第51話 四人で歩く街道
結衣は悠真の手を握ったまま、返事を待っていた。
朝の光の中、リーデンの門を荷車が通り抜けていく。門番は先ほどの抱擁を見ていたらしく、こちらへ気を利かせた笑みを向けていた。見送られる前に、きちんと話しておくことがある。
「一緒に行くなら、二人のことも知ってもらおうか」
「うん。よろしくお願いします。悠真くんがお世話になりました」
綺麗なお辞儀に続いた言葉が、もう家族の挨拶に聞こえた。リラの耳がぴんと立つ。
「リラです。悠真さんの仲間で、恋人です」
「セリカ。同じく仲間で、恋人よ」
二人とも、そこを曖昧にする気はないらしい。ここまで追ってきてくれた相手に隠したまま旅を始めたくないのは、悠真も同じだ。
「二人は大事な人なんだ。一緒に来るなら、そこは知っておいてほしい」
リラとセリカを順に見るうちに、結衣の笑顔が一瞬だけ薄くなった。何を考えたのかまでは、悠真には分からない。
「……うん。悠真くんを独りにしないでくれて、ありがとう」
結衣がそう言うと、リラの耳が少し下がった。
「悠真さんが、私を独りにしなかったんです」
「私も助けてもらった側ね」
「そうなんだ」
握った手に力がこもり、結衣は悠真へ向き直った。
「私も一緒に行きたい。回復も結界も使えるから、役に立てると思う。置いていかれるのは、もう嫌なの」
「無理に役に立とうとしなくていい。来たいなら歓迎する」
「本当に?」
「ああ。四人でグランゼルへ行こう」
結衣は息を吸って、それから嬉しそうに笑った。教室で見かけていた笑顔より、ずっと近くて柔らかい。
「それと、白瀬じゃなくて結衣って呼んでほしいな。こっちで名字を呼ぶ人、悠真くんしかいないもの」
「……結衣」
口にした途端、耳まで熱くなった。目を細めた結衣は、もう一度呼んでとは言わずに指先で握り返してくる。
旅の仲間に入れてもらえたことを、結衣は門番にまで嬉しそうに伝えている。悠真は頬をかきながら、見知らぬ相手へ自分との旅を自慢する声を聞いていた。
王宮を出されたときは、自分を探しに来る者がいるなど想像もしなかった。聞きたいことはある。だが今は、ようやく追いついた彼女を急がせたくない。
門を出ると、道の両側に背の高い草原が広がった。先の欠けた古い木の杖だけは手放さない結衣も、預かっていた大きな旅行鞄が収納へ消えるのには目を見張った。
「こんなことまでできるんだ。悠真くん、すごいね」
「歩く分には楽だろ」
「うん。手も空いたし」
収納を使う間に離した手を、結衣が当然のように握り直す。すると、リラが反対側へ並んだ。
「私も空いてます」
「あなたは最初から空いてたでしょ」
そう笑うセリカも、悠真のすぐそばから離れようとしない。これで両手まで取られたら、道幅いっぱいになりそうだ。街道には荷車も行き来している。
「狭いところでは離そうな」
「広いところならいいのね」
セリカが悠真のマントの裾をつまむ。結局、門から見える距離を抜けるまで、四人は寄り合って歩くことになった。
リラが話し始めたのは、道沿いの林に入ってからだ。青銅の迷宮で手に入れた大剣のこと、白霧の迷宮の寒さ、街の肉屋で売っていた焼き串のこと。戦いより食べ物の話になると声が弾む。
結衣は相槌を打ちながら、悠真の顔も見ていた。
「ちゃんと食べてたんだね」
「今は食べすぎを心配するくらいだ」
「私のことですか?」
リラが真剣に聞くので、悠真は笑って首を振った。
「俺もだよ。昨日の肉、旨かったしな」
「今日のお昼もありますよ」
その一言で、結衣が少しだけ急いで自分の話を挟む。
「私もパンを買ってきたの。悠真くん、甘すぎないほうが好きでしょう。胡桃が入ってるのにした」
「よく知ってるな」
「覚えてるよ」
短い返事なのに、目が嬉しそうだった。悠真は専門学校での昼休みを思い出そうとしたが、結衣と弁当を食べた記憶はない。どこかで見ていたのだろうか。
問いかける前に、林の切れ目の畑から男たちの掛け声が聞こえた。三人の男が縄を引き、畑の真ん中から何かを抜こうとしている。土から覗いているのは、樽ほどもある白い蕪の頭だった。
「駄目だ。村じゅう呼んでこないと抜けんぞ、こりゃ」
年上の男が縄を放り出して汗を拭う横で、結衣が目を丸くしていた。
「おおきなかぶ、だ」
「教科書に載ってたやつか」
「うんとこしょ、どっこいしょ」
