第45話 欲しい言葉を君に
食器を片づけると、リラが立ち上がった。
「私、奥の寝具を整えておきますね」
そう言って、悠真とセリカを順に見る。何を話すかまで分かっているような目だった。
悠真が頷くと、リラは微笑んで荷物を置いた奥の方へ行った。掛けた布の向こうで、寝具を動かす音がする。
火のそばに、二人分の場所が残った。
セリカは青い宝石を服の外へ出した。炎を映した石が、胸元で赤と青の光を返している。
「隣、いい?」
「もちろん」
思っていたより近くへ座った彼女の肩が触れる。服越しでも、温かい。
入口を閉じた石扉の下で、障壁が淡く光っている。悠真は火を弱め、セリカへ向き直った。
「街で、二人きりの時間が欲しいって言ったでしょう」
「ああ」
「待ってる間に、言いたいことが増えたの」
セリカは笑い、指で宝石を転がした。
「あなたといると、贈り物ばかり増えるわ。剣も、服も、これも。きっと、また何か買ってくれるんでしょうね」
「欲しい物があればな」
「あるわ」
彼女の声が静かになった。
「物じゃなくても、いい?」
悠真はセリカを見た。
炎のそばで、緑の目が揺れている。いつもなら強気なことを言って笑う彼女が、返事を待つ間だけ息を止めていた。
「言ってくれ。俺も、欲しいものがある」
セリカの肩から少し力が抜けた。
「あなたの隣にいたい。仲間としてだけじゃなくて」
彼女の声が途切れる前に返事をしたくて、悠真はその手を取った。
「俺も、セリカが好きだ」
彼女が目を見開いた。
「綺麗だと思うし、強いところも好きだ。一緒に笑ってると楽しい。もっと近づきたいと思ってた」
「……そんなに、すぐ言ってくれるの」
「待たせたいわけじゃないから」
唇を噛んだセリカの目の端に、光るものがある。泣かせたかと思ったが、その口元は小さく笑っていた。
取った手を、彼女の指が握り返してくる。
「恋人になってほしい」
悠真が言うと、セリカは頷いた。
「私も、そうなりたい」
悠真は少し身を寄せた。
「抱きしめてもいい?」
「聞かなくても……いえ、聞いてくれて嬉しい。いいわ」
彼女を腕の中へ迎える。
剣を振るときには頼もしく見える肩が、近くでは思ったより華奢だった。背へ回ってきたセリカの手が、マントの布を握ってさらに体を寄せてくる。
赤い髪が顎へ触れる。
「こうしてみたかった」
彼女の声が胸の近くでした。
「俺も」
「あなた、さっきから私の欲しい返事ばかりする」
「思ってることを言ってるだけだよ」
セリカが顔を上げた。
その近さに、悠真の喉が少し乾く。唇へ目が向いたのを、彼女にも気づかれた。
「それも、いいわよ」
小さく言われ、悠真はゆっくり顔を寄せた。
触れた唇は温かかった。
短い口づけのあと、セリカは目を閉じたまま息を吐く。それから彼の襟を軽く引き、今度は自分からもう一度触れてきた。
悠真は背へ回した手に力を込めた。
胸元へ顔を寄せたまま、セリカはしばらく黙っていた。髪を撫でてやると、その指が背中の布をきゅっと握る。
「今まで、二人で手をつないでも、すぐ離さなきゃって思ってた」
「俺は、もう少しそのままがよかった」
「なら、言ってくれればよかったのに」
「今度から言う」
悠真が答えると、セリカは胸元で小さく笑った。
「大事にする」
「ええ。私も大事にするわ。守られてばかりも嫌だから」
「明日も、隣で戦ってくれ」
「任せて」
いつもの強い声が戻っていた。
少し落ち着いてから、セリカは彼の肩へ頭を預けた。
「リラにも、ちゃんと言わないとね」
「ああ」
悠真が奥へ声をかけると、少し待っていてほしいと布の向こうから返事がある。その間に、セリカと並んで座り直す。
やがて余った毛布を手に戻ってきたリラは、二人の姿に耳を少し横へ動かした。悠真はセリカの手を握ったまま、リラに向き直った。
「リラ。俺、セリカとも恋人になりたいと思って、そう伝えた」
リラはセリカを見た。
「セリカさんも?」
「ええ。私、悠真が好き」
はっきりした返事に、リラはゆっくり頷いた。
「知ってました。見てたら、分かります」
セリカの頬が赤くなる。
「そんなに分かりやすかった?」
