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第46話 吹雪さえ心地よく

 翌朝、悠真は頬へ触れる柔らかさで目を覚ました。

 リラの尾だった。本人はすぐ隣で眠り、反対側にはセリカがいる。どちらも安心しきった顔をしていた。

 起こしてしまいそうで、しばらく動けなかった。

 夢じゃない。両隣に、恋人が二人いる。寝顔を眺めていたら、セリカが目を開けた。悠真と目が合うと、彼女は微笑む。


「おはよう」

「おはよう」


 短い挨拶のあと、彼女の手が彼の手へ重なる。それだけで、今日は一日いい日になりそうだ。

 声で起きたのか、リラも眠そうなまま彼の肩へ額を寄せてきた。


「今日も、格好いいところ見せてくださいね」

「任せて。二人とも、離れず見ててくれ」


 朝食を済ませると、三人は氷の庭へ出た。

 青い木々が朝のような光を受け、枝の先できらめいている。空はないのに、広い外へ出たような感じがした。悠真は星銀のマントを整え、月鋼剣へ手を添えた。

 木の間で、馬より大きな白い鹿が動いた。悠真たちを見つけると、鋭い声で鳴く。


「まずは、あいつだな」


 リラが大剣を構える。


「お任せください」


 鹿が突進した。蹄(ひづめ)の触れた雪が端から凍り、氷の角が光る。その角を正面から受け止めて、リラが重い音とともに押し返した。すかさず横から走ったセリカの炎が、白い毛皮を包む。

 二人に任せて、悠真は鹿の体へ意識を向けた。

 能力の文字が見える。身体強化、跳躍、それから冷気耐性。

 迷わず、最後の一つを複写する。

 リラの大剣が角を砕き、鹿が倒れる。歩み寄りながら手に入れた能力を確かめると、冷たい空気がさっきより少し穏やかに感じられた。

 これなら、もっと強くできる。

 書記の文字へ指を伸ばす。


 突然、庭の奥から風が吹きつけた。

 雪が舞い上がり、枝がいっせいに鳴る。とっさに張った障壁でも、肌を刺す冷たさまでは消せなかった。セリカが炎を大きくする横で、リラが肩をすくめている。

 通路の先には、吹雪が渦巻いていた。


「奥へ行くほど寒いのね」

「だったら、寒さじゃなくて俺たちの方を変える」


 悠真は冷気耐性の記述を見つめた。防げる冷たさの範囲を、少しずつ広げるような手順は要らない。望むのは、どんな冷気でも気にせず動ける体だ。

 冷気耐性の文字を書き換える。

 完全耐寒。

 その名が定まった瞬間、痛いほどだった空気がただ涼しいだけの風へ変わった。

 試しに障壁の外へ手を出すと、手袋に落ちた雪が指先の温かさでゆっくり溶けていく。感覚はあるのに、凍える気配はない。


「できた」

「何がですか?」

「寒さを気にしなくてよくなった。二人にも付ける」


 悠真は近づいてきたリラとセリカの手を順に取り、能力を付与した。

 最初にリラが目を見開いた。


「あったかい……。さっきまで耳が冷たかったのに」


 セリカは自分の手を見下ろしてから炎を小さくし、吹雪の方へ顔を向けた。


「本当だ。これだけ雪が来てるのに、平気」


 二人とも、頬に赤みが戻っている。


「これで思いきり戦える」

「戦う前に、抱きついてもいいですか?」

「おいで」


 リラを受け止めると、耳が悠真の顎へ触れた。セリカも隣へ寄り、彼の頬へ軽く口づける。


「ありがとう。頼りになる恋人ね」


 空いた腕でセリカも引き寄せる。吹雪の音がすぐそこまで来ているのに、頬にはまだ彼女の唇の温かさが残っていた。


 吹雪の中へ入ると、足元の雪が深くなった。

 寒さは防げても、道そのものは歩きにくい。悠真が火術で先の雪を溶かし、薄い障壁を敷いて足場にする。その両脇でセリカが氷を焼き、リラが行く手の枝を払った。

 やがて、膝の高さまで雪の積もった場所に出た。目印の石柱は半ば埋まり、どこまでが道なのか見分けにくい。炎を走らせかけたセリカが手を止めたので、悠真は先に細い障壁を伸ばして雪の下を探った。

