第33話 好きなだけ炎を放て
朝のうちに東の森へ入ると、古い石切り場へ続く道に肉が置かれていた。木の皿に盛られ、丁寧に葉まで敷いてある。その向こうに三人の男が隠れているのに気づいて、悠真は声をかけた。
「これ、何のために置いてるんだ?」
「狼への供え物だ。一匹だけの頃は、これを置いておけば薪場まで追ってこなかった」
薪を拾いに来た男たちだった。ところが最近は十匹以上が集まり、ギルドへ討伐を頼んだという。それまでのつなぎに、肉を増やしてしのいでいたらしい。
悠真は肉と森を見比べた。
「十匹もいたら、一皿じゃ足りない。食いっぱぐれた奴は、皿を置いた人間の匂いを追ってくるぞ」
「……それで、今朝は薪場まで来たのか」
男たちが顔を見合わせる横で、リラが鼻を動かして奥の茂みへ目を向けた。
「もう来ています。たくさん」
悠真は男たちを後ろへ下がらせ、皿の肉を収納した。置いたままじゃ狼を呼ぶだけだし、気をそらす餌くらいには使えるだろう。
黒い影が木々の間に現れた。
黒牙狼は普通の狼よりずっと大きく、長い牙が口の外へ突き出している。喉の奥から低い唸りを響かせ、悠真たちを囲もうとしていた。
「リラ、左。セリカ、右を頼む」
「はい!」
「任せて」
返事が重なると同時に、悠真は正面の群れへ踏み込んだ。月鋼剣の一振りで、先頭の二匹が揃って倒れる。続いて飛びかかってきた狼を障壁で弾くと、そこをリラの大剣がまとめて薙ぎ払った。
反対側では、セリカの炎が木々の隙間を走った。狼だけを包んだ金色の火は、幹を焦がす前にふっと消える。山道で戦った時より、扱いがずっと細かい。
「上手いな!」
悠真が声をかけると、セリカは楽しそうに笑う。
「燃やしたいものを、ちゃんと選べるの。これ、気持ちがいいわ」
逃げようとした最後の一匹を、悠真の飛ばした斬撃が道の先で捉える。あっという間に、群れは全滅していた。
腰を抜かしていた男たちに悠真が手を貸すと、いちばん年上の男が何度も頷いた。
「一匹の頃と同じつもりでいた。あの数じゃ、肉も俺たちの腕も足りなかったな」
「頼んでくれて正解だ。俺たちはその仕事で来た」
「ありがとう。本当に助かった」
群れが片づいたことを町へ知らせると言って、男たちは引き返していった。狼の素材を収納し終える頃には、その背中も木々の向こうに消えていた。
「巣は奥だな」
リラが鼻を動かして頷き、石切り場の方を指さした。
歩きながら、セリカが新しい靴を見下ろした。
「足が楽。さっきも、思ったところへすぐ踏み込めた」
「買って正解だったな」
「ええ。あなたに選んでもらってよかった」
道の段差を軽く越えていくセリカを追って、悠真も石切り場を見渡せる高い場所へ上がった。
見下ろすと、削られた岩肌の下に大きな穴が開いていた。入口にたむろする狼は、さっきの群れよりさらに多い。
悠真は思わず笑った。
「ずいぶん集まってるな」
「全部、倒しますか?」
リラの目も輝いている。
「ああ。三人の連携を試すには、ちょうどいい」
剣を抜いて炎をともしたセリカが、穴の周りを見回してから悠真へ聞く。
「奥まで火を届かせたいけど、逃げて森へ散ったら面倒ね」
「入口は俺が囲う。好きなだけ使ってくれ」
「本当に?」
「遠慮はいらない。強いところを見たい」
一度目を閉じて深く息を吸うと、セリカは剣を両手で握った。
炎が膨らんだ。
髪の赤よりも明るい金色が、彼女の体を照らす。その光を横目に、悠真は石切り場を囲うように障壁を張り、リラが飛び出せる道だけを開けた。
「リラ、出てきた連中を頼む」
「任せてください!」
最初の炎が巣穴へ流れ込むと、怒りの咆哮とともに狼たちが一斉に飛び出してきた。横へ逃げようにも悠真の障壁が道を塞いでいて、正面に残った通り道ではリラが待っている。
獣王の大剣が金色に光った。
横薙ぎの一撃で、先頭の群れが崩れる。その後ろへ悠真が炎を重ね、さらに近づいてきた敵を月鋼剣で断った。次々に魔物が倒れ、石切り場の地面が黒く埋まっていく。
セリカは止まらなかった。剣を振るたび、新しい炎が穴の奥へ届く。痛みで顔を歪めることも、首へ手をやることもない。
彼女は笑っていた。
「こんなに、使えるのね!」
