第32話 赤い髪に似合う服
よく晴れた翌朝、リーデンの大通りでセリカが服屋の前に足を止めた。窓の向こうに並ぶ明るい色の上着や柔らかそうな服を見ながら、剣を持つ手に少し力を込めている。
「どうした?」
悠真が聞くと、彼女は苦笑する。
「こういう店に、自分のために入るのは久しぶりで。どれを選べばいいか、わからないの」
「着てみればわかる。俺も見たいし」
率直に言うと、セリカが目を逸らした。赤い髪の下で耳まで赤くなっている。リラは楽しそうに彼女の手を取り、店へ入っていった。
「悠真さん、似合うものを見つけるのが上手ですよ」
「自分の好みで選んでるだけだよ」
「悠真さんの好みだから、嬉しいんです」
返す言葉がなくて、悠真は頭をかいた。前に来た二人を覚えていた店主が、新しい同行者へ興味深そうに目を向ける。
「今日は赤毛のお嬢さんね。少し待っていて」
セリカが緊張したまま奥へ案内されていき、悠真とリラは椅子で待つことにした。腰を下ろすなり、リラが当然のように腕を絡めてくる。
「セリカさん、何色が似合うでしょう」
「青かな。髪の色が綺麗に見えそうだ」
「では、私は黄色のままで隣にいます」
悠真は黄色の服の袖を見せるリラに頷いた。青い服のセリカがその隣に立てば、きっとよく映える。
やがて仕切りの布が開いた。
セリカは深い青の服を着ていた。首元がゆったり開き、赤い髪が肩の上で鮮やかに広がっている。帯を締めた腰が、思ったより細い。普段の剣士姿とは、まるで別人だ。
悠真は素直に見惚れた。
「よく似合ってる。綺麗だ」
セリカは胸元を押さえかけ、途中で手を下ろした。
「首が見える服って、落ち着かないわね」
「嫌なら別のものでもいいけど、俺はそれが好きだ」
「……じゃあ、これがいい」
鏡へ向き直ると、彼女は肩にかかった髪を後ろへ払い、襟元が見えるようにしてもう一度服を眺めた。
リラが横へ並んだ。
「綺麗です。髪も、もっと下ろしてみませんか」
「戦わない時なら、それもいいわね」
鏡の前で二人が相談を始めても、セリカの目は何度も青い服の裾へ落ちている。悠真は店主に頼んで、その一着を取り置いてもらった。
セリカが明るい色の上着も試すと、動きやすい丈のおかげでいつもの勝ち気な雰囲気が戻ってきた。それもいいと褒めた悠真に、彼女は首をかしげて笑う。
「何でも褒めていない?」
「似合うから褒める。二つとも買えばいいだろ」
「そんなに贅沢していいの?」
「昨日、三人で稼いだ金もある。好きなものを買おう」
少し考えて、セリカは青い服と上着の両方に決めた。その間にリラが見つけていたのは、自分の服に合う細いリボンだ。悠真がそれを手に取ると、彼女は嬉しそうに顔を上げた。
「私にも、選んでくれますか」
「もちろん。リラにはこっちの色がいい」
悠真が栗色の髪に淡い黄色のリボンを当ててやると、リラは照れながら笑い、セリカも似合うと頷いた。
服屋の次は、靴と防具だ。セリカは靴をまだ使えると言うが、底はすり減って薄くなっている。
「昨日、かなり走っただろ。足に合うものへ替えよう」
靴屋で履いた新しい一足を、セリカはすぐに気に入ったようだった。何度か歩いては軽く跳ねて、底の感触を確かめている。
「全然違う。足が前へ出やすいわ」
「じゃあ、それだ」
「決めるの、早いのね」
「履いてきた靴より楽そうだ。俺もそれがいいと思う」
店を出ようとしたところで、セリカが壁に掛かった短いマントへ目を留めた。
「これも試せる?」
着てみると背中は暖かいが、腕を上げた時に肩が引かれた。店主は流行の形だと勧めたものの、セリカはすぐに脱いだ。
「剣を振る日は、肩が動く方がいいわ。さっきの上着を着ていく」
「俺も、その方がセリカらしいと思う」
その言葉に、彼女は買った上着をもう一度羽織った。リラが「じゃあ青い服は休みの日ですね」と言い出して、今度の休みに一緒に出かける話になる。
その約束に悠真も乗り、自分用には手袋だけ買い足した。
