第4話 金色の目が望むもの
西の通りへ入ると、店先の賑やかさが変わった。
武器や食べ物に混じり、人を売る店がある。入口に掛けられた札を見て、悠真は足を止めた。王都でも獣人を見かけたが、首に鉄の輪をつけた者を見るのは初めてだった。
店は思ったより明るい。窓には格子がはまり、奥にいくつかの部屋が並んでいる。受付に座っていた男が、悠真の鉄剣と旅装を見比べた。
「冒険者用の人手ですか。荷運びなら丈夫な者がおります」
「犬の獣人がいると聞きました。会えますか」
男の眉が少し動いた。
「噂をお聞きでしたら、危険もご存じでしょう。顔がいいので話には上るのですがね」
「本人と話したいんです」
悠真が答えると、男は鍵の束を持って立ち上がった。
廊下の奥、他より広い部屋に彼女はいた。
薄い服を着た犬の獣人の娘だった。金色の目は入り口を向き、悠真と視線が合うとわずかに揺れた。
美しいと思った。だからこそ、石の床に座った姿が気になった。
「名前はリラ。二十歳です。体は丈夫ですし、普通の荷運びくらいなら十分にこなします」
店主の言葉に、彼女の柔らかそうな犬の耳が伏せられた。
「問題は、戦わせると力を抑えられないことです。買うなら、それを承知していただきたい」
悠真は格子の前へしゃがんだ。
「俺は悠真。話してもいい?」
「……はい」
返事は小さいが、ちゃんと聞こえた。
「痛いところはある?」
リラは鎖のつながった自分の足首を見てから首を振った。
「今は、大丈夫です」
「今はってことは、力を使うと痛くなるのか」
彼女の目が開いた。店主が横から説明しかけたが、悠真はリラの返事を待つ。
「使ったあと、体が動かなくなります。何日も起きられなくて……その間は、何もできません」
「どんな力なんだ?」
「狂戦士です」
言い終わると同時に、リラは膝の上で手を握り合わせた。
「強くなれるんです。でも、途中から相手が分からなくなる。止めようとしても、声が遠くなって……」
言葉が途切れた。悠真は続きを急がせず、彼女の手を見ていた。細い指に力がこもり、爪が皮膚へ食い込みそうになっている。
「怖いんだな」
リラがゆっくり頷いた。
悠真が書記の力を意識すると、彼女の胸元にぼんやり文字が浮かびかけた。だが、首の輪から伸びる光が重なっていて、まだ読みづらい。きちんと確かめるには近くへ行く必要がありそうだった。
店主は格子へ手をかけた。
「お客さん、顔だけで選ぶと困りますよ。この娘の力には買い手が期待したこともあります。けれど試した者は、みんな手に余った」
「本人は試したかったんですか」
「強い者なら高く売れますからな」
悠真はリラを見た。彼女は床へ目を落としている。
二文字を見ただけで役立たずと決めつけた王の顔が、まだ頭に残っている。目の前の彼女も、能力の名前だけで価値がつけられていた。
悠真は格子越しに声をかけた。
「外へ出たら、何をしたい?」
「え……」
「働くとか戦うとかじゃなくて。自分でしたいこと」
リラは迷い、ちらりと店主を見た。
悠真が待つと、やがて細い声で答える。
「温かいものを、お腹いっぱい食べたいです」
「何が好き?」
「お肉。焼いたのが……前に、お祭りで食べました」
口にした途端、彼女のお腹が小さく鳴った。
リラは真っ赤になって俯き、お腹へ両手を重ねた。
「俺も肉が好きだ。この街の宿は飯がうまいって聞いた」
彼女が少しだけ顔を上げた。
そのとき、店の表で大きな声がした。鎧を着た男が二人、案内も待たず廊下へ入ってくる。
「狂戦士の獣人はこっちか」
先頭の男は、悠真の後ろからリラを覗き込んだ。腰の剣は立派で、胸にはどこかの傭兵団らしい印がある。
「細いな。本当に力があるのか?」
「前にもご説明した通り、暴走の危険がありまして」
「だったら鎖を増やせばいい。先に敵の中へ放り込んで、終わる頃に引っ張れば済むだろう」
リラの肩が強張った。
悠真は立ち上がり、男へ向き直る。
