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第43話 氷の巨人を砕く

 入口を塞いだ影は、人の形をした氷の塊だった。

 片腕だけが異様に太い。床ごと人を叩き潰すための腕だ。

 背後で、助けた冒険者たちが息をのむ。

 巨人の拳が上がった。


「下がってろ!」


 叫ぶと同時に、悠真は障壁を斜めに広げた。落ちてきた拳はその透明な壁を滑って、横の石壁を砕く。轟音にリラが耳を伏せ、頭上から細かな石が降った。

 その石が冒険者たちへ届く前に、もう一枚を彼らの上へ置く。

 重い。

 だが、受け止めきれないほどではない。足元に力を込めると、巨人が拳を引くより先に押し返せた。


「外へ出す。ここで暴れられると狭い」

「私が押します!」


 リラが大剣を振り、巨人の脇腹を打った。

 氷に白い線が走り、巨人の体が入口から外の広間へよろめく。追いかけるように、セリカの炎がその胸を焼いた。

 悠真は二人の間を抜けた。

 月鋼剣が巨人の太い腕へ食い込む。普通の氷よりはるかに硬い手応えに、身体強化をさらに引き上げた。

 腕が砕ける。

 大きな拳が落ち、床に穴を作った。

 背後から歓声が上がりかけた、そのときだった。巨人の断面に白い霧が集まり、失った腕を作り直していく。


「再生するのか」


 悠真は後ろへ跳んだ。

 さっきまで立っていた場所へ新しい拳が落ち、衝撃が靴底まで伝わってくる。飛んだ氷の欠片が、頬をかすめた。

 頬に薄く痛みが走る。それより、巨人の腕がもう元の太さに戻っている方が厄介だった。


「悠真さん、怪我が」


 リラの声が鋭くなる。


「このくらい平気。セリカ、切り口を焼いてくれ。今度は戻せなくする」

「分かった」


 巨人が両腕を広げた。

 胸の奥に灯った青い光から、冷気が噴き出した。二人の前へ障壁を作っても、足元の水は白く固まっていく。長引かせると面倒だ。

 悠真は火球を四つ浮かべた。

 膝へ二つ、肩へ二つ。弾けた炎で氷の体が湯気に包まれ、動きの止まったところへリラの一撃が入る。

 今度は脚が砕けた。

 倒れかけた巨人の腕を悠真が斬り落とすと、すかさずセリカの紅蓮剣が断面を焼いた。集まってきた霧も、炎の中へ入ると散ってしまう。


「戻せないわよ」


 セリカが笑った。

 残った腕で床を叩き、巨人は体を引きずろうとする。その胸で激しく明滅する光へ意識を向けると、氷を集めて体を保つ能力の文字が浮かんだ。

 核から氷の槍が何本も突き出した。悠真が一つを剣で弾いて残りを障壁で受ける間にも、巨人は倒れながら狭い小部屋へ狙いを変えようとしている。

 その前へ、悠真は割って入った。


「そっちは駄目だ。俺を見ろ」


 火球を胸へぶつけると、巨人の体が大きく揺れた。リラが残った脚へ斬り込み、セリカは冷気を炎で押し返す。

 胸の核が脈打つたび、腕の付け根へ霧が寄っていく。その流れを障壁で遮ってやると、再生しかけた氷はその場で崩れた。


「本当に、何でもできるのね!」


 セリカの弾んだ声が聞こえる。

 霧を遮ったままなら、腕は戻らない。ところが剣を構え直す間もなく、巨人は体を倒して小部屋の壁へ肩を押しつけようとした。

 悠真はとっさに風歩で前へ入り、肩の下へ障壁を差し込んだ。透明な壁へ乗り上げた巨体が傾き、胸が斜めに浮く。


「リラ、そのまま押さえてくれ」


 獣王の大剣が残った腕へ落ちた。刃を押し戻そうとする巨人へ、リラが全身の力をかける。セリカはそのすぐ横で炎を広げ、再生に集まる霧を焼き払った。

 核を覆う氷が薄くなってきた。悠真は小部屋から十分離れた場所へ踏み込み、二人へ合図を送る。


「胸を開ける。二人とも、一歩下がって」


 悠真は月鋼剣へ炎をまとわせた。並列記述で周囲に障壁を置き、飛び散る氷が小部屋へ届かないようにする。

 巨人の拳が迫る。

 それを正面から斬り飛ばし、悠真は胸へ踏み込んだ。

 刃が青い光へ届く。

 石とも金属とも違う硬い手応えのあと、巨人の胸が割れた。中にあった拳大の核が、炎の中へ露わになる。

 引いた剣を、もう一度振り下ろす。

 核が真っ二つになった。

 巨人の全身に亀裂が走り、次の瞬間、広間を埋めるほどの氷が崩れ落ちた。


 悠真が剣を下げたのは、障壁へぶつかる音がやんでからだった。