 障壁の先が探り当てたのは、道を横切る深い溝だった。水を流すためのものらしい。そのまま障壁を向こうの石畳まで伸ばしてから、上に積もった雪を溶かした。


「ここを渡ればいい。剣を振る時も、この上なら滑らない」


 リラが大剣を肩に置いたまま渡り、何度か足を踏みしめた。


「雪ばかりだったので、地面を踏んだ感じがします」


 続いて渡ったセリカが橋の先へ炎をともすと、枝の間に積もった雪が妙に盛り上がっているのが見えた。

 風の向こうで唸り声がした。

 背に氷の棘(とげ)を並べた白い猿が、岩の上から飛び降りてくる。続けて二頭、三頭と雪の陰から次々に姿を現した。

 悠真が剣を抜いたところへ、猿が冷気を吐きかけてきた。以前なら足を止めたかもしれないが、いまは頬へ風が当たった程度だ。


「効かないよ」


 月鋼剣が獣の肩を断つ。

 体勢を崩したところへもう一撃入れると、大きな体が雪へ沈んだ。隣のリラは振り下ろされた長い腕を大剣で打ち払い、その勢いのまま胸を砕いた。

 セリカの炎が吹雪の中で燃え上がる。


「寒いところでも、私の火は消えないわ!」


 紅蓮剣が弧を描き、二頭の猿がまとめて倒れた。

 炎の向こうからセリカがこちらを見る。悠真が親指を立てると、彼女は満足そうに剣先を上げた。

 残った猿は高い岩へ逃げたが、悠真が並べた六つの火球が岩ごと包み込む。赤い光が雪を照らす中、重い体が一つずつ落ちてきた。

 戦いの音がやむ。

 吹雪だけが、さっきと同じ勢いで流れていた。

 魔石を集め終えると、リラが両手で雪をすくった。白い塊を丸め、不思議そうに眺めている。


「ずっと持ってても、指が痛くならないんですね」

「投げてみるか?」

「悠真さんにですか?」

「軽くならな」


 少し迷ってから、リラは楽しそうに雪玉を投げた。悠真はそれを手で受け止め、わざと大げさに胸を押さえる。


「やられた」

「絶対、やられてません」


 彼女が笑う。その横から、小さな雪玉が悠真の肩へ当たった。

 セリカだった。


「油断したわね」


 お返しに悠真が足元の雪を投げ返すと、リラは素早く避け、セリカは肩で受けて声を上げた。笑いながらしゃがんだセリカが、もう次の雪玉を握っている。

 何度か投げ合ううちに、三人の服は雪だらけになった。気づけば、剣を振るときより息が弾んでいる。


「帰ったら、庭でやりたいですね」


 リラが言う。


「庭のある家を買ったらな。広いやつを」


 悠真はそう返し、彼女の髪についた雪を払った。


 リラが雪の上へ座り、足を伸ばした。


「冷たくないです。こんなの、初めて」


 悠真も隣へ腰を下ろす。尻の下で雪が潰れる感触はあるのに、少しも冷たくない。

 セリカは二人を見て笑った。


「休憩する場所、どこでもよくなったわね」

「景色のいいところを選べるな」

「じゃあ、いつか本当の雪山にも行きたいです」


 悠真はすぐに頷いた。


「行こう。いい景色を見て、温かい料理を食べる」

「寒くなくても、温かい料理がいいんですか?」

「その方がうまそうだろ」


 賛成したセリカも隣へ座り、三人の肩が触れる。もう暖を取る必要はないのに、誰も離れようとしなかった。

 悠真は収納から果実を取り出した。

 リラへ一つ、セリカへ一つ。二人が食べるのを見てから、自分もかじる。甘い汁が口に広がった。


「これ、帰ったらまた買おう」

「悠真さんが食べたいなら、たくさん買いましょう」

「全部私たちに分けなくてもいいのよ」


 別に、気を遣ったわけじゃない。


「一緒に食べる方がうまいんだよ」


 セリカはそれ以上言わず、果実をもう一口かじった。

 悠真がマントの雪を払って立ち上がると、リラも大剣を背負い直した。


 吹雪の層を抜けると、巨大な氷の壁が現れた。

 その中央に、人が通れるほどの狭い割れ目がある。奥から青い光が漏れ、何かの鳴き声が低く響いていた。

 明視で周囲を探ると、雪の下に革の袋が落ちていた。

 手袋もある。どちらも古びておらず、つい最近誰かが落としたものに見えた。

 リラが顔を上げる。


「人の匂いがします」

「どっちだ?」

「壁の向こうです。弱いけど、何人か」


 悠真が月鋼剣の柄を握った時、割れ目の奥から短い叫び声が聞こえた。

 セリカが剣へ炎をまとわせ、リラも前へ出る。

 二人と目を見交わして頷き、氷の壁へ向かう。


「見つけた以上、連れて帰ろう」


 叫びが氷の向こうで途切れた。悠真は走った。月鋼剣を抜きながら、二人が並んで通れる幅を見定める。


お読みいただき、ありがとうございます。

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