小声で節をつける結衣に、悠真は吹き出した。手伝いましょうかと声を掛けると、男たちは顔を見合わせる。
「兄ちゃん一人足しても、変わらんと思うが」
畑へ入った悠真は、蕪の葉の付け根を片手でつかんだ。身体強化を少し働かせれば十分だ。軽く腕を引くだけで土が盛り上がり、巨大な蕪が根ごと抜ける。男たちがそろって口を開けた。
「抜けた……。いや、それより、片手で……」
「うんとこしょ、は要らなかったな」
男が何度も礼を言う横で、結衣は悠真の手を取った。
「痛くない?」
「平気だ。これくらいなら」
「そっか」
指先を確かめる顔が、ひどく近い。セリカが結衣の肩越しに覗き込んだ。
「悠真は岩竜の突進も受け止めるわよ」
「岩竜?」
「はい。私、あのときは本当にどきどきしました」
リラが頬を染めて言うと、結衣は悠真の手を離さず頷いた。
「あとで詳しく教えて。全部、聞きたい」
礼に蕪を丸ごと渡されそうになったが、さすがに断った。代わりに畑の端の木から林檎をもらい、四人は昼の休憩に向いた草地へ出た。
川に近く、風が心地よい。悠真が敷物を広げる間に、三人は食べ物を取り出した。リラは肉の包み、セリカはチーズ、結衣は胡桃のパン。机がなくても、かなり豪華な昼食になる。
「悠真さん、ここへ座ってください。日陰です」
「悠真くんは川が見えるほうが好きじゃない?」
「まず食べ物を置きましょうよ。あなたたち、座る場所で昼が終わるわ」
そう言ったセリカが、敷物の中央へ自分の包みを置いて川に近い側へ座る。食べ物を挟んだ向かいに悠真が腰を下ろすと、待っていたようにリラと結衣が両側を取った。呆れたように眉を上げたのはセリカだ。
「私は正面なのね」
「顔が見える」
悠真が言うと、セリカは一度口を閉じた。
「……そういうことを普通に言うの、ずるい」
それでも機嫌よくチーズを切ってくれる。結衣の用意したパンに挟むと、香ばしい胡桃と塩気がよく合った。
「旨い。よくこのパンが買えたな」
「宿の人に聞いたの。悠真くんに会えたら、一緒に食べたかったから」
「じゃあ、願いが一つ叶ったな」
「一つだけじゃ足りないよ」
笑い声に隠しきれない真剣さがある。悠真が彼女を見ると、結衣はパンを半分に割ってこちらへ差し出した。
リラも負けじと焼いた肉を取り分けるので、二人がかりで皿はすぐいっぱいになった。セリカまで林檎を切り始めたところで、とうとう悠真の両手が上がった。
「全部食べるから、三人も食べてくれ」
「はい。悠真さんの隣だと、何でもおいしいです」
リラが肉にかぶりつく。その満足げな顔を結衣が見つめ、やがて自分もパンを口へ運んだ。
食後に悠真が淹れた温かい茶を、結衣は両手で包むように受け取って深く息を吐いた。
「やっと、ここまで来られた」
その声は三人へ聞かせるつもりではなかったのかもしれない。
風が冷たくなってきたので、彼女の肩へ自分のマントを掛けてやった。その布を握った結衣が、今度は悠真の肩へ額を寄せてくる。
「少しだけ、このままでいい?」
「ああ。出発まで休もう」
リラが川のそばで器を洗っている間に、包みを畳んでいたセリカが残ったチーズを悠真へ渡した。
「これは夕方の分。今、食べきらないでね」
「分かった。夕方も頼むよ」
セリカが満足そうに頷く。悠真は結衣の頭を肩に乗せたまま、空いた手で包みを収納へしまった。
休憩を終え、結衣から返されたマントを羽織って歩き出すと、道端に宿場の料理を描いた看板があった。湯気の立つ鍋を見つけたリラの耳が動く。
「リラさん、あの鍋が気になる?」
「はい。大きいお肉が入ってます」
「私も。雨が降ったら、温かいものを食べたいな」
結衣につられて見上げると、さっきまで白かった雲が行く先で暗く重なっている。看板に書かれた次の宿場までの距離が、急に気になった。
セリカが雨具を出そうとしたところへ、林の奥から獣の唸り声が響いた。
リラの耳が別の向きに立ち、ほとんど同時に悠真も道の先に揺れる赤い目を見つけた。荷車のわだちを越えて、牙の長い獣たちがこちらへ出てくる。
結衣を加えた最初の戦いだ。
「二人はいつも通りで頼む。結衣、そばにいてくれ」
「うん。今度は、ちゃんと見てる」
悠真が月鋼剣を抜くと、並んだ三人の気配が頼もしく揃った。
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