第62話 雷を集める盾
雷鳴の迷宮の入口には、青い石で作られた柱が並んでいた。
中へ近づくと、髪の先がわずかに逆立つ感じがする。空は晴れているのに地下から低い雷の音が響いてきて、悠真の目は自然と奥へ吸い寄せられた。
「怖がるより楽しそうだな」
ガレスが横から笑う。
「雷の力は持ってないから。どんなものか見てみたい」
「見るだけで済む顔じゃないぞ」
悠真が笑うと、リラも嬉しそうに頷いた。七人で入口をくぐりながら、トーマは矢を確かめ、ベラは全員へ短い守りの魔法を掛けていく。
最初の層は広い洞窟だった。壁の結晶が明るく、足元は乾いている。遠くを走る光の筋が、魔物のいる場所を教えてくれた。
「浅い層は雷鼠と雷蜥蜴が多い。数に囲まれなければ難しくないが、油断すると痺れて動けなくなる」
ガレスの説明の途中で、壁際の小さな影が目に留まった。鼠と呼ぶには大きいそいつは、こちらを見るなり毛を逆立てる。やる気は十分らしい。
跳ねかかってきた雷鼠を、悠真は月鋼剣の柄で打ち落とした。続く二匹も刃で斬り、光が弾ける前に終わる。
「速いな。お前を前へ置くと、俺の出番がなくなりそうだ」
「ガレスさんにも見せてほしいけどな」
「そのうち嫌でも見るさ」
先輩は頼もしく笑い、奥へ進んだ。
しばらく歩くと、前方から怒鳴り声が聞こえた。
広間の入口に固まった冒険者たちが、鉄の盾を並べて壁にしていた。陰には仲間が一人倒れ、その盾へ岩の上の蜥蜴たちが青い雷を吐きつけている。
雷が走るたび、盾を持つ男たちの肩が震えた。痺れて手が緩んだ男へ、後ろから怒声が飛ぶ。
「隙間を作るな! 雷は盾に集めろ!」
悠真は思わず立ち止まった。盾で受ければ、握る手まで痺れる。それを承知で、倒れた仲間に雷を落とさせないよう踏ん張っているのだ。
「下がれないのか!」
近くの男がこちらを向いた。
「こいつが痺れて動けん! 担いで下がる間、誰かが受け続けなきゃならん!」
「なら、その役は俺がやる」
目を見開いた男へ、悠真は剣を下げたまま続けた。
「俺が間へ壁を出す。合図したら、そいつを担いで下がってくれ」
退く冒険者のためにガレスが大盾を構えて場所を作り、その横で悠真は広間の中へ障壁を張った。吐きつけられた雷が表面を滑り、地面へ散っていく。
「今だ!」
ガレスの声で冒険者たちが盾から手を離し、倒れた仲間を担ぎ上げた。痺れた脚でよろめく男をリラが支え、ベラが入口の陰へ座らせる。結衣も白花の杖を向け、手の傷を癒やし始めた。
悠真は障壁を保ったまま前へ出た。
蜥蜴は岩の上に五頭。ひときわ大きい一頭は、背中に青い結晶を生やしている。雷を吐くたびに結晶が光り、洞窟の空気が震えた。
「セリカ、右を頼む。リラは左から」
「分かったわ!」
「はい!」
二人が散ると、蜥蜴の狙いも分かれた。セリカの炎が岩へ走り、逃げた一頭をトーマの矢が止める。リラは岩ごと叩き割る勢いで大剣を振り、二頭をまとめて吹き飛ばした。
親玉だけが残り、悠真へ雷を向けた。
真正面から迫る青い光へ、悠真は聖光結界を薄く広げた。白い壁へ衝突した雷が、眩しい火花になって散る。腕へ伝わる力は強いが、押し負ける気はしなかった。
「それなら、こっちも遠慮しないぞ」
悠真は炎を絞り、親玉の結晶へ撃ち込んだ。高い音とともに結晶が割れ、蜥蜴が身体を反らす。そこへ風歩で踏み込み、月鋼剣を首へ通した。
重い身体が岩から落ちる。青い光が消え、広間に静けさが戻った。
トーマが口笛を吹いた。
「本当に、手も足も出させないんだな」
「ガレスさんが言ってた通り、浅い層だからな」
「浅くてもあの親玉は十分危ないんだよ」
ガレスが笑いながら、悠真の肩を叩いた。強い者からまっすぐ褒められると、なおさら気分がいい。
蜥蜴のいた岩からは、まだ時々火花が出ていた。そのせいで盾を拾いに行こうとした男が立ち止まっている。悠真が文字を読むと、岩に張りついた小さな結晶に魔物の雷が残っていた。
結晶は障壁で囲み、そこへ火術を細く通して割った。飛び散ろうとした光も囲いの内側で止まり、最後の火花が消えると、ようやく男たちが広間へ入れた。
「足元まで痺れそうで、動けなかったんだ」
「もう平気だ。落とした剣も、あの岩の下にある」
男は盾より先に、痺れた指で取れずにいた仲間の剣を拾った。悠真へ礼を言ってから刃を鞘へ戻すと、その音で仲間たちの顔から緊張が薄れる。