途中で寄った市場の革細工屋では、注文してあったリラの大剣の鞘を受け取った。さっそく背負ったリラが肩の上で柄の位置を何度も確かめ、これで宿の扉に刃をぶつけずに済むと笑う。
防具屋で買ったのは、セリカの軽い革の胸当てだ。剣の柄にも熱に強い革を巻いてもらうと、職人はその刃を眺めて少し難しい顔をした。
「炎を流すなら、そのうち剣そのものを替えた方がいいな。今の刃では、強い魔力を受け止めきれん」
「すぐ駄目になりそうか?」
「今日明日で折れるほどじゃない。だが、いい剣を探しておけ」
悠真は頷いた。せっかく思いきり炎を出せるようになったのに、剣のせいで加減させたくない。いい剣が見つかったら、迷わず買おう。
昼になって三人が入ったのは、広場の食堂だった。日当たりのいい外の席が、買ったばかりの服を着たセリカによく似合う。
市場で火の獣を止めた人かと店員に聞かれたのは、席に着いてすぐだった。あの日、店主の兄が焼き串の屋台を出していたのだという。料理を一品増やすと言われて、悠真は喜んで礼を言った。
「市場で働いた分が、ここで返ってきたな」
「嬉しそうね」
顔に出ていたらしい。
「褒められるのも、旨いものが増えるのも好きだよ」
「正直」
「セリカも食べたいだろ」
「それは、そうね」
追加された料理は、香草を使った焼き鳥だった。リラが目を輝かせ、セリカもすぐに手を伸ばす。二人に挟まれて飲む冷たい果実水が、やけに旨い。
リラがいつもより静かなことに気づいたのは、食事の途中だった。皿の肉は順調に減っているので、具合が悪いわけではなさそうだ。
「どうした?」
顔を寄せて聞くと、彼女は小さな声で答えた。
「今日の悠真さん、セリカさんばかり見てるので」
悠真は素直に頷いた。新しい服姿をもっと見たいと思ったのは事実だ。
「綺麗だったからな。でも、リラが隣にいてくれるのも、ずっと嬉しい。帰りはリラの行きたい所へ寄ろう。どこがいい?」
リラは顔を上げ、少し考えてから笑った。
「では、帰りに花屋へ寄りたいです。部屋の花を増やしたいので」
「いいよ。好きなのを選んでくれ」
二人を見ながら静かに果実水を飲んでいたセリカが、少しだけ羨ましそうに笑った。
「私の部屋にも、花を置こうかしら」
「一緒に選ぼう」
悠真が言うと、彼女の表情が明るくなった。
花屋では、リラが黄色い花を、セリカが白い花を選んだ。その両方の花束を悠真が抱え、三人で麦穂亭へ戻る。通りの人に振り返られるたび、つい胸を張ってしまう。
セリカの部屋で花を瓶へ移すのを手伝うと、彼女は上着の裾を直しながら窓辺へ立った。白い花と赤い髪が、午後の光に映える。
「また、この服を着てもいい?」
「もちろん。俺にも見せてくれ」
「あなたに見せるために、着るつもりだったの」
悠真が思わず見ると、セリカは窓の方を向いてしまった。それでも、返事を待つようにその場から動かない。
「それなら、次は俺から誘う。青い服で来てくれ」
「……ええ」
廊下からリラの呼ぶ声がして、セリカは花瓶を窓辺へ置くと悠真と一緒に扉へ向かった。
「今日はありがとう。全部、気に入った」
「ああ。また行こう」
廊下では、黄色い花を抱えたリラが待っていた。その花を彼女の部屋にも飾り、買った物をしまってから三人で階下へ戻る。
その後ギルドへ顔を出すと、フィナが新しい依頼を示した。近くの森で黒牙狼が大きな巣を作っていて、街道へ群れが出る前に討伐してほしいという。
「三人なら、お願いできると思いまして」
「場所は?」
「東の森です。古い石切り場の奥に巣穴があります」
悠真が見ると、二人はもう乗り気だった。セリカは巻き直したばかりの剣の柄に触れ、リラは獣王の大剣の重さを確かめるように肩を動かしている。
「明日、行こう。新しい装備も試したいだろ」
「ええ。今度はもっと上手く合わせられるわ」
「私も頑張ります」
悠真はその場で依頼を引き受けた。夕食を楽しみに宿へ向かう道を、三人で並んで歩く。それがもう、自然になり始めていた。
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