第31話 三人なら、もっと強い
北の山道の手前にある宿営地では、昨日のうちに避難した旅人たちが夜を明かしていた。悠真たちはそこで、案内役の護衛と合流した。
火を吐く蜥蜴を三人が倒したら、待っている荷車を通す。
その打ち合わせに来た悠真は、人々の肩に目を留めた。旅人たちが水に浸した布を一枚ずつ羽織り、護衛の男も同じ布を首に巻いている。
「蜥蜴の火は、濡れた布一枚で一息はしのげる。その間に岩陰へ走るんだ」
男は慣れた口ぶりで説明した。だが、斜面に巣くった群れは十を超えるという。並んで吐かれれば、布はすぐに乾く。護衛は彼一人で、子供連れもいる。日が高くなる前に通りたいのか、男は何度も空を見上げていた。
悠真が布の端を持ち上げると、冷たい水が手へ落ちた。
「一息しのげても、十匹に続けて吐かれたら、岩陰まで走りきれないな」
「だから、ギルドの討伐隊を待ってたんだ」
「群れは俺たちが先に倒す。布はそのままでいい。合図があるまで、ここで待ってくれ」
悠真の札を見た護衛が、驚いたように息を吸う。その目が、リラの大剣とセリカの剣にも向いた。
「三人だけで、あの群れを?」
「十分だ」
そう答えて、悠真はセリカへ道の先を示した。今日の先陣は、広い範囲を焼ける彼女の炎だ。
護衛に案内されて三人が山道へ入ると、曲がり角の向こうに動けなくなった荷車が見えた。先に様子を見に出た数人が、折れた車輪を取り替えようとしている。
悠真が手を貸そうとした時、山の斜面に牛ほどもある赤い蜥蜴が姿を見せた。一匹では終わらず、岩の間から次々に頭が現れて道を見下ろす。
護衛の叫びに、荷車のそばの人たちが布を頭まで引き上げて身を縮めた。
「そのまま歩いて! 俺の後ろを通ればいい!」
道沿いに悠真が作った障壁へ、蜥蜴の吐く炎がぶつかって空へ流れていく。驚いて足を止めた人々に、リラが明るい声で呼びかけた。
「大丈夫です。こっちへ来てください」
彼女が先に歩くと、旅人たちも続いた。布の陰で縮こまっているより、ずっと速い。護衛が車輪の留め具を押し込んで、修理の終わった荷車も動きだした。
悠真は障壁を保ちながら、セリカへ目を向けた。
「見せてもらおうか」
「ええ。よく見ていて」
彼女の剣に金色の炎がともった。赤い髪を風に流して道の外へ出たセリカへ、蜥蜴たちが一斉に口を開く。
炎がぶつかり合う。
セリカの剣が一閃し、敵の火が左右へ裂けた。金色の線が蜥蜴の首を横切り、三体がまとめて倒れる。自分の一撃を確かめるように足を止めてから、彼女は悠真へ笑顔を向けた。
「どう?」
「最高だ。もっと見たい」
悠真の言葉に、セリカは楽しそうに剣を構え直した。
旅人たちを岩陰へ送り届けたリラも、すぐに戻ってきた。獣王の大剣を肩へ乗せて、待ちきれない顔をしている。
「私も行きます」
「ああ。セリカと一緒に、道を塞いでる連中を頼む」
「はい!」
リラが駆け出す。蜥蜴の巨体が立ち塞がったが、彼女の大剣が真正面から押し切った。岩を踏み砕く音とともに魔物が倒れ、その後ろから迫った一体をセリカの炎が包む。
二人の動きは、初めて組んだとは思えないほどよく合っていた。
見ているだけじゃ、物足りない。前へ出た悠真の目に、道の奥の一回り大きな蜥蜴が映った。群れの中心らしく、他の魔物がそちらを守ろうとしている。
「大きいのは俺がもらう」
「どうぞ。私たちは周りを片づけるわ」
頼もしい返事を背に、悠真は月鋼剣を抜いて踏み込んだ。
迎え撃つように、巨大な蜥蜴が道幅いっぱいの炎を吐く。悠真が障壁で正面から割ると、炎は両側へ流れて真ん中にだけ進める道ができた。
そのまま近づき、剣を振るう。
厚い首が一撃で断たれた。横倒しになった蜥蜴の体に、山道が大きく揺れる。
後ろを振り返ると、岩陰の旅人たちが口を開けてこちらを見ていた。
「すげえ……」
護衛の声が聞こえる。悠真は剣を下げ、まだ斜面に残る魔物へ顔を向けた。
山の上から別の音がした。
石が落ちてくる。蜥蜴たちが斜面を走り回ったせいで、崩れかけていた岩が動き出したのだ。道へ転がってくる大きな塊の先には、荷車がある。
「悠真さん!」
「見えてる!」