痺れの取れた者たちが盾を拾い集めるうちに、先ほど怒鳴っていた男が悠真へ頭を下げに来た。
「あと何発か受けたら、全員の腕が上がらなくなるところだった。痺れずに受けられる壁なんて、初めて見た」
「代わりに受けるのは得意なんだ。壁なら、何発来ても腕は痺れない」
「この恩は忘れん。命拾いした」
リラが拾って渡してくれた魔石は、深い青色で今までのものとは違う光を宿していた。ガレスによれば、この大きさなら浅い層でもかなり当たりらしい。
「初日からいい稼ぎだな」
「ああ。深いところはもっと期待できそうだ」
悠真が言うと、セリカが隣で笑う。
「もう奥の宝のことを考えてるでしょう」
「せっかく来たからな」
「私たちも楽しみです」
リラが大剣を背負い直すところへ、治療を終えた結衣も悠真のそばへ戻ってきた。
広間を抜ける途中、セリカが壁のくぼみに小さな箱を見つけた。鍵の部分に青い火花が走っていて、近づいたトーマが慌てて手を引く。
「こういうのは、触ると痺れるんだ」
悠真には、鍵に掛けられた仕掛けの文字が見えた。侵入者へ放電する。その短い命令を消すと、火花はすぐに収まる。
「もう開くぞ」
トーマが恐る恐る持ち上げた蓋の下には、磨かれた青い石と銀の指輪が二つ入っていた。大きな財宝ではないが、最初の層で見つけるには十分嬉しい。
「お前と一緒だと、迷宮がずいぶん優しく感じるな」
ガレスが箱の留め金を確かめながら言った。
「奥にも同じ仕掛けがある?」
「ああ。大きい箱ほど厄介なのが多い」
「じゃあ、見つけたら呼んでくれ。俺が開けたい」
「頼りにするさ」
悠真は石を光へ透かした。後で三人に似合う飾りに加工してもいい。使い道を考えながら箱を収納すると、リラが楽しそうに隣へ並んだ。
「宝探し、私も好きになりました」
「一緒に喜べるからな」
そう答えると、彼女は悠真の手を短く握ってから離した。
休憩には、広間から少し離れた乾いた岩場を選んだ。ガレスが見張りに向いた場所を教え、トーマが周囲へ目を配っている。悠真が収納から出したのは、温かい飲み物とパンだ。
「温かいままか。便利だな、それ」
「迷宮でも旨いものを食いたいから」
「同感だ」
ガレスは嬉しそうに杯を受け取った。リラとセリカが肉や果物を配って回る横で、結衣はベラと治癒術の話を始めている。互いの杖を見せ合う顔は、もうすっかり打ち解けていた。
ふと、ガレスの盾に新しい焦げ跡が付いているのが目に入った。
「さっき、退く人を守ってたときに?」
「ああ。全員が下がるまで、少し残ってただけだ」
「雷も怖くないのか」
「怖いさ。腕が痺れたら剣は振れん。だから、受ける場所と時間は選ぶ」
ガレスは杯を置き、少し真面目な顔で続けた。
「盾を持ってると、つい全部受けたくなる。けど、仲間が逃げられたら仕事は終わりだ。お前の壁も、あれだけ止めりゃ十分だった」
悠真は頷いた。ガレスの戦い方を近くで見るのは、やはり面白い。
トーマがパンを頬張りながら笑う。
「俺はガレスさんの盾の音がすると、まだ大丈夫だって思うんだ」
「お前は安心しすぎると前へ出るからな」
「今日は悠真がいるし」
「そうやって調子に乗るな」
ベラに言われてトーマが首をすくめ、ガレスが声を上げて笑った。
休憩を終える前、結衣が悠真の隣へ座り直した。白花の杖を膝に置き、悠真の顔を覗き込む。
「さっきの結界、綺麗だった。私の光が、悠真くんを守ってるみたいで嬉しい」
「実際、助かってるよ。結衣のおかげで攻めやすくなった」
彼女の頬が緩む。その向こうでは、包みを片づけたリラとセリカが、もう次の通路を覗いていた。
ガレスが杯を空け、悠真へ返す。
「地上の茶より、いい匂いがするな」
「宿で気に入ったから、分けてもらった。次も持ってくるよ」
「俺も何か持ってこよう。トーマに任せると、乾パンばかりだからな」
悠真は空いた杯を片づけた。次の戦いでは、この先輩をもっと驚かせたい。まだ手に入れていない雷も、早く撃ってみたい。
奥の通路から、低い獣の唸り声が届いた。
ガレスがすぐに盾を持ち上げ、悠真も腰を上げて三人の顔を見回した。
「休憩は終わりだな。次へ行こう」
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。
感想も楽しみにしています。




