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第48話 白霧の王より強く

 白い獅子は、小さな家ほどもある体で三人を見下ろしていた。

 前脚が床へ触れると、そこから氷の花が広がっていく。

 悠真は月鋼剣を構えた。

 でかい。これは、倒しがいがありそうだ。


「二人とも、いけるか?」

「もちろんです」

「あなたと一緒ならね」


 二人の返事に、自然と口の端が上がる。

 獅子が咆哮する。

 白い息が大広間を埋めた。壁から氷の柱が伸び、入口の扉が音を立てて凍りつく。逃げ道を塞ぐつもりだろう。

 だが、三人の足は止まらなかった。

 完全耐寒が、冷たさの牙を消している。


「その息は、もう効かない」


 悠真は火球を八つ浮かべた。

 同時に放った炎が獅子へ殺到する。だが白いたてがみに触れた瞬間に見えない壁のような物で弾かれ、左右へ散って床を赤く染めた。

 守りもあるらしい。

 悠真はさらに大きく笑った。

 正面から、破ってやる。


 獅子が跳んだ。

 巨体が信じられない速さで迫り、振り下ろされた前脚を悠真は重ねた障壁で受けた。最初の二枚が砕け、三枚目が軋む。

 床が足元で割れた。

 力はある。けれど、悠真の身体強化はまだ上げられる。

 自分の能力へ意識を通して腕と脚へ力を満たすと、重かった圧力が少しずつ扱える重さへ変わっていく。


「押し返すぞ」


 月鋼剣で前脚を弾いた。

 獅子の胸が浮いたところへ、リラが入った。獣王の大剣が脚を打ち、守りの光が砕け散る。

 そこへセリカが炎を叩き込んだ。

 紅蓮剣の熱にたてがみを焼かれ、獅子が初めて痛みの声を上げる。

 悠真は風歩で頭へ迫り、額の冠へ剣を振った。

 氷と刃がぶつかり、青い光が弾ける。冠の端は砕けたものの、獅子はすぐさま首を振って悠真を払い落とそうとした。

 障壁を足場にして着地するなり、悠真は次の一撃へ移った。

 爪が星銀のマントをかすめたが、布に光が走って衝撃が薄く散った。拾い物にしては、いい装備だ。にやりとしたまま、月鋼剣を獅子の肩へ突き込む。

 深く入る。

 赤い血が白い毛を染めた。


 獅子の目が、青から赤へ変わった。

 周囲の氷が砕け、破片が空中へ浮く。長い槍のような氷が、何十本も三人へ向いた。


「後ろへ!」


 悠真は二人の前へ障壁を広げた。

 氷の槍が降る。

 硬い雨を受けるような音が大広間へ響く。防御を保ったまま、別の意識で火球を作った。並列記述の文字が、鮮やかに光っている。

 一つずつ防いでいたら、攻撃する暇がなかっただろう。

 いまは違う。

 防御の向こうへ、炎を十二個並べる。


「セリカ、炎を重ねられるか?」

「やってみる!」


 紅蓮剣から伸びた炎が悠真の火球と混ざり、赤い光が一段と強くなる。

 リラは大剣を両手で構え、前へ出る瞬間を待っている。

 悠真は獅子の守りの文字を読んだ。冷気を集めて障壁にする。ならば、熱で削りながら力で割ればいい。

 獅子は悠真の動きを見ていた。氷の槍を撃ち尽くすと、残った柱を前脚で砕き、巨大な塊を飛ばしてくる。

 押し広げた障壁に当たって塊が砕け、細かな氷が銀のマントの前を流れていく。普通なら、目を開けているのも難しい攻撃だろう。

 その向こうの赤い目を、悠真はまっすぐ見据えた。


「力比べなら、付き合うよ」


 炎の数を増やすより、一つずつを強くする。並列記述を保ったまま火術の出力を上げると、足元の氷が溶けて三人の影が壁へ大きく伸びた。

 セリカが嬉しそうに息を弾ませた。


「私の炎まで、こんなに大きくなるのね」

「もっといける。二人の力も借りるぞ」

「全部使ってください!」


 その声に押されるように、最後の記述が整った。獅子の守りも、広間を埋める冷気も、これから一緒に吹き飛ばす。二人の前で、一番派手に決めてやる。

 火球を一斉に放った。

 炎が獅子を包む。青い守りの膜が白く濁り、細かなひびを走らせた。


「リラ!」

「はいっ!」


 彼女が飛び込んだ。

 大剣が、守りの正面へ落ちる。

 大広間を震わせる音がした。光の膜が砕け、獅子の胸が露わになる。

 悠真はそこへ走った。

 月鋼剣へ火術を通し、身体強化をさらに引き上げる。脇からは、セリカの炎が獅子の頭を押さえ込んでいた。

 がら空きの心臓へ、悠真は迷わず刃を突き立てた。

 巨体が激しく震える。