「すごく」
リラが笑い、それから悠真の前へ座った。
「私、少し妬きます」
悠真は黙って聞いた。
「二人で手をつないでると、私もって思います。抱きしめてると、私も抱きしめてほしくなります」
「うん」
「でも、セリカさんがいなくなるのも嫌です。一緒に戦って、ご飯を食べて、笑っていたいです」
悠真が空いている手を差し出すと、リラはすぐにその手を握った。
「俺も、二人とそうしたい。リラのことを大事にするのも、ずっと続けたい」
「ずっと、ですか」
「ずっと」
彼女の尾が、ゆっくり揺れた。
リラはセリカへ向き直る。
「仲良くしてください。でも、悠真さんの隣は、私も譲りません」
「私も。半分ずつの約束だったわね」
二人が笑った。
つられて悠真も笑い、リラが持ってきた毛布を広げてセリカの分も隣へ寄せる。
リラはさっそく、膝で悠真の前へにじり寄った。
「今、私の番でいいですか?」
悠真が抱き寄せると、彼女は腕を首へ回した。柔らかい耳が頬へ触れる。セリカの前だからとためらう様子はなく、まっすぐ彼を見上げてくる。
「私にも、好きって言ってください」
「好きだよ、リラ」
嬉しそうに目を細めたリラが、自分から唇を寄せてくる。それを受け止めて、悠真は抱いた背をゆっくり撫でた。
セリカが横で頬を押さえていた。
「見てる方も、結構恥ずかしいわね」
「すぐ慣れます」
リラは得意そうに言い、セリカへも手を伸ばした。
「こっちへ来てください。離れてると、私だけずるいみたいです」
セリカは少し迷ってから、悠真の隣へ腰を下ろした。
彼は収納から小さな焼き菓子の包みを出した。
「祝おう。酒は帰ってからで、今日はこれで」
「そんな物まで買ってたの?」
「休むときに甘い物があった方がいいと思って」
セリカが笑い、リラが包みを開いた。三人で分けるには少し多い量だったが、すぐになくなりそうだった。
温かい飲み物を足し、火を囲む。
セリカは悠真の肩へ寄り、リラは反対側の腕を抱いた。マントを三人の膝へ広げると、銀の光が炎を映した。
「これ、もう三人の物みたいですね」
「俺のマントだけどな」
「悠真ごと借りてるのよ」
その言葉に笑っていると、リラが膝の布を少し引いてセリカの方まで裾を届かせた。
火の光を映した青い宝石は、買い物の日とは違う色に見える。
「その石、明日も着ける?」
「ええ。戦う時は服の中に入れるけど」
「帰ったら、また青い服で見せてくれ」
セリカは石を指で包み、頷いた。
「今度は恋人として、一緒に歩くのね」
「ああ。リラと三人で出かける日も、二人で歩く日も作ろう」
リラがすぐに、自分とも二人で歩く約束があると言った。悠真は覚えていると答え、彼女が前に選んだ花屋へまた寄ろうと誘う。
「花が増えたら、窓辺の瓶を大きくしたいです」
「それなら、先に器の店だな」
セリカは二人の相談を聞きながら、道具屋で見た小さな陶器の鉢を教えてくれた。狭い部屋でも置きやすい形だという。リラが見に行きたいと言い、帰ってから寄る店が決まった。
眠る前、悠真は入口の障壁を確かめた。
氷の庭から冷たい風が来て、遠くでは何かが低く鳴いている。それでも、障壁に触れる気配はない。二人の寝具は、彼のすぐそばにあった。
「明日で、この迷宮を終わらせましょうね」
セリカが言った。
「帰ったら、三人でお祝いです」
リラも頷く。
悠真は新しいマントを手元へ置き、二人の顔を見た。
「ああ。氷の庭を越えて、奥の主まで行こう」
セリカが紅蓮剣を枕元へ引き寄せると、リラも大剣を寝具のそばへ移した。
「次は、私からも何か贈りたいわ」
「楽しみにしてる」
「簡単に期待するのね」
「恋人からもらう物なら、何でも嬉しいだろ」
毛布へ少し顔を隠したセリカを見て、リラが声を立てずに笑う。
火を小さくして横になると、セリカがすぐ隣へ寄った。悠真が彼女の髪を避けて腕を置くと、反対側からリラの手も伸びてくる。
悠真は二人の手を取ったまま、目を閉じた。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。
感想も楽しみにしています。




