第60話 迷宮都市に響く名前
グランゼルの冒険者ギルドは、朝から熱気に満ちていた。
壁いっぱいの依頼板の前で冒険者が声を交わし、奥の受付には大きな魔石が積まれている。悠真は珍しい武器や鎧に目を引かれながら、三人と受付へ向かった。
リーデンから来たと伝えると、受付の男が冒険者証を確かめる。悠真の名前を読んだところで、その顔が変わった。
「白霧の迷宮を攻略した、朝倉悠真さんですか」
「そうだけど」
「ギルド長がお待ちしていました。お話があるそうです」
周囲の何人かが振り返った。リラは嬉しそうに耳を立て、セリカは予想通りだと笑う。結衣が悠真の腕へそっと指を添えた。
「もう有名なんだね」
「いい噂なら歓迎だ」
そう答えながら、悠真も悪い気はしない。新しい街で名前が知られていれば、いい依頼も回ってくるだろう。
奥の部屋で待っていたギルド長のイザークは、髪に白いものが混じった、肩幅の広い男だった。机の上には街の見取り図が広げられている。
「ローデンから話は届いている。白霧の主まで倒した者を、いつまでもCに留めておく理由はない」
挨拶を済ませると、イザークはすぐ本題へ入った。
「Bへの昇格を考えている。ただ、この街で戦い方を見せてもらいたい。こちらの冒険者にも、お前たちの実力を知ってもらう機会になる」
「構わない。何をすればいい?」
「訓練場の守護像を壊してくれ」
楽しそうにこちらを見るセリカに、悠真も笑って頷いた。街の者に覚えてもらうなら、分かりやすい戦果がいい。
「壊していいんだな」
「ああ。壊せた者はしばらくいないが」
訓練場へ出ると、知らせを聞いた冒険者たちが集まり始めていた。昨日の店で腕相撲をした男までいて、悠真を見つけるなり仲間を呼んだ。
「見ろよ、昨日の若いのだ。やっぱり相当な奴だったぞ」
集まる視線の中で月鋼剣を抜き、悠真は中央の守護像を見据えた。三人分はある石の身体に、分厚い鉄の板が重ねられている。普通の剣では刃こぼれするだけだろう。
イザークが腕を上げた。
「始めろ」
守護像の目が赤く光り、振り上げられた石の腕から巨大な拳が悠真へ落ちてくる。地面が震えるほどの重さだ。
悠真は逃げずに障壁を出した。
拳が弾かれ、守護像の腕にひびが走る。観客のどよめきを聞きながら、悠真は月鋼剣へ力を通した。手加減して何度も斬るより、一撃で終わらせた方が見栄えがいい。
「ここまでだ」
剣を振り抜く。
銀の光が守護像を横切り、上半身がずれた。重い石と鉄が崩れ落ち、砂が舞う。悠真が剣を収める頃には、像は腰から下だけになっていた。
静寂のあと、歓声が爆発した。
「一撃だぞ!」
「あの守護像を斬ったのか!」
振り返った先で、リラが両手を振り、セリカが誇らしげに笑っている。その横で結衣は胸の前で手を組み、まっすぐこちらを見つめていた。
リラがもっと高く手を振ったので、悠真も手を上げて応えた。
イザークが壊れた像へ歩み寄り、切断面を見下ろす。
「噂より上だな。これほどとは思わなかった」
「三人も見せたほうがいいか?」
「ぜひ見たい。お前の仲間も規格外だと聞いている」
真っ先に前へ出たリラが、別の訓練用の鉄柱へ獣王の大剣を合わせて軽く息を吸う。次の瞬間、太い柱が根元から折れて空へ舞った。
落ちてきた鉄柱を悠真が障壁で受けると、歓声に笑いが混じる。
「すみません、飛ばしすぎました!」
「いいぞ、リラ。よく見えた」
褒められたリラの尾が揺れる。セリカは焼けてもいい標的を確かめてから、紅蓮剣を構えた。一筋走った炎が並んだ石の的をまとめて赤く染め、熱風に観客が後ずさる。
飛び散った火の粉と石片を受け止めたのは、結衣が白花の杖で訓練場の端に張った結界だ。光の壁の内側では、草一本焦げていない。
「凄いな。攻めも守りも揃っている」
イザークの声に、誇張はなかった。戻ってきた三人を迎えたところで観客に名前を尋ねられ、悠真は一人ずつ紹介した。自分に続いて三人の名も呼ばれ、口元が緩む。
