第39話 両手でも足りない力
氷蜘蛛の群れが、坂を埋めて這い上がってきた。
悠真が放った火球で先頭の数匹が弾けても、後ろの蜘蛛は砕けた氷を踏み越えて進んでくる。天井にも壁にも、白い脚がびっしりと並んでいた。
一発ずつ撃っていたら時間がかかる。
炎と障壁を重ねて使うことはできる。だが壁の形を変えている間は、撃った火球が最初に定めた場所へ飛び続けるだけだ。途中で跳ねた蜘蛛を追わせようとすれば、今度は壁への意識が薄くなる。
両方いっぺんに動かせないか。試してみたい。
「少し試す。二人とも、近くにいてくれ」
悠真が障壁を張ると、リラが嬉しそうに頷いた。
「はい。見ています」
「失敗しても、こっちで燃やすわ」
失敗しても燃やしてくれる相手がいるなら、格好もつけやすい。
空中の文字へ意識を伸ばすと、火術と障壁と身体強化の記述が別々に浮かんでいた。重ねて使えているのだから、同時に書き換えることもできるはずだ。
まずは火球の記述を複写して、隣へ並べてみる。
生まれた二つの炎のうち、一つがすぐに揺らいだ。片方へ気を取られると、もう一方が薄くなるらしい。それならと、悠真は意識の向け先をいちいち変えるのをやめた。
書く内容を、まとめて一つの流れとして捉える。
文字の列がすっと整った。
悠真の前に、炎が六つ浮かぶ。
セリカが息をのんだ。
「ちょっと。そんな数を、全部?」
「いけそうだ」
指を振る。
六つの火球が、別々の場所へ飛んだ。
坂の真ん中、左右の壁、天井。蜘蛛の集まるところを同時に炎が襲った。爆ぜる音が重なり、氷の欠片が雨になって障壁を叩く。
悠真の視界が赤く染まった。
これは、たまらない。
一度の攻撃で、さっきまで埋まっていた坂が見えるようになった。壁を這っていた蜘蛛も、燃えながら床へ落ちている。倒した数を数えるより、残った数を見た方が早い。
「すごいです!」
リラの声が背中を押す。
勢いのまま、悠真はもう一度文字へ触れた。
すると、並べた記述の間に新しい名が浮かび上がる。
並列記述。
何度も同じことを一から行わなくても、扱う力を同時に整えられる。障壁を保ったまま、さらに八つの炎を浮かべてみせる。
「今度は、好きなところから入ってくれ。二人の道を空ける」
「じゃあ、真ん中をもらいます!」
リラが駆け出した。
行く手で跳ねた蜘蛛を悠真の炎が横から撃ち抜き、別の火球が天井の群れを焼き払う。開いた道をまっすぐ進んだリラが、氷をまとった大きな蜘蛛を大剣で粉々にした。
左へ回ったセリカの紅蓮剣からは炎が長く伸び、壁に残る蜘蛛をまとめて斬っていく。
悠真は二人の動きに合わせて、障壁の形を変えた。背後から飛んできた氷の針を弾いた直後には、もう火球を撃ち返している。
試しに天井の一匹の前へ小さな障壁を置くと、蜘蛛は見えない板へぶつかって脚を滑らせた。落ちてきたところを、リラが斬り飛ばす。
「今の、助かりました!」
「そっちのもいくぞ」
セリカへ近づく蜘蛛の足を炎で止めると、迷わず紅蓮剣がそこへ届いた。頭上を気にせず駆ける彼女の先にも、もう一つ炎を送っておく。同時に左右へ置いた二枚の障壁が、後ろから跳んだ蜘蛛を止める。
離れた場所で、攻撃も防御も同時に動かせる。天井へ逃げ込もうとした蜘蛛も、次の火球が追いかけて撃ち落とした。
群れの最後に、荷馬車ほどの蜘蛛が現れた。
透けた腹の中で、青い光が脈打っている。脚が石を削るたび、通路が低く鳴った。
大剣を構えたリラより先に、悠真は前へ出た。
「そいつは俺にやらせてくれ」
「いいですよ。格好よく倒してくださいね」
「ああ。期待してくれ」
自分でも笑うほど素直な返事が出た。
巨大蜘蛛が開けた口から冷気が吹き出し、床を白くして岩の表面を割っていく。悠真はそれを障壁で受け止め、火術の威力を引き上げた。
蜘蛛が防御に気を取られた瞬間、風歩で距離を詰めた。
月鋼剣へ炎をまとわせる。
上から落ちてきた脚を斬り払い、そのまま腹へ刃を通した。硬い殻が軋み、内側の光が大きく膨れる。飛び離れざまに、悠真は周囲へ火球を四つ置いた。
中心へ集める。
炎が蜘蛛を包み、重い体が音を立てて崩れた。
