第41話 休みの日の欲張り
朝、悠真が食堂へ下りると、リラとセリカはもう待っていた。
いつもの戦う服ではない。リラは柔らかい色の服に短い上着を合わせ、セリカは腰を細く見せる紺の服を着ている。二人とも剣は部屋に置いてきていた。
悠真は素直に足を止めた。
「いいな」
「何がですか?」
リラは分かっている顔で聞いた。尾が椅子の横を忙しく行き来している。
「服も、二人も。今日はずっと見ていたくなる」
セリカがカップを置いた。
「それなら、今日は私たちの言うことを聞く日ね」
「変な服を着せるのはなしだぞ」
「格好よくするに決まってるでしょう」
格好よくしてくれるなら、一日中付き合おう。
朝食を済ませると、三人は商店の並ぶ通りへ出た。晴れた空の下で、店先の布が色鮮やかに揺れている。昨日まで霧の中にいたせいか、何もかもが近く、はっきり見えた。
リラが悠真の手を取った。
「今日は、戦ってるときより独り占めできそうです」
「私もいるわよ」
「はい。だから、悠真さんは半分ずつです」
目を丸くしてから笑ったセリカの指が、悠真のもう片方の手へ触れてくる。
「じゃあ、遠慮なく」
二人に挟まれて歩く。
通りを行く男たちの視線が、こちらへ集まってくる。羨ましそうな顔まであって、つい背筋が伸びる。どうだ、いいだろう。
服屋では、セリカが迷わず数着を選んだ。
「これと、これ。あと、この上着も」
悠真の腕に服が積み重なる。リラも真剣な目で棚を眺め、柔らかい灰色のシャツを持ってきた。
「これは触った感じが好きです」
「選ぶ理由が分かりやすいな」
「抱きついたとき、気持ちよさそうなので」
悠真は店の女主人に楽しそうに笑われて顔が熱くなったが、結局そのシャツをいちばん上へ置いた。
着替えて出てくると、二人の顔が明るくなった。
「悠真さん、似合います!」
「うん。すごくいい。肩の感じも、ちょうど」
セリカに襟を直してもらいながら鏡を見ると、映った自分はここへ来た頃より体つきがしっかりしている。毎日よく動いて、よく食べているせいもあるのだろう。
上着の裾も剣帯に引っかからず、鏡へ向けて肩を動かすとすっきり見えた。
「このまま着ていくよ」
悠真が言うと、リラがさっそく腕に頬を寄せた。
「やっぱり、いいです」
「もう抱き心地を試すのか。早いな」
「買ったらすぐ使いたいんです」
彼女の理屈に、セリカまで頷いていた。
そこへ女主人が、銀の飾りが付いた上着をもう一着持ってきた。袖口も襟も華やかで、悠真の手が思わず伸びる。
「そっちも着る?」
セリカに聞かれて着てみると、鏡の中では確かに目を引く。ただ、袖の端が手に当たって、食事をするにも邪魔になりそうだった。
「外を歩くなら、さっきの方が好きだな」
「私もそう思う。こちらは舞踏会向けね」
セリカが頷く。リラの方は飾りより布が気になるらしく、最初のシャツへもう一度触れた。
「私はこれがいいです。悠真さんも気に入ってますよね」
「ああ。こっちに戻すよ」
着替え直して、残った服は女主人へ返す。いつか華やかな席へ行くなら、その時は二人の服と合わせて選びたい。
下層の門から吹いてきた冷気を思い出して、防寒用の手袋と厚い靴下も買い足した。選ぶのは動きやすさが先だ。二人の分までそろえると、女主人は包みを抱えて何度も礼を言った。
店を出るなり前へ回ってきたリラが、外の光でも似合うと言う。照れたところをセリカにまで笑われながら、悠真は二人を連れて青い石を預ける店へ向かった。
宝飾店は、少し奥まった通りにあった。
白い髭の店主に青い宝石を見せると、彼は驚いた顔で拡大鏡を持ってきた。
「首飾りにしたいんだ。軽くて、彼女に似合う物を」
「でしたら、こちらへ」
店主は鏡を明るい窓辺へ運び、セリカをその前へ案内した。
並べられた銀の細い鎖の上へ石を置いて、セリカは鏡で確かめた。
胸元で青い光が揺れる。赤い髪との取り合わせが、思った通りきれいだった。
「これにする」
彼女が選んだのは、飾りの少ない鎖だった。
「石が見える方がいいから」
店主が奥で仕上げている間に、悠真はリラの飾りを探した。目に留まったのは耳を圧迫しない細い飾り紐で、小さな鈴がついている。戦うには、この音が邪魔だろう。
迷っていると、リラの方から鈴を外せるか聞いてきた。
「耳のそばでずっと鳴ると、悠真さんの声が聞きにくくなりそうなので」
「それは困るな」
「はい。一番聞きたい声ですから」
悠真が笑って選び直した鈴のない二本には、代わりに小さな花の飾りがついている。栗色の髪へ合わせてやると、リラは鏡の中の自分をじっと見つめた。
「可愛い」
