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第47話 氷の道を開ける

 氷の割れ目は、人が一人やっと通れる幅だった。

 目を凝らすと、奥の青い明かりの下で鎧を着た影が動いている。その向こうから聞こえてくるのは、人の悲鳴だ。

 狭い場所で順番に戦う必要はない。


「少し広げる」


 悠真が月鋼剣(げっこうけん)で斬りつけると、氷壁に白い亀裂が走った。そこへ火術を流し込んだ途端、硬い壁が内側から弾ける。

 砕けた氷を障壁で押しのけ、三人並んで通れる道を作る。

 物音に、奥にいた鎧の魔物が振り返った。両手に大きな斧を持ったのが六体。その後ろで、四人の冒険者が追い詰められている。

 悠真は風歩で間へ入った。

 振り下ろされた斧を月鋼剣で受ける。重い衝撃が腕へ伝わったが、押し負ける気はしない。刃を返すと、斧の柄ごと敵の肩が割れた。


「助けに来た。後ろへ下がってくれ」


 冒険者の一人が目を見開く。


「どうやって、壁を」

「あとで話す。今は危ない」


 話している横で、リラの大剣が隣の魔物を薙ぎ倒した。続けて走ったセリカの炎が、その先の二体をまとめて包む。

 残った二体は、冒険者たちへ向きを変えた。

 悠真が割り込ませた障壁に、振り上げた斧がぶつかって止まる。そこへ火球を撃ち込むと、氷の鎧が赤く光って中の黒い骨が崩れた。

 戦いは、悲鳴がやむより早く終わった。

 悠真は剣を下げ、四人の顔を見た。


「怪我は?」


 年配の男が腕を押さえている。隣の女性は片足を引いていたが、立ってはいた。他の二人は疲れきっているものの、大きな傷は見えない。


「歩ける。あんたたちが来なきゃ、もう無理だったが」


 男の声が震えていた。

 悠真が出した水と薬をリラが包帯と一緒に配っていく。セリカの灯した火の周りへ寄るうちに、四人の荒い息もようやく落ち着いてきた。


 彼らは異変が起こる前から、下層へ入っていたという。

 帰ろうとしたところで通路が氷に塞がれ、別の道を探しているうちに迷った。昨日からは魔物に追われ、ほとんど眠れていなかったらしい。


「壁を叩いても、削った分だけ凍り直すんだ」


 男が悠真の作った出口を見る。


「それを、あんな一息で」

「力を込めれば開いた。奥に原因がありそうだな」

「原因なら、奥にいる。白い獅子(しし)だ。頭に氷の冠みたいなのをつけてる。大広間で見たとき、息をするだけで体が凍りそうになった」


 話している途中で、若い男が悠真のマントへ目を留めた。青い明かりを受けて、銀の糸が星のように光っている。


「それ、どこで手に入れたんだ?」

「この迷宮の宝物庫だ。氷の巨人が扉を塞いでた」

「宝物庫……。俺たちは、壁一枚開けられなかったのに」


 割れた氷壁と悠真を何度も見比べてから、若い男は深く息を吐いた。


「本当に、英雄っているんだな」


 悠真は顔がにやけるのをこらえたが、否定はしなかった。


「その調子で、帰ってからも話してくれ」

「いくらでも話すよ。みんな、信じないだろうけど」


 年配の男が呆れ顔で若い男の頭を小突くと、四人の間にようやく小さな笑いが戻った。空いた器へ水を注ぎ足しながら、悠真は主のいる奥へ目を向ける。

 この寒さを生んでいる主。倒せば、迷宮の異変も収まるだろう。きっと、魔石も相当大きい。

 セリカが彼の顔を見て笑った。


「戦いたそうね」

「ああ。ここまで来たんだから、会って帰りたい」

「俺たちの話、聞いてたか?」


 年配の男が目をむく横で、リラは自信たっぷりに頷いた。


「聞いてました。悠真さんなら、勝てます」


 まっすぐな言葉に、悠真は笑みを返した。


「その前に、四人を帰り道へ連れていく。案内するよ」


 来た道はまだ開いている。氷が再び伸びてこないよう、悠真は障壁を薄く張って押さえた。怪我のある二人には、身体強化を控えめに付与する。背負うより、歩く力を助けた方が本人たちも楽そうだ。