斜面へ差し込んだ障壁で岩を受け止めると、ずしりと重さが腕へ伝わった。魔物の一撃とは違い、ずっと押し続けてくる力だ。
足を踏ん張って魔力を強く流す。持ち上げるように傾いた透明な壁から、岩が道と反対側へ転がり落ちた。谷底で、何度も重い音が響く。
荷車には、傷一つない。
「通れるぞ。早く行ってくれ!」
その声で人々が一斉に動き出し、護衛も首の布を外して荷車を押す。
残りの蜥蜴は、リラとセリカが追い払っていく。背を向けた一体も、リラの金色の斬撃に追いつかれた。炎と大剣が並ぶ景色は、見ていて気持ちがいい。
最後の魔物が倒れ、道沿いに立てていた障壁も消える。
山道へ静けさが戻った。
剣の炎を消したセリカが、自分の手を見つめている。悠真が近づくと、彼女は顔を上げた。
「何度振っても、平気だった」
「そうなるようにしたからな」
「わかってる。でも、嬉しくて」
彼女は剣を収め、悠真へ晴れやかな笑顔を向けた。
「ありがとう。今日、戦うのが本当に楽しかった」
「次も先頭を頼めそうだな」
「ええ。リラと場所を交代しながら行けば、もっと速く倒せると思う」
そのリラは、倒れた蜥蜴の尾を持ち上げて荷車の通る場所から退けている。それだけで、道は見違えるほど広くなった。悠真も一番大きい死骸を収納し、宿営地へ合図を送る。
旅人たちが、遠慮がちに近づいてきた。先頭の商人は何度も頭を下げ、護衛の男は乾きかけた自分の布をつまんで苦笑する。
「いつもなら、これで一息しのいで岩陰へ走る。だが、あの数に並んで吐かれたら、布が乾く方が早い。火の前に壁を立てられちゃ、かなわんよ」
「壁を立てるのは得意なんだ」
「ああ。よく分かった」
商人たちが礼にと果物や乾燥肉を分けてくれた。悠真はありがたく受け取り、魔物の素材と一緒に収納しておく。
休憩中、一人の若い女商人がセリカへ声をかけた。
「炎の剣、綺麗でした。あの方のお仲間なんですね」
「そうよ。昨日からだけど」
「お似合いの三人ですね」
一瞬だけ言葉に詰まったセリカの代わりに、悠真が横から「次も三人で来るよ」と答える。彼女は小さく頷いた。
帰り支度の前に、道端の平たい岩へ腰を下ろして昼食を取る。商人にもらったパンにリラが肉を挟み、それをセリカが小さな炎で温めて悠真へ差し出した。
「こういう使い方も、できるのね」
「戦い以外でも役に立つ。旨い飯のためなら大歓迎だ」
かじってみると、肉の脂がパンへ染みていた。素直に褒めたら、セリカは照れたように笑って自分の分も同じように焼きはじめる。
宿営地から来た荷車が、昼食の場所を次々に通っていく。濡れた布は荷台へ畳まれ、子供たちは道の脇に残る爪痕を覗き込んでいた。
通り過ぎる人たちの中から、車輪を修理していた男が三人のそばで足を止めた。
「セリカさんだったな。蜥蜴の火を真っ二つにしたの、車輪の陰から見てたよ。あんな剣、初めてだ」
名前を覚えられていた彼女は少し驚き、すぐに誇らしげな顔になった。
「また通れなくなったら、ギルドで私たちを指名して」
「そうする。次は最初から頼むよ」
男が行ってしまうと、セリカは残ったパンを見つめたまま笑った。
「自分の名前で呼ばれるの、いいわね」
「だろ。俺なんか、呼ばれるたびに背が伸びる気がする」
自分の分の肉を挟み終えたリラが、次はもっと近くで炎を見てみたいと言い出した。それなら大剣を振る辺りには火を残さないと、セリカもすぐに応じる。残りのパンを分ける悠真をよそに、二人の相談はしばらく続いた。
安全な分かれ道まで旅人たちを送ると、三人はリーデンへ戻ることにした。道中、セリカが剣の柄を見て少し眉を寄せる。
「普通の剣には、今の炎が強すぎるのかもしれないわ」
悠真が覗き込むと、柄の革に薄く焦げた跡があった。
「装備を見直そう。服も、戦いやすいものが必要だな」
「買い物ですか?」
リラの耳が立つ。
「ああ。明日は三人で回ろう」
セリカも笑ったが、焦げた革が気になるのかまた柄を握り直している。剣を扱う店と彼女が寄りたい服屋の場所は、宿で聞いておくことにしよう。
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