をガレスが受け止めていた。逃げる冒険者へ届く寸前の位置だ。
「前を見てろ、悠真!」
悠真は頷き、剣へ力を通した。
目の前の雷甲獣が棘を立てた。雷をためている。逃げる者たちへ放たれれば、せっかく作った道が閉じる。悠真はあえて一歩近づき、魔物の鼻先へ剣を見せた。
「欲しい相手はここだろ」
怒った獣が口を開く。青い光が喉に集まり、悠真のマントを照らした。
名を呼ぶ結衣の声が合図だった。背後に彼女の結界が広がるのに合わせて、悠真は自分の障壁を小さく絞る。大きく守る役を任せられる分、目の前の攻撃だけを受ければいい。
雷が弾けた。白と青の光がぶつかって耳の奥を叩く音がし、吹きつける風に髪が揺れる。それでも足は動かない。魔物が全力を使い果たすまで、こちらは余裕を持って受けていられた。
「いいな。このくらい派手なら、試しがいがある」
声に出して笑うと、結衣が安心したように笑い返す。背後ではガレスの盾がまた重い音を立て、トーマへ攻撃の機会を作っていた。
雷が途切れた瞬間、悠真は障壁を解いて踏み込んだ。
背中は先輩が守っている。光をまとった月鋼剣が三頭目の甲羅を砕き、続けて放った炎が、障壁の向こうで暴れる二頭目を焼き伏せた。
ガレスが押さえた魔物の側面で、セリカの紅蓮剣が閃いた。炎が走ったところへトーマの矢が飛び、その目を貫く。
最後の一頭が崩れ落ちると、広間は静かになった。
「全員、無事か!」
ガレスの声に、入口から返事が続いた。ベラと結衣はもう怪我人を診ていて、リラも大剣を下ろすと悠真へ親指を立てた。
悠真はガレスへ歩み寄った。
「助かった。安心して斬れたよ」
「お前が早く倒したから、こっちも楽だった。いい連携だったな」
悠真は差し出された大きな手をしっかり握った。
ガレスの手には、盾の革帯の跡が深くついている。その手を握ったまま、悠真は次の通路も同じ並びで行こうと誘った。
助けた冒険者たちは、四頭の死骸を見て茫然としていた。
「一頭でも手に負えなかったのに……」
「ガレスさんのところの新入りか?」
一斉に礼を言われたガレスは首を振り、悠真の肩へ腕を回して誇らしげに笑う。
「新入りじゃねえ。今日から俺の頼れる後輩だ。覚えておけよ」
後輩、か。学校では、そう呼んでくれる先輩なんていなかった。
セリカが二人を見て笑った。
「すっかり仲良くなったわね」
「ガレスさん、悠真さんを取らないでくださいね」
リラが真面目な顔で言うので、ガレスは腹を抱えて笑った。
「心配するな。酒を飲む時間を少し借りるだけだ」
「それなら、私たちも一緒に行きます」
結衣が当然のように続けると、ガレスは賑やかな酒になりそうだとまた笑った。
救助した者たちを安全な休憩所まで送ったあと、七人は広間の奥へ戻った。倒した雷甲獣からは硬い甲羅と青い魔石が採れるので、セリカとトーマが使える素材を選び、リラが大きな欠片を集めてくれる。
トーマによると棘の根元にも小さな魔石があるそうで、悠真が甲羅を持ち上げている間に取り出してもらう。出てきた青い石が光ると、リラも自分の拾った欠片を裏返して探し始めた。
ガレスが大盾を下ろし、縁の留め具へ目を向けた。先ほどの衝撃で少し緩んでいるらしい。
「道具はちゃんと見ておくものだな。お前ほど頑丈だと、その癖を忘れそうだ」
「俺も、装備は気に入ってるから壊したくない」
「なら大丈夫だ。好きな物を長く使う奴は、自然と手入れが上手くなる」
留め具は、締めようとすると大盾が傾く位置についていた。トーマが押さえようとしたところで、悠真が片手を差し入れる。
「この高さなら、やりやすいか?」
「助かる。そのまま持っててくれ」
留め具を締めて革帯へ手を通すと、ガレスは自分の腕で重さを確かめてから悠真へ頷いた。
「これでいい。飯を食う時は、こっちの手まで震えるところだった」
「さっきは平気そうに見えた」
「お前たちの前だからな。少しは格好をつけたさ」
思わず噴き出すと、ガレスもつられたように笑い、盾をいつもの位置へ戻した。
悠真も月鋼剣の刃を確かめた。三人に選んでもらう次の剣も、きっと長く使いたくなるだろう。だがまずは、雷鳴の剣を手に入れてみたい。
「その剣の噂、もっと聞かせてくれ」
「深層の広間にあるらしい。守っている獣が強くて、手前で引き返した組がいる。近づくだけで雷が立つとか」
「面白そうだな」
「お前ならそう言うと思った」
ガレスが笑い、ベラは呆れたように首を振った。
休憩を終えて進むと、通路の結晶が先ほどより大きくなった。青白い光の向こうから届く低い咆哮は、雷甲獣の鈍い声より鋭く獰猛だった。
ガレスが盾を構え直した。
「次は雷獣だ。走るのが速い。油断するなよ」
悠真は笑って月鋼剣を抜いた。欲しかった雷を持つ獣が、すぐそこにいる。
リラとセリカが左右に並び、ガレスが短く盾を打って準備ができたと知らせる。頷いた悠真は、青い光の先へ進んだ。
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