 女性が自分の足へ目を落とす。


「軽い。嘘みたい」

「無理に走らないでくれ。出口まで歩ければ十分だ」


 彼女は何度も頷き、隣の仲間と手を取り合った。


 氷の庭へ戻る途中、白い巨熊が二頭、通路へ降りてきた。

 冒険者たちは息をのんだが、見覚えのある相手に悠真はむしろ気が楽になった。中層で倒した氷角の熊より小さく、角もない。


「二人に任せていいか」

「もちろんです!」

「見ていて」


 リラとセリカが前へ出た。

 巨熊の爪をリラが大剣で受け、重い一撃を胸へ返す。白い体が宙へ浮くほどの力だった。セリカはもう一頭の足を炎で止め、紅蓮剣を振り抜いた。

 燃える刃が厚い毛皮を切り裂く。

 飛んでくる氷や石は、悠真が後ろから張った障壁で受け止める。二人が思いきり戦える場所を作るくらい、並列記述があれば造作もない。

 やがて、巨熊が二頭とも倒れた。

 剣を収める二人を前に、四人の冒険者はしばらく言葉をなくしていた。


「……あんたの仲間も、すごいんだな」

「自慢の二人だよ」


 悠真が言うと、セリカの頬が緩んだ。リラは尾を隠す気もなく大きく振っている。

 男は二人にも礼を言った。リラは会釈しながら、悠真にだけ見えるよう指先をひらひらさせている。

 氷の庭の手前まで戻ると、四人はそこから自力で帰れると言った。曲がる場所を悠真が三つだけ教えれば、あとは壁の印を見て上へ出られる。

 年配の男が、持っていた小さな袋を差し出した。


「途中で拾った魔石だ。受け取ってくれ」


 開けてみると、袋にはきれいな石がいくつも入っていた。


「いいのか?」

「俺たちは帰れれば、また稼げる。いま渡したいんだ」

「なら、もらう。ありがとう」


 男はほっとしたように笑った。

 袋を収納して見送っていると、遠くで若い男がもう一度振り返って大きく手を上げた。悠真も手を上げ返してから、二人と奥へ向き直る。


 主のいる方へ戻ると、氷の壁はさらに厚くなっていた。

 さっき開けた穴の周りから、白い筋が伸びている。奥の獅子が侵入者を嫌っているようだった。

 悠真は月鋼剣を肩へ乗せた。


「また閉じてくるなら、もっと大きく開けてやるか」

「賛成。帰りに閉じ込められたくないもの」


 三人で、真正面から氷を砕いた。

 リラの一撃が亀裂を作り、セリカの炎がその奥へ入る。悠真は並列記述で火術を重ね、残った壁を剣で断った。

 重い氷が左右へ崩れ、大きな通路が現れる。

 そこから吹きつけた冷気は、完全耐寒を持つ三人の足を止められなかった。

 気分がいい。


「いい道だ」

「悠真さん、楽しそうです」

「楽しいよ。強い相手のところへ、自分で道を開けていくんだから」


 セリカが彼の腕へ触れた。


「その顔、昨日の夜より楽しそう」

「比べるなよ。どっちも楽しかった」


 セリカは赤くなって、悠真の腕を軽く叩いた。隣でリラが声を立てて笑っている。

 悠真は開いた通路の中央へ出て、二人を招いた。削った氷から広がる青い光に、大剣と紅蓮剣が並んで映る。


 途中の曲がり角には、冒険者が残した縄が垂れていた。氷に埋め込まれた端を引くと、反対側へ鐘がつながっている。人を呼ぼうとして鳴らしたのだろうが、氷の壁が音まで遮っていた。

 セリカが鐘を外し、道の横へ置いた。


「あの四人がまたここへ来る時には、もう必要ないわね」

「主を倒したら、ここも普通に通れるはずだ」


 残った細い氷柱を剣で払いながら進むと、奥の広間へ続く階段に氷の騎士が並んでいた。

 通路を開けた音で起きたのだろう。長い槍を揃え、三人へ向かって構える。

 悠真は足を止めなかった。

 階段の上へ斜めに障壁を敷くと、段が消えてつるりとした坂になる。踏み出した騎士たちは足を取られ、槍を抱えたまま次々に滑り落ちてきた。

 下で待っていたリラが前列をまとめて薙ぎ、セリカが残りを炎で包んだ。氷の騎士たちは、一度も槍を突き出せずに崩れた。


「ずるい倒し方ね」

「楽な方がいいだろ」


 障壁を消して階段を上り切ると、巨大な扉がある。

 扉の向こうで、獅子が低く唸った。

 剣を握って振り返ると、リラは力強く頷き、セリカは楽しそうに微笑んだ。


「行こう。白霧の主に、俺たちの顔を覚えてもらう」


 押し開けた扉の奥に、氷の冠をいただく白い獅子が立っていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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