第61話 大盾の先輩
翌朝のギルドで、悠真はすぐにガレスを見つけた。
大盾を背負った三十過ぎくらいの男が、受付の前で笑っている。使い込んだ鎧に片手剣を下げ、顎には古い傷があった。
身体は大きいが、威圧するような立ち方をしていない。受付の若い職員が慌てて落とした袋を拾い、ついでに椅子まで引いてやっていた。
「あの人みたいだな」
悠真が近づくと、ガレスのほうも気づいた。こちらの剣と三人の装備を見て、すぐに笑う。
「お前が悠真か。昨日は訓練場をずいぶん派手にしたらしいな」
「少し壊しすぎたかもしれない」
「壊せと言われて壊したんだろ。気にするな」
差し出された手を握ると、長く武器を扱ってきた分厚い掌の硬さが伝わってきた。
「ガレスだ。よろしくな」
「悠真。こっちはリラ、セリカ、結衣」
三人を紹介すると、ガレスはそれぞれの武器に感心したように頷き、リラの大剣で目を留めた。
「その剣を振るのか。頼もしいな」
「はい。悠真さんにもらったんです」
「そうか。いい仲間を大事にしてるわけだ」
ガレスの言い方は、気持ちがいい。噂の強さを疑うでもなく、三人を品定めするでもなく、まっすぐ褒めてくれる。
彼の後ろから、弓を背負った青年が顔を出した。悠真より少し年上に見え、身軽な革の上着を着ている。
「俺はトーマ。昨日の話、みんなしてるぞ。守護像を一撃で真っ二つだって」
「ああ。片づける時は、斬る時より目立ったけど」
「上半身を抱えて運んだって話も、本当なのかよ」
青年が笑って紹介したのは、隣にいるベラという治癒術師だった。結衣と同じく杖を持った二十代後半くらいの女性で、四人を見渡してから穏やかによろしくと挨拶する。
迷宮の話をするなら腰を落ち着けようということになり、七人は近くの酒場へ移った。朝も開いていて、食事と茶を出す店らしい。
席へつくと、ガレスは大盾を壁へ立て掛けた。いくつも傷の入った縁を悠真が見ていると、彼は盾を軽く叩いてみせる。
「こいつのおかげで、何度も帰ってこられた」
「かなり重そうだな」
「重いぞ。だが、後ろの二人を守るにはちょうどいい」
トーマが苦笑する。
「俺が突っ込みすぎた分も、だいぶ受けてもらってる」
「分かってるなら次は少し控えろ」
ベラに言われてトーマが素直に謝る横で、ガレスは笑って茶を飲んでいる。そのやり取りには、長く一緒に歩いてきた者同士の気安さがあった。
悠真が近くで見せてもらった盾は握りが太く、よく使う場所だけ革の色が薄くなっていた。試しに持ち上げてもガレスは驚かず、こちらの縁を前へ出すと剣が通りやすいのだと教えてくれる。
「雷鳴の迷宮へ行きたいそうだな」
ガレスが本題へ入る。
「ああ。雷を使う魔物も、深層の宝も気になる」
「正直でいい。俺も宝の話を聞けば足が向く」
「危ないからやめろとは言わないんだな」
「強い奴に言っても無駄だろ。なら、面白いところを教えたほうが早い」
悠真はその言葉に笑った。この先輩とは、気持ちよく話せそうだ。
ガレスの話では、雷鳴の迷宮は入口が街から近く、浅い層でも魔石がよく採れる。奥へ行くほど雷を帯びた獣が増えるが、その深層には古い武器が眠り、まだ誰も手にしていない剣まであるという。
「どんな剣だ?」
「雷鳴の剣。名前通り、雷をまとって斬るらしい。俺は奥の広間の噂しか知らんが、お前なら似合いそうだな」
悠真は思わず身を乗り出した。雷をまとって斬る剣。振ったら、どんな音がするんだろう。
「欲しくなった」
「手に入れたら、最初に見せてくれよ。俺も実物を見てみたい」
「店に売る前に?」
「売るのか?」
「いや。気に入ったら、自分で使う」
ガレスはそれを聞いて、楽しそうに頷いた。
「なら、使ってるところも見せてもらえるな」
「剣だけじゃない。稼いだら、四人で住める家も買うつもりだ」
「庭の広いお家です」
リラが加えると、結衣も嬉しそうに笑う。
「同じ家の鍵が欲しいの」
ガレスは一瞬だけ三人の顔を見て、それから豪快に笑った。
「そりゃ、稼ぎがいがあるな! お前、いい暮らししてるじゃないか」
「もっとよくするつもりだよ」
「結構。なら明日、一緒に潜るか。道は俺たちが案内する」
三人へ目を向けると、全員が頷いた。迷宮を知る先輩と行けるなら、見つけられる物も増えるだろう。
「頼む。俺たちも戦う分はしっかりやる」