 獅子は最後の咆哮を上げようと口を開いたが、声は出なかった。悠真が剣を引き抜くと前脚が折れ、白い王は床へ沈んだ。

 氷の冠が割れた。

 冷たい風が、急に弱くなる。


 悠真はしばらく、倒れた獅子を見ていた。

 勝った。

 強い相手だったが、三人で押し切れた。体のどこにも痛みはない。

 次は、もっとでかいのとやりたい。

 リラが腕へ飛びつく。


「勝ちました! 悠真さん、すごいです!」

「リラもよくやった。あの守り、見事に砕いたな」

「はい。悠真さんの道を開けました」


 彼女は満足そうに笑った。セリカも反対側へ来て、悠真の頬へ手を添える。


「今度は傷、増えてないわね」

「約束通りだろ」

「ええ。褒めてあげる」


 短く唇が触れた。腕にしがみついたままのリラが「ずるいです」と頬を膨らませる。広間には、溶けた氷から落ちる水滴の音が残った。


 獅子の胸から出た魔石は、両手で抱えるほどあった。

 澄んだ青の中に白い光が巡っている。氷の冠の欠片にも魔力が残り、牙や爪は立派な素材になりそうだった。

 割れた冠のうち、形の残った大きな欠片は別に収めておく。ギルドで見せれば、この獅子の大きさがよく伝わるだろう。

 主を失って、広間の壁を覆う氷も溶け始めていた。

 水の落ちる音に混じって、硬い物が床へ転がる音がした。駆け寄ったリラが声を上げる。


「悠真さん、箱です! 氷の中から出てきます!」


 厚い氷の奥に、古い箱がいくつも閉じ込められていた。獅子がこの広間を凍らせた時、置かれていた物ごと飲み込んだのだろう。転がり出た一つは蓋が割れ、金貨と宝石がこぼれている。

 悠真は思わず笑ってしまった。セリカも同じ顔をしている。


「溶けるのを待ってたら、日が暮れるわね」

「待たない」


 悠真が火術を広げて壁の氷をまとめて溶かすと、湯気の向こうから箱が次々に転がり出てきた。


「悠真さん、獅子を見た時より嬉しそうです」

「そりゃ、こっちは殴ってこないからな」


 悠真は箱を収納しながら、二人の能力へ意識を向けた。

 今日の戦いで、闘神(とうしん)と焔姫(ほむらひめ)の力の通り方がよく分かった。記述を少し整えれば、二人とももっと力を出せる。体への負担も増えないはずだ。

 そう話すと、リラは迷わず手を出した。


「お願いします。もっと悠真さんの役に立ちたいです」

「私も。さっきより大きな炎、出してみたい」


 悠真は闘神と焔姫の記述を整え、二人が望む時にさらに強い力を引き出せるようにした。

 リラが大剣を軽く振り、セリカが手の上へ炎を咲かせる。


「軽いです!」

「火が、思ったところへぴたりと来る」


 セリカは残った冠の欠片を三つ並べた。


「離れた場所へ、同じ強さで火を出してみたいの」


 悠真が見守る前で、彼女は一つずつ炎を走らせる。最初は端だけが溶け、次は中央まで穴が開いた。最後には三つの欠片へ同時に細い炎が通り、同じ大きさの穴が残る。


「これなら、近くに仲間がいても狙えるわ」


 リラも獅子の倒れた場所から離れ、折れた氷柱へ大剣を振った。重い柱が真っ二つになっても、振り抜いた刃はその場でぴたりと止まる。


「勢いをつけても、戻すのが楽です。次はもっと速く斬れます」

「街に戻ったら、二人の訓練にも付き合うよ。今の動き、明るい場所でもちゃんと見たい」


 悠真の言葉に、リラがすぐ手を上げた。


 帰り道の氷は、ところどころ溶け始めていた。

 塞がれていた通路が見え、吹雪の層の風も穏やかになっている。主を倒した変化は、すぐに迷宮へ広がっているようだった。

 三人は戦利品を抱える必要もなく、軽い足取りで戻っていく。

 リラが悠真の手を握った。


「帰ったら、何を食べますか?」

「肉。今日は特にいいやつ」

「甘い物もね」


 セリカが反対側へ並ぶ。


「それから、お風呂に入りたい。温かい湯に、ゆっくり」

「全部やろう」


 階段の途中で、リラが冠の欠片をもう一度見たいと言い出した。小さいものを出して彼女の掌(てのひら)へ載せてやると、三人がかりで砕いた氷は外の明かりを受けて青から透明へ色を変えた。

 リラが今日の一撃を真似して腕を振り、それを見たセリカが笑う。二人の声を聞きながら、悠真は階段の上に見えてきた出口へ足を速めた。


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