訓練が終わっても、冒険者たちはなかなか散らなかった。剣を見せてほしい、どの迷宮で手に入れたのか、どこで訓練したのか。質問がいくつも飛んでくる。
悠真は答えられる範囲で話した。書記のすべてを人前で説明する必要はないが、強さを隠すつもりもない。
「一緒に戦いたいときは、ギルドを通して声を掛けてくれ」
そう言うと、何人もの冒険者が頷いた。いい依頼も面白い話も、人が持ってくる。ここで顔をつないでおいて損はない。
守護像の片づけに来た職員たちが、切断された上半身の前で立ち止まった。小さく砕いてから運ぶつもりらしく、鑿と木槌を何本も並べている。
「そのまま運べば、次の的に使えるんじゃないか」
悠真が尋ねると、職員は困った顔をした。
「こんな大きさでは、運ぶ台に載せようにも持ち上がりません。この鉄板だけでも、四人でやっとです」
「なら、俺が持っていく」
腰を落とし、石と鉄の塊を抱え上げる。手が沈まない位置を選べば、重さに困るほどではない。大きな塊が悠真の胸の前へ上がると、帰りかけた冒険者たちまで足を止めた。
「倉庫はどっちだ?」
「奥です。……そのまま持っていけるんですか」
「砕いて運ぶより早いだろ」
職員に案内されて歩き出す悠真を、ほかの職員たちは使わずに済んだ木槌を抱えたまま見送っていた。
戻ると、セリカが腕を組んで待っていた。
「少し得意そうね」
「そりゃそうだろ。俺も、強いって言われるのは好きだ」
「知ってる。そういう顔、私も好きよ」
すれ違いざまに小声で言われ、悠真の気分はさらによくなった。
午後にはBの冒険者証を受け取った。
受付の男は、今までの証では受けられなかった探索依頼をいくつか示した。その中で悠真が選んだのは、雷鳴の迷宮の深層から素材を持ち帰る依頼だった。
「先に出た組でも、途中までだそうです。見つけた場所は教えてもらえますよ」
「なら、俺たちはその先も見てくる」
悠真が答えると、近くにいた冒険者から楽しみにしていると声が掛かる。片手を上げて応えてから、新しい証をしまった。
「昇格祝いをしよう」
悠真が言うと、リラがすぐ食べたい物を挙げ始め、セリカは昨日とは違う店へ行きたいと言う。料理より悠真の隣に座れるかを気にしているのが、結衣らしい。
ギルドの扉を出る前に、受付の男が声を掛けた。
「雷鳴の迷宮へ興味があるなら、ガレスさんへ話してみるといいですよ」
「ガレスさん?」
「Aランクの冒険者です。あそこをよく知っていますし、面倒見のいい人ですから」
近くにいた別の冒険者も頷いた。
「大盾を持った、顎に傷のある男だ。腕もいいが、一緒に行くと安心できる。仲間を置いて逃げる奴じゃない」
悠真はその名を覚えた。自分より長く迷宮を歩いてきた者と話せるなら、聞きたいことはある。強い先輩がどんなふうに戦い、何を楽しみにしているのかも気になった。
「明日は来るのか?」
「朝に寄るはずです。伝えておきましょう」
「頼む」
まぶしい日差しの中へ出ると、結衣が悠真の隣へ並んだ。
「格好よかった。本当に」
「この前から何度も言ってくれるな」
「何度でも言いたいから」
セリカが反対側から覗き込む。
「私たちのことも自慢したそうな顔をしてたわね」
「自慢したいよ。あれだけ強くて可愛い三人が、俺の仲間なんだから」
リラが嬉しそうに声を上げた。セリカは赤くなった顔で、もう料理の店を決めたのかと話を変える。
昇格の報酬まで手に入ったのだから、四人で気持ちよく使いたい。祝宴には昨日より大きな肉の皿を頼み、果実酒もいいものに変えた。
リラが杯を持ち上げる。
「悠真さんのBランクに!」
「私たちの新しい街にも」
「これからも、一緒に」
セリカと結衣が続け、悠真も杯を合わせた。
雷を吐く獣や深層の宝物の話をしているうちに、大皿はあらかた空になっていた。悠真は三人の顔を見回した。
「明日は、ガレスさんって人に会いに行こう」
まだ見ぬ先輩も、迷宮の宝も楽しみだ。悠真は最後の一口を飲み、上機嫌で杯を置いた。
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