 白い山のようになった残骸から、青い魔石が転がってくる。再生の光はもうない。

 リラが駆け寄り、彼の頬を覗き込んだ。


「見せてください」

「浅い傷だよ」

「浅くても、嫌です」


 真剣な目に、悠真は大人しく顔を向けた。リラが布で血を拭き、セリカが小さな薬の瓶を開ける。

 薬が触れると少ししみて、思わず眉が寄る。それを見たリラが、布を持つ手を止めた。


「もう終わります。少しだけ、動かないでください」


 悠真は頷き、セリカが薬の蓋を閉じるまでじっとしていた。


「ありがとう。二人とも、助かった」


 リラはようやく表情を緩め、傷の残っていない方の頬へ短く口づけた。

 小部屋から出てきた五人の冒険者は、崩れた巨人を見上げたまま誰もすぐには言葉を出せずにいる。やがて先頭の男が膝を折り、その氷へ触れた。


「昔、これの小さい奴に十人でかかった。半分は寝込んだんだぞ」

「大きくなると、再生するみたいだな」

「見てたよ。見てたから、何を言えばいいか分からないんだ」


 男は笑いながら、深く頭を下げた。


「ありがとう。二度も助けてもらった」


 悠真は彼の肩を叩き、立ってもらった。


「帰り道はまだ大丈夫だ。動けるうちに戻ってくれ」


 支え合って歩き出した五人は、入口へ戻る道の向こうで何度も振り返っては手を振った。悠真も手を上げて、その姿が消えるまで見送る。


 残った三人で、戦果を集めた。

 核は割れていたが、欠片にも十分な価値がありそうだ。その一つを、セリカが光へかざした。


「これ、冷たいままなのね」

「街へ持ち帰ったら、飲み物を冷やすのに使えるかな」

「食べることばかりですね」


 そこは否定できない。


「冷たい果実水、飲みたくない?」

「飲みたいです」

「だろ。宿の部屋に置いたら、風呂上がりに毎晩冷えたのが飲める」


 セリカも頷いた。


「私は果実水より、冷えたお酒がいいわ」


 悠真が大きめの欠片を別に残しておくと、セリカは食べ物へ直接触れない容器を作ろうと言い出した。帰ったら道具屋で見てもらうことにして、残りは売る分へ分ける。

 巨人の残骸の奥を見ていたリラが大剣の先で氷をどけると、そこに別の石の色が現れた。


「悠真さん、壁に扉があります」


 巨人が拳をぶつけた場所だった。表面を覆っていた厚い氷が崩れ、隠れていた石扉が見えるようになっている。

 悠真が近づいて見ても、縁に人の通った跡はない。床へ続く氷も、崩れたばかりだった。


「宝物庫だったらいいな」

「隠し部屋っぽいわね」


 横から覗き込んだセリカと探しても、扉には凍った取っ手があるだけで鍵穴は見当たらない。押してみると、奥で何かが引っかかっている。


「焼く?」

「先に、力で開けてみる」


 悠真は扉へ手をかけ、身体強化を使った。

 重い音がして、石が動く。

 内側で固まっていた氷が割れ、扉の向こうから冷たい空気が流れ出した。リラが耳を立て、魔物の匂いを確かめる。


「動いてるものは、いません」


 悠真が火を浮かべると、部屋の中が明るくなった。

 古い剣や銀の器が壁際に並び、奥の台には大きな箱が置かれている。埃(ほこり)も雪もついていない。迷宮の奥で、長い間そのまま待っていたような部屋だった。

 リラが目を輝かせる。


「宝物庫です!」

「当たりだな」


 悠真は遠慮なく笑った。

 壁際の銀の器が、入口の灯りを受けて光っている。悠真が一つ持ち上げると、普段の酒場で使う物よりずっと薄いとセリカが驚いた。


「割れそうだな」

「銀よ。割れないけど、へこませたくはないわね」


 悠真は器を布で包んで箱の脇へ寄せた。帰ったら三人で使ってみようと話すと、リラはもう自分の手に合いそうな杯を見つけていた。


「これで飲んだら、少し上品に見えますか?」

「似合うと思う。持って帰ろう」


 彼女は嬉しそうに杯を布へ置き、今度は奥の箱へ顔を向けた。

 箱の前へ行くと、銀色の留め金が淡く光って能力の文字が見えた。中にある何かが、周囲の冷気を穏やかに押し返している。

 セリカが悠真の肩越しに覗く。


「いい物がありそう?」

「かなり」


 彼は留め金へ手をかけた。

 ふたを開いた瞬間、折り重なった銀の布が、夜空の星のように輝いた。


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