第44話 星をまとう男
箱の中にあったのは、暗い青のマントだった。
悠真が持ち上げると、思ったより軽い。動かすたび、織り込まれた銀の糸が星のようにきらめいた。
リラが小さく声を漏らした。
「きれい……」
セリカも近づいて、布の端へ触れた。
「これ、星銀よ。糸にできる量なんて、そう簡単に手に入らないはずなのに」
悠真には素材の希少さより、浮かんだ能力の文字の方が分かりやすかった。
星銀のマント。
魔力を通すと表面が強くなり、斬撃や魔法の衝撃を和らげる。体温を逃がしにくくする性質もあるが、冷気を完全に防ぐほどではない。
「いい物を見つけたな」
悠真は笑った。
布の表面へ光が走る。これを着て街を歩いたら、さぞ目立つだろう。
「着てみてください」
後ろへ回ったリラと反対側のセリカが、二人でマントを広げる。
「ほら、腕を通して」
「自分で着られるぞ」
「私たちが着せたいの」
そこまで言われて断る理由はない。悠真は素直に肩を差し出した。
マントは、まるで彼に合わせて作ったように馴染んだ。肩から背へ布が落ち、剣を抜く動きを邪魔しない。魔力を少し通すと、星のような光が一度だけ強くなる。
リラの目が輝いた。
「すごく格好いいです!」
「ええ。今までで一番かもしれない」
セリカが襟元を整えながら言う。
悠真は口元が緩むのを隠さなかった。
「もっと言ってくれていいぞ」
「褒められるの、すっかり慣れましたね」
からかうように笑ったリラが、すぐに彼の腕へ寄り添ってくる。
「でも、本当に格好いいです。街でみんなに見せたいくらい」
「見せすぎると、寄ってくる人が増えるわよ」
セリカの言葉に、リラの尾が止まった。
悠真は二人を見比べた。
「二人が隣にいてくれれば十分だよ」
言うと、リラの尾がまた揺れ始めた。セリカも、まんざらでもない顔をしている。
部屋には、他にも持ち帰れる物があった。
銀の器や小さな宝石、刃に傷のない短剣。どれも古そうなのに、手入れされた直後のようにきれいだった。悠真は危険な能力がないか確かめ、順に収納へ入れた。
リラが壁際の箱を開ける。
「金貨もあります」
弾んだ声につられて覗くと、確かに金貨が何枚も重なっていた。ずっしり重い箱は、蓋をしっかり閉めて収納にしまう。
「これで、家を買う日がだいぶ近づいたな」
「大きな庭も?」
「庭も。リラが全力で走れるくらい」
リラはもう、走り出しそうな顔をしている。
セリカが棚で見つけたのは、裏に花の彫られた小さな手鏡だった。鏡面を確かめてから、彼女はそれを悠真へ向ける。
「自分でも見ておきなさい」
鏡の中で、悠真は星銀のマントをまとっていた。
受け取った鏡を少し離して肩から胸まで映すと、月鋼剣の淡い色とマントの銀糸がよく揃っている。しばらく、その姿から目が離せなかった。
「気に入った」
「顔に出てるわ」
セリカが笑った。
手鏡も持ち帰るよう悠真が勧めると、彼女は少し驚いてから大切そうに包んだ。
「これで、あなたにもらった石を毎朝見られるわね」
そう言って首元へ触れる仕草に、悠真は緩みそうな顔を手で隠した。
宝物庫の奥には、別の出口があった。
石扉を押すと、広い通路へ出る。来た道を回り込む形で、さらに下へ続いているらしい。床には細い氷の模様が走っていた。
悠真はマントの具合を確かめながら歩いた。
布は脚へ絡まず、剣を抜いても肩が引かれない。軽く走ってみると、リラがすぐ隣へ追いついてきた。
「悠真さん、前より速くなってませんか?」
「動きやすいからな。気分もいい」
「分かります。私も新しい大剣をもらったとき、ずっと振っていたかったですから」
通路の向こうから現れたのは、青い鎧を着て細い槍を持った骸骨だった。後ろにも数体続いている。
セリカが紅蓮剣を抜く。
「お出迎えね」
「ちょうどいい。マントの具合、試してくる」
悠真は月鋼剣を構え、前へ出た。
鋭い音を立てて伸びてきた槍を刃で弾いた直後、後ろの一体が氷の矢を放った。マントへかすった矢が、銀の光に触れて砕ける。
