第57話 白花の杖を君に
宝物店の扉を開けると、細い鈴が涼しい音を立てた。
宿場町の大通りから一本入った店は、小さいながら手入れが行き届いている。壁に並ぶ剣も杖もよく磨かれ、窓から入る朝の光を受けて輝いていた。
悠真の隣で足を止めた結衣の視線の先に、白い花をかたどった杖があった。枝のような銀の柄の先で、半透明の花弁が重なっている。
「綺麗」
「持ってみるか」
悠真が店主へ頼むと、白髪の男は慎重に杖を下ろした。
「白花の杖だ。治癒術師には扱いやすいが、花を開かせるほどの魔力を持つ者は少ない」
「花が開く?」
「力が馴染むと、先端の石が光る。使い手を選ぶ杖でね」
結衣が両手で受け取ると、これまで握っていた旅の杖よりずっと似合って見えた。白い服と黒髪に、淡い銀色がよく映える。
悠真がそう伝えると、結衣は照れたように目を伏せた。
「悠真くんが選んでくれたなら、これがいい」
「自分でも気に入ったんだろ」
「うん。すごく」
結衣が魔力を通すと、花弁の内側に光が灯った。淡い輝きは次第に強くなり、つぼみのように閉じていた石の間へ白い線が走る。
店主が息を呑んだ。
「まさか、本当に……」
花が開いた。
硬い石でできているはずの花弁が、生きた花のようにゆっくり形を変えていく。あふれた光が店の天井へ広がり、吊るされた飾りを白く染めた。
「結衣にぴったりだな」
贈る相手が喜び、杖のほうまでそれに応えている。こういう買い物なら、値段を聞く前から欲しくなる。
「これをください」
「いいの? 高いかもしれないよ」
「気に入った物を使ってほしい。昨日、そう約束しただろ」
店主が告げた値段は、確かに普通の旅人ならためらう額だった。それでも白霧の迷宮の財宝も街道で稼いだ報酬もあるので、悠真は迷わず収納から金貨を出した。大事な相手に似合う杖を、値切ってまで手に入れるつもりはない。
支払いを済ませると、結衣は杖を胸へ抱いた。
「大切に使うね」
「ああ。見せてもらうのが楽しみだ」
リラが結衣の周りを半周して、花の部分を覗き込む。
「光ってると、本当のお花みたいです。結衣さんの匂いにも合ってます」
「匂い?」
「優しくて、甘い感じ」
少し戸惑ってから結衣が笑うと、セリカも頷いた。
「戦うときにも映えそうね。あなた、光の使い方が綺麗だし」
「二人ともありがとう。次の戦いは、もっと頑張る」
悠真は店を見回し、セリカが気にしていた剣帯も選んだ。彼女は値札を見るなり、そこまでしなくていいと言いかける。
「昨日、一緒に装備を選ぶって約束した」
「選ぶとは言ったけど、買ってくれとは」
「俺が買いたいんだ。受け取ってくれ」
セリカはしばらく悠真を見て、それから赤くなった頬を隠すように剣帯を持ち上げた。
「……なら、これ。使いやすそうだし」
リラには大剣を背負うための柔らかな肩当てを選ぶ。闘神の力があっても、普段の装備は心地よいほうがいい。さっそく着けてみた彼女は、耳を大きく揺らしながら悠真へ背を向けた。
「これ、見てください。前よりずっと楽です」
悠真が留め具を確かめていると、彼女の尾が脚に触れた。振り返ったリラが、少し照れた顔で笑う。
「戦うときも、悠真さんに守ってもらってる感じがします」
「歩きやすくなったならよかった。今度の迷宮でも、隣を任せるよ」
肩を動かしても大剣が前より揺れないので、リラは満足そうに店主にもよく合うと伝えた。
三人へ贈り物をする悠真を見て、店主は感心したように笑った。
「若いのに、ずいぶん稼いでいるようだ」
「まだ欲しい物はたくさんあるんです」
「なら、グランゼルはいい街だ。強い者ほど夢を買える」
いい言い方だ。強ければ強いほど、欲しい物が手に入る。俺たち向きの街じゃないか。
店を出ると、隣の店先で老人が木箱を持ち上げようとしていた。腰が大きく曲がっていて、箱を膝まで上げては下ろしている。
悠真が代わりに箱を抱えると、老人は腰をさすって笑った。
「すまんね。四十年この腰と付き合ってるが、近頃は箱一つでこの有様だ」
結衣が白花の杖を握り直し、一歩前へ出た。