悠真が言うと、耳がぴくりと動く。
「本当に?」
「何回でも言えるぞ」
「帰ってからも、お願いします」
その約束に頷いたころ、セリカの首飾りができあがった。
店主から受け取ると、彼女は悠真へ背を向けた。
「着けてくれる?」
髪を持ち上げた首筋が目の前にある。悠真が指を触れすぎないよう気をつけて留め金を合わせると、振り向いたセリカは宝石を指先に乗せた。
「どう?」
「よく似合ってる。ずっと見てたいくらい」
「今日は、ずっと見ていていいわ」
柔らかい声が、悠真の耳に残った。
宝飾店を出たあと、鍛冶師の工房にも寄った。預けてあったセリカの剣は、刃の歪みが直り、新しい鞘に収まっている。
「まだ十分使える。次の剣が必要になった時にも、捨てることはないぞ」
そう言って鍛冶師が渡すと、セリカは抜いた刃を光へかざしてから丁寧に礼を言った。
「紅蓮剣を使っていても、この剣まで駄目にしたくなかったの」
「持っておこう。俺の収納なら、置き場所にも困らない」
悠真が預かると、彼女は安心した顔で工房を出た。
昼は、広場に面した店で食べた。
白い布のかかった机に、焼いた魚と香草のパンが並ぶ。いつもの肉料理と違う物を選んだのはセリカだった。リラも一口食べると、すぐに気に入ったらしい。
「これ、おいしいです。皮がぱりぱりです」
「たまには違う物もいいでしょう」
「次は肉も頼んでいいですか?」
悠真が笑って追加を頼むと、セリカは呆れながらも自分の皿を寄せた。結局、三人で両方を分けることになった。
食事をしながら通りの家々を眺めると、低い塀の向こうに小さな庭の見える家がある。泊まる宿も気に入っているが、自分たちだけの家があれば、また違う楽しみがありそうだ。
「ああいう庭を、俺たちの家にもつけたいな」
言うと、二人が同時に彼を見た。
「大きい家ですか?」
「せっかくなら。庭があって、剣も振れて、風呂も広いのがいい」
リラの目が輝く横で、セリカは飲み物を置いて少し考えた。
「私にも部屋、ある?」
「もちろん。二人とも、好きな部屋を選べばいい」
セリカが見ていたのは道の向こうの家で、窓の外へ張り出した小さな屋根の下に椅子が置かれている。
「あんな所で、雨の日も外を見ながらお茶を飲めたらいいわね」
「それもいいな。部屋から庭へ出られるようにしよう」
「じゃあ、ちゃんと稼がないとね」
「明後日、迷宮へ戻ろう。下に何があるか楽しみだ」
「明日は?」
「道具の確認と休み。今日買った物、もう少し楽しみたい」
リラが彼の肩へ寄った。
「私もです。新しい服の悠真さん、まだ見足りません」
悠真は上着の前を広げ、胸を張ってみせた。
午後は川沿いを歩いた。
水の音が近く、風が涼しい。リラは橋のたもとで売られていた揚げ菓子を見つけると、悠真に小さく手を振って買いに行った。
セリカが隣へ寄る。
「少し、二人で歩いてもいい?」
「いいよ」
彼女は川の見える手すりの前で足を止めた。青い石が日を受け、細かい光を服へ落としている。
「今日、楽しいわ」
「俺も。二人がきれいで、ずっと得した気分だ」
「また、そういう言い方」
笑いながら、セリカは悠真を見上げた。
「でも、今度は私だけを見てくれる時間も欲しい」
悠真の胸が強く鳴った。
笑ってごまかすところじゃない。
「作ろう。二人でゆっくり話せる時間」
「約束よ」
差し出された指に、悠真は指を絡めた。
リラが戻ってきても、セリカは手を隠さなかった。それを見たリラは一度だけ耳を動かし、悠真の空いた手へ菓子を渡す。
「私の分の約束も、忘れないでくださいね」
「忘れない。二人とも欲張りだな」
「悠真さんもです」
リラがかじった残りの揚げ菓子が、悠真の口元へ差し出される。甘い香りにつられて食べると、彼女は満足そうに笑った。
セリカも袋へ手を入れた。
「私のも、食べる?」
「食べる」
「迷わないのね」
悠真が口を開けると、セリカは少し恥ずかしそうに菓子を差し出した。通りを歩く人の視線は気になったが、断る理由にはならなかった。
揚げ菓子には熱い蜜が入っていて、悠真は慌てて息を吐いた。セリカが自分の分を割ってみると、同じように中から湯気が出る。
「先に割ればよかったわね」
「次はそうしよう」
リラが見つけた川辺の椅子に三人で腰を下ろし、残りの菓子が冷めるまで水面を眺める。セリカは新しい首飾りを服の上へ出し、風で髪がかからないよう押さえていた。
悠真が目を向けると、彼女はそのまま見ていていいと微笑んだ。
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