痛みはなかった。
思わず笑いながら、悠真は骸骨の槍ごと胴を斬った。散った骨の後ろを、火球がのみ込む。
リラが右の二体を大剣でまとめて薙ぎ、セリカの炎が左の鎧を焼いた。
戦いは短かった。
最後の骸骨が崩れてからマントへ触れてみると、銀糸の光はもう静かで、矢の当たった場所も滑らかなままだった。
「ちゃんと守ってくれた」
「似合うだけじゃないんですね」
リラが嬉しそうに布を撫でる。
セリカは悠真の頬を見た。
「さっきみたいな傷が減るなら、私も嬉しい」
「心配ばかりさせないよ」
セリカは疑わしそうに眉を上げたが、それ以上は言わずに紅蓮剣を収めた。
通路の先に、氷の庭が広がっていた。
天井から落ちる青い光の下で、木の形をした氷が枝を伸ばしている。地面には雪が薄く積もり、その間を細い水が流れていた。迷宮の中とは思えない景色だった。
リラが小さく声を上げる。
「すごいです。本物の庭みたい」
「きれいだけど、魔物がいそうだな」
明視で奥を確かめると、枝の間に白い影が動いている。すぐ襲ってくる様子はないが、通れば戦いになるだろう。
セリカは炎を灯し、空気の冷たさを確かめた。
「今日は、ここで休まない? もうずいぶん歩いたわ」
悠真は頷いた。宝物庫まで戻れば扉を閉められるし、火も使える。水を確保してから、そこへ戻ることにする。
「そうしよう。温かい物を作る」
「私、手伝います」
すぐに返事をしたリラの横で、セリカも嬉しそうに頷く。
三人で宝物庫へ戻り、風の入らない部屋へ寝具を広げる。入口には悠真が障壁を置いた。
湯が沸く間、リラがマントへ触れた。
「これ、少しだけ貸してもらってもいいですか?」
「いいけど、長いぞ」
肩へかけてやると、裾が足元へ落ちた。リラは嬉しそうに布へ頬を寄せる。
「もう悠真さんの匂いが、少しします」
「さっき着たばかりだぞ。早すぎないか」
「私の鼻なら分かります」
セリカが笑いながら、その隣に座った。二人が銀の布を膝へ広げている姿も、なかなか悪くない。
麦粥の鍋をかき混ぜて二人へ空の器を渡し、火を弱めてからセリカに香草をもらう。鍋を覗いた彼女が、小さく頷いた。
「いい匂い。これなら、宿に負けないわね」
「言いすぎだろ」
「食べる人が気に入れば、勝ちでいいのよ」
スプーンを握ったリラは、待ちきれない顔をしている。悠真が器へよそうと、熱い息を何度も吹きかけてから口へ運んだ。
その耳が、ふわりと立った。
「おいしいです」
悠真も一口食べてみた。柔らかく煮えた肉に、セリカが選んだ香草の匂いが少し残っている。足そうとしていた塩はやめて、そのまま二人へ鍋を寄せた。
「家を持ったら、台所も広くしたいな」
「悠真さんが作るんですか?」
「気が向いたら。普段は上手い人に頼みたい」
セリカが楽しそうに笑った。
「正直ね。でも、そのくらい贅沢してもいいと思う」
「だろ。働いた分、楽もしたい」
食べ終わったリラは、借りていたマントを丁寧に畳んで返した。悠真が肩へ掛け直すと、セリカは宝物庫で見つけた鏡を自分へ向けている。
「その鏡、気に入った?」
「ええ。小さいから、持ち歩けるもの」
彼女が髪を耳へ寄せると、青い石が見えた。悠真は炎を少し弱め、鏡に灯りが強く反射しないようにした。
「このくらいなら見やすいか」
「うん。ありがとう」
鏡の中で目が合う。セリカはすぐには逸らさず、悠真のマントの襟が折れていることを教えた。直そうとしてうまくいかずにいると、彼女が隣へ来て整えてくれる。
「街で着る前に、ちゃんと覚えてね」
「また直してもらうのもいいけどな」
セリカは少し笑い、手鏡を彼の方へ向けた。そこには近くに座る二人が、半分ずつ映っていた。
鏡をしまった彼女が、悠真の目を見た。
「あとで、少し話せる?」
川沿いで交わした約束を思い出し、悠真は頷いた。
「もちろん。俺も話したい」
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