巣穴の上で、石が崩れた。別の出口があったらしい。炎を逃れた狼が高い岩から飛び出し、セリカの背後へ回ろうとしている。
とっさに悠真は障壁を一枚外へ張り出した。透明な壁を掻いた狼が足場を失って地面へ落ち、そこへリラの大剣が届く。
「上も押さえます!」
「頼む。セリカは奥へ届かせてくれ」
剣を低く構え直したセリカが、炎を地面すれすれに流す。洞穴の曲がった先まで金色に照らされ、奥から出てくる狼が目に見えて減った。代わりに響いてきたのは、重い爪音だ。
二人が入口を広く守ってくれるから、自分は爪音の主に集中できる。悠真は月鋼剣を持ち直した。
巣穴の奥から、ひときわ低い咆哮が響いた。
現れたのは巨大な黒牙狼だった。頭の高さは人の二倍近くあり、体を覆う毛は鉄の針のように硬そうだ。炎を浴びても足を止めず、セリカへ真っ直ぐ迫ってくる。
「来たわね」
セリカが構えた。その隣へ悠真も並ぶ。
「大物は、俺にもやらせてくれ」
「いいところを持っていくの?」
「見せたいんだよ」
正直に言うと、彼女は笑って一歩譲った。
巨大な狼が跳んだ。牙が迫り、熱い息が顔を撫でる。その顎を障壁で受け止めて、悠真は魔物の頭を高く持ち上げた。
無防備になった喉へ、月鋼剣を走らせる。
一撃で深く裂けた。暴れる巨体が爪で障壁を叩くのも構わず、もう一度剣を振る。首が断たれ、狼の体が地面へ落ちた。
凄まじい音が石切り場に響いた。
悠真は剣を払い、セリカへ向き直った。
「どうだった?」
「……格好よかった」
セリカは剣を下げたまま、倒れた巨体を見た。
「私の炎を抜けてきた時は驚いたけど、あなたは待っていたのね」
「一番大きい奴を倒したかったからな」
「次は譲らないかもしれないわよ」
悠真が笑って洞穴の方へ目を向けると、入口を見張っていたリラが静かになった奥へ鼻を向けていた。
その耳も尾も、もう落ち着いている。念のため明視で奥を確かめてから、三人で中へ進んだ。
中には、襲われた旅人たちの荷物が集められていた。壊れた物も多いが、金属の武具や魔石は残っている。使えそうなものは収納して、持ち主がわかりそうな荷はギルドへ渡すことにした。
壁際には黒く光る鉱石もあった。セリカが拾って炎へかざすと、表面が赤く輝く。
「火に強い石かもしれないわ。武器の材料になるのかな」
「詳しい人に見せよう。いい剣を作れるなら、ぜひ使いたい」
鉱石を収納へ収める悠真の横で、セリカは剣の柄に焦げが増えていないか確かめていた。
外へ出ると、昼の日差しが石切り場を照らしていた。戦いの熱がようやく引き、リラが腹を押さえる。
「お腹、空きました」
「俺もだ。少し休んで食べよう」
日の当たる岩場で、持ってきたパンと肉を分けた。悠真の隣へ座ったセリカが、少し迷ってから肩の触れる距離まで寄ってくる。
「今日、私も役に立った?」
「すごく。セリカがいて楽だったし、楽しかった」
「私も、楽しかった」
セリカは炎を出した手のひらを上へ向けた。
「巣穴の奥で、火の形を変えてみたの。見えた?」
「ああ。入口まで戻ってくる炎が減った」
「前なら、強くするか消すかで精いっぱいだった。今度は曲がった通路の奥も狙えそう」
肉を飲み込んだリラが、洞穴の上の穴を指さして耳を伏せた。さっき狼が飛び出してきた所だ。セリカも少し眉を寄せたが、すぐにその高さまで炎をどう通すか考え始めている。
悠真が二人の間へ小石を並べ、巣穴と自分たちのいた場所に見立てる。そのうちの一つを、セリカが指で少しずらした。
「ここからなら、リラを避けて奥まで撃てるわ」
「次の群れでやってみよう。俺が上を押さえる」
二人とも、すぐに頷いた。
休憩を終えると、三人は川沿いの道で町へ戻ることにした。橋を渡れば、帰りは少し早い。
川へ下りる道に入ると、木々の間から橋が見えてきた。その向こうには、リーデンへ続く街道が伸びている。
麦穂亭の夕食の話をしながら、リラが手を差し出してくる。それを握り返すと、反対側ではセリカが鉱石を日に透かしていた。
川の音が近づいた時、白い影が道を横切った。犬ほどもある兎だ。ただ、足の速さがさっきの狼とはまるで違う。
悠真の目に、新しい能力の文字が浮かび始めた。
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