「戦ってる最中に引っ張ったら、首か足を傷めますよ」
「獣人は丈夫だ。大したことはない」
「本人が怖がってます」
男が初めて悠真の顔を見た。
「お前も買い手か? なら力を見ておけ。店主、出せ。鎖は俺たちが持つ」
店主が困った顔をした。商売のためなら試させたいのだろうが、店内を壊されるのも嫌らしい。
悠真は格子へ手を置いた。
「力を使わせる必要はありません」
「使い物になるか確かめるんだよ。怖けりゃ外で待ってろ」
男が悠真の肩を押した。
押しのけられるはずの体は動かなかった。男が眉を寄せ、もう一度力を加える。悠真はその手首をつかみ、肩から下ろした。
男の顔色が変わった。
「……放せ」
「乱暴な試し方はやめてください。俺が話していたんです」
声を荒らげる必要はなかった。身体強化を使った手は、鎧の男の力を簡単に押さえていた。
もう一人が剣の柄へ手を伸ばす。
悠真はそちらへ目を向けた。昨日なら怯えただろう。今は、抜かれる前に止められると分かる。
「ここで抜くなら、折ります」
男の手が止まった。先頭の男の手首は、悠真につかまれたままだ。革手袋の留め金がかすかに歪んでいる。
店主が慌てて二人の間へ入る。
「お客様、商談中でございます。順番をお守りいただかないことには」
悠真は手を放した。男は手首を押さえながら、一歩離れた。
「暴れる獣人など、勝手に買えばいい」
吐き捨てるような言葉を残し、二人は店から出ていった。
静かになった廊下で、悠真は息をつく。振り向くと、リラは格子のすぐそばまで来ていた。彼の手首に傷がないか、目で追っている。
「ごめん。落ち着いて話せなくなった」
「いえ……止めてくださって、ありがとうございます」
「無理やり使うことはないよ。嫌なら嫌でいい」
リラの唇が震えた。けれど今度は俯かず、悠真を見つめたまま口を開く。
「私、誰かを傷つけたいわけじゃありません。役に立ちたいんです。強くなって、守れる人になりたかった」
「だったら、自分で止められる力がいいな」
悠真が言うと、リラは格子を握ったまま頷いた。
暴走する部分が能力に書かれているなら、自分の身体強化と同じように直せるかもしれない。試す価値はある。それに、力を直す以前に、彼女をここから出したかった。
「俺に、君の力を見せてほしい」
リラの耳がまた伏せかけたので、悠真はすぐ続けた。
「戦って見せなくていい。俺には、能力を調べる力があるんだ。困っているところを直せるかもしれない」
「そんなこと……」
「まだ君に試してないから、絶対とは言えない。でも、外へ連れていくことはできる。一緒に飯を食うことも」
リラが喉を鳴らした。涙が目のふちにたまり、金色の瞳を明るく見せている。
「私、外へ行きたいです」
「うん」
「もう、誰かを傷つけるために使われたくない。ご飯も……食べたい」
最後だけ声が小さくなった。
悠真は頷き、店主へ向き直る。
「彼女を連れていきます。いくらですか」
「金貨五枚です。ただし、力の問題で返品は受けませんよ」
「返すつもりはありません」
腰の袋には、王からもらった金貨がある。追い出されたときには、ただの手切れ金に思えた。
使うなら、こういうのがいい。
「鎖を外したら、歩けそうか」
悠真が聞くと、リラは足首を動かした。店主は、荷運びならすぐ使えると口を挟む。
「今夜は休ませます。宿まで一緒に歩くだけです」
彼はリラへ向けて言った。
「宿まで少し遠いけど、ゆっくりなら歩ける?」
「はい。外を、見ながら歩きたいです」
彼女が窓の向こうへ顔を向けた。通りを歩く時には、今より明るいところでその顔が見られる。悠真は店主へ金貨を見せ、先に足の鎖を外すよう頼んだ。
悠真はリラへ笑いかけた。
「肉、食べに行こう」
リラの耳がゆっくり立った。涙の残る顔に、小さな笑みが生まれた。
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