「あの、少しだけ治させてもらえませんか。この杖で、まだ誰も治したことがなくて」
「治す? 古傷みたいなもんだよ」
「古くても、やってみたいんです」
老人が戸惑いながら頷くのを待って、結衣は杖を向けた。花弁の先から降る柔らかな光は、これまで掌から出していた光より広く深く届く。
光は腰だけでなく、膝や肩まで包んでいった。杖の働きが結衣の力を導き、彼女が望む場所へ迷いなく運んでいる。
「背中が、温かい……」
老人の体がゆっくり起き上がった。曲がっていた腰が伸びていき、最後には悠真と目の高さが並ぶ。
一番驚いた顔をしているのは、本人だった。
「わしは、こんなに背が高かったのか」
見ていた通りの人々から、笑い声と歓声が上がった。
「聖女様だ」
「爺さん、背が伸びたぞ!」
杖を抱いた結衣が悠真を見る。花弁の先の光は静かに消えても、彼女の顔には満足そうな笑みが残っていた。
「どうだ、使いやすいか」
「すごく。手が伸びたみたいに、治したい場所へ届くの」
「買って正解だったな」
結衣は大きく頷いた。老人が礼を言おうと財布を取り出すと、彼女は首を振る。
「今日は杖を贈ってもらったお祝いだから。元気に歩いてくれたら嬉しいです」
財布を収めた老人が、悠真の抱えていた木箱を開ける。中には果実の瓶詰めが並んでいた。礼ではなく祝いだと言われて、結衣も今度は素直に受け取る。瓶の中をじっと見つめるリラには、老人がもう一つ持たせてくれた。
「四人で食べてくれ。明日からは、この箱も自分で運べる」
出発の馬車へ向かう頃には、通りの人々が四人に笑顔を向けるようになっていた。結衣は少し恥ずかしそうにしていたが、杖を抱く手は誇らしげだ。
その姿を眺めているうちに、悠真は自分ももっといい剣が欲しくなった。月鋼剣に不満はないが、迷宮都市にはまだ見たことのない武器があるだろう。強敵を倒して手に入れた剣を、三人の前で抜いてみせたい。
「悠真くん、何を考えてるの?」
「次は俺の装備も探そうと思って」
「一緒に選ぶ」
結衣が即座に答えた。
「私たちが選んだら、悠真さんも大事にしてくれますか?」
リラに聞かれ、もちろんだと頷く。セリカは面白そうに腕を組んだ。
「なら、簡単には決められないわね。強くて格好よくて、悠真に似合う物を探さないと」
セリカはまず、月鋼剣のどこが好きかを悠真へ尋ねた。
「軽くてよく斬れる。それと、抜いた時のこの色」
人のいない店先で少しだけ刃を抜くと、朝の光が淡銀の面へ映った。リラが頷き、柄が黒いのも好きだと言う。結衣は鞘へ戻した時の悠真を見てから、次も握った姿を見て選ぶと決めた。
「飾ってある時だけ格好よくても、違うものね」
「そうだな。持ってみてから、三人の意見を聞くよ」
悠真が約束すると、セリカは向こうの街では店を何軒も回ることになりそうだと言った。
午後の街道は、なだらかな登りへ変わった。
結衣は新しい杖を手放さず、馬車が揺れるたびに花の部分を確かめている。悠真が収納へ預かろうかと聞くと、彼女は首を振った。
「もう少し、持っていたいの」
「分かった」
リラは大剣を背負ったままでも荷台へ座りやすいと言い、セリカは新しい剣帯の留め具を一段緩めた。結衣がそれを見て杖の置き場に迷ったので、悠真は自分の隣を空けてやった。
山道へ入ると、風が少し強くなった。遠くに高い城壁が見えるはずだと御者は言ったが、今は尾根が邪魔をしている。
やがて、御者が急に手綱を引いた。道の先で路肩が大きくえぐれ、折れた柵が谷へ垂れ下がっている。土はまだ湿っていて、崩れたばかりらしい。
馬車を飛び降りてえぐれた縁へ近づくと、わだちが崩れた土の向こうで途切れていた。
リラの耳が崖のほうへ向く。
「下から、人の声がします」
結衣が白花の杖を構える横で、悠真は崖際まで進んで下を覗いた。
狭い岩場に商隊が取り残されている。その上の斜面では土に亀裂が広がり、大岩がいくつも谷側へ傾いていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。
感想も楽しみにしています。