熱風を障壁で止めると、通路には溶けた水だけが残った。大きな魔石が、浅い水の中できらきらと輝く。
悠真が拾い上げてみると、握った指の間から青い光が漏れるほど大きい。
「高く売れそうだな」
「今、最初にそれ?」
セリカが笑った。
「これだけ大きければ、帰った日にいい店へ行けるだろ」
「ええ。そういう顔、好きよ」
思わず見返した先で、セリカは少し頬を赤くしながらも視線をそらさなかった。
そこへ、リラが悠真の腕へ飛びついてきた。
「私も大好きです。さっきの、炎が全部一緒に飛ぶところ、もっと見たいです」
「また敵が出たらな」
「出てほしくなっちゃいますね」
悠真は天井から落ちた小さな魔石も拾い集めた。リラが大きな蜘蛛を斬った辺りにも、まだ幾つも転がっている。
坂の下には、小さな水場があった。
魔物の気配を確かめてから、三人は休むことにした。戦闘で温まった体へ冷たい空気が心地よい。セリカが濡れた床を炎で乾かすと、そこだけ湯気が上がった。
「座るところを作るのにも便利だな」
「剣を振るだけに使うのは、もったいないでしょう。こっちへ座って」
彼女は得意そうに笑い、紅蓮剣を鞘へ収めた。
収納からパンと肉を出すと、真っ先にリラの耳が反応した。戦ったあとの彼女は、食べ物を見る目が一段と明るい。
悠真は肉を火術で温めながら、別の手で水の器を三つ浮かべた。器を支えるのは薄い障壁だ。並列記述で扱えば、炎と小さな足場を同時に保つのも難しくない。
漂ってきた器を受け取ったセリカが、呆れた顔をする。
「すぐ生活にも使うのね」
「使える物は使わないともったいない。温かい食事の方がいいだろ」
「それは大賛成」
リラはパンに肉を挟み、大きく頬張った。悠真の分を作るときは、肉を一枚増やしてくれる。
「たくさん力を使ったから、たくさん食べてください」
「使ってなくても食べたいけどな」
「じゃあ、もっと入れます」
結局、悠真のパンがいちばん厚くなった。
食べ終えたリラが、今の力で空の器を片付けられるかと尋ねた。さっそく悠真が三つの器の下に小さな障壁を置き、まとめて手元へ寄せようとした時だった。
横からセリカが一つをさらっていき、器のなくなった障壁だけが空のまま悠真の方へ流れてくる。
「まだ飲んでるわよ」
「悪い。そのまま持っててくれ」
悠真は空いた二つだけを水場へ運んだ。セリカの手に残った器を見て、リラも自分の分をもう一杯ほしいと言う。
水を足してゆっくり浮かべてやると、リラは楽しそうに器を受け取った。今度は飲み終えるまで離さない。
セリカがパンくずを指で払っていると、リラが青い宝石の話を持ち出した。
「飾り、どんな形にしますか?」
「まだ決めてないわ。小さくて、戦うときに邪魔にならないのがいい」
「休みの日は、大きくてもいいだろ」
悠真が言うと、セリカは目を細めた。
「あなた、私を飾り立てたいの?」
「似合うところを見たい」
正直に答えると、セリカは少し考えてから、まんざらでもなさそうに頷いた。
「じゃあ、休みの日に着ける。ちゃんと見なさいよ」
どの服に合わせるのか聞くと、セリカは買った青い服に合わせてみたいと答えた。リラも隣で、どんな鎖が似合うか考え始める。
休憩を終え、奥へ進んだ。
水場の先から、迷宮の様子が変わっていた。壁に白い筋が走り、ところどころから氷の柱が突き出している。霧が床へ沈み、代わりに息が白くなった。
セリカは手のひらに小さな炎を灯す。
「奥に何かいるわね。冷気が、全部あっちから来てる」
悠真も頷いた。新しく得た並列記述の文字は、落ち着いた光を放っている。力の手応えがあるうちに、もう一つ大きな相手を倒してみたい。
前方に、丸い広間が見えた。
その真ん中で、白い毛の巨大な獣が眠っている。
リラが耳を前へ向け、唇を引き結ぶ。
「寝息が浅いです。もう起きかけてます」
「起きたら、床が揺れそうだ」
悠真が言い終える前に、獣の目が開いた。
赤い光が三人を捉える。
低い咆哮とともに、広間の霧が一斉に押し寄せてきた。
お読みいただき、ありがとうございます。
「面白かった」「続きが気になる」と思っていただけたら、ブックマークや☆からの評価をいただけるとうれしいです。
感想も楽しみにしています。