「期待してるぞ」
トーマが弓の弦を確かめながら、悠真へ身を乗り出した。
「ガレスさんはな、俺が初めて迷宮へ入った日に拾ってくれたんだ。弓ばかり見て、後ろに魔物が来たのも分からなくて」
「それで助けたのか」
「盾で吹き飛ばした。あんな音がするんだって驚いたよ」
ガレスは大した話ではないと手を振ったが、ベラが笑って続ける。
「そのあと、自分の昼食まで食べさせたの。震えてると腹が減るだろうって」
「腹を空かせたまま反省しても、ろくな考えにならんからな」
悠真は、朝の受付で職員に椅子まで引いてやっていたガレスを思い出した。大盾を使う時も、ああいう速さで人の前へ出るのだろうか。明日、早く見てみたい。
「明日は俺も、安心して任せてもらえるようにするよ」
「最初から期待してるさ。楽しく潜ろうぜ」
料理が届くと、話は迷宮以外へ広がった。
ガレスは街の旨い店だけでなく、値段ほど快適でない宿や、見た目ばかり派手な武器店も知っていた。悠真が銀枝亭に泊まっていると言うと、いい場所を選んだと頷く。
「あそこの湯はいい。俺も大きく稼いだ日は泊まる」
「普段は別なのか」
「仲間と借りた家がある。戻る場所があると、迷宮で欲張りすぎずに済む」
ベラが横から口を挟む。
「この人は戻ってからも、次の宝の話をするけどね」
「それは楽しみだから仕方ない」
ガレスにつられて笑いながら、悠真は似たような自分を想像した。家で三人に新しい剣を見せ、次に行きたい場所を話す。そんな夜が欲しい。
リラの大剣を見せてもらったトーマは、持ち上げようとして顔を赤くした。それをリラが片手で支えたものだから、今度は目を丸くしている。
「本当に振れるんだな。明日が楽しみだ」
「思い切り振っても大丈夫な場所なら、すぐ見せられます」
「店を出てから、裏の空き地で見せてくれ。椅子を壊すと、店主に俺まで怒られる」
ガレスが空いた皿をどけたところで、トーマはようやく剣をリラへ返した。受け取った大剣を膝へ戻しながら、リラは空き地に何か的があるかを尋ねる。
食事のあと七人で裏の空き地へ出ると、古い丸太が並んでいた。ガレスが示した一本の前で、リラは大剣を構えて重い刃を短く振る。丸太が上下に分かれ、下半分はそのまま立っていた。
トーマは切り口を覗き込み、さっき自分が持ち上げかけた剣と見比べた。
「明日、お前たちの横に立つのが楽しみになった」
リラのそばへ行った悠真が大剣を鞘へ戻すのを手伝っていると、ガレスは同じ丸太へ盾を当て、訓練ならこう使うと見せてくれた。店へ戻る頃には、主人まで戸口に出てこちらを眺めていた。
昼を過ぎて話が落ち着くと、ガレスは木の杯に少しだけ酒を注いだ。明日は探索だから飲みすぎるなと言いながら、悠真へ一杯渡す。
「ここの蜂蜜酒は軽い。祝いに一口どうだ」
「何の祝い?」
「新しい仲間が増えた祝いだ」
仲間、か。悠真は笑って杯を受け取り、ガレスの杯へ軽く合わせる。甘い香りの酒は飲みやすく、喉の奥が温かくなった。
「旨いな」
「だろう。強い酒だけがいい酒じゃない。気に入った相手と飲めりゃ、それで旨い」
悠真は三人にも少しずつ味を見てもらった。リラは甘いと喜び、セリカはもう少し飲みたい顔をしたが、結衣が明日のためにと笑って止める。
払おうとした悠真を、ガレスは大きな手で制して会計を譲らなかった。
「最初は先輩に格好をつけさせろ。次に宝を見つけたら、お前がいい酒を奢れ」
「分かった。一番いいのにする」
「楽しみにしてる」
店を出ると、午後の光が石畳に伸びていた。ガレスたちは準備の買い物へ向かい、悠真たちはギルドへ探索の予定を伝えに戻る。
道すがら、リラが悠真を見上げた。
「ガレスさん、素敵な人ですね」
「ああ。ああいう先輩がいるのは、いいな」
「悠真くんが楽しそうに話すから、私も嬉しかった」
結衣の言葉に、悠真は頷いた。男同士で夢の話をするのは、こっちに来て初めてかもしれない。
セリカが悠真の腕へ触れる。
「明日は、先輩にも見せてあげましょう。あなたがどれだけ強いか」
「それは俺も楽しみだ」
悠真は迷宮のある方角へ目を向けた。雷をまとって斬る剣が、あの奥で待っている。今度は、頼れる先輩も一緒だ。
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