第30話 三人で食べる甘いもの
昼過ぎの菓子店は、通りに面した窓から日差しが入って明るかった。窓際の席に果物を挟んだ菓子が運ばれてくると、セリカは一度悠真の顔を見た。食べていいか確かめるような目だった。
「好きなだけ頼んでいいって言っただろ」
「そうだけど、こんなに大きいとは思わなくて」
彼女の皿には、白いクリームを重ねた焼き菓子が乗っている。リラはその隣で、すでに一口目を頬張っていた。
「美味しいです」
頬を緩めるリラを見て、セリカもスプーンを取った。口へ入れた瞬間、緑の瞳が大きくなる。
「……甘い」
「好みじゃなかったか?」
「好き。すごく好き」
彼女は慌てて答え、もう一口食べた。さっきまで首飾りで苦しんでいた姿が嘘のようだ。女の子二人が並んで頬張る顔を、悠真は自分の菓子を食べながら見ていた。いい眺めだ。
「悠真さん、こちらも食べますか?」
リラが差し出してきたのは、赤い果物を乗せたスプーンだった。少し照れながら口を開けると、甘酸っぱい味が広がる。
「旨いな」
「はい。次は私にもください」
当然のように待たれては断れず、悠真も同じように食べさせる。その様子に、セリカが興味深そうに眉を上げた。
「本当に仲がいいのね」
「恋人ですから」
リラが胸を張った。その言葉は、何度聞いてもいい。
「昨日、そうなったばかりだけどな」
「じゃあ、邪魔しちゃった?」
セリカの顔が曇りかけたので、悠真は首を振った。
「邪魔なんかじゃないよ。セリカを助けたいって言い出したのは俺だし、リラも手伝ってくれたんだ」
「困っているのを見たら、放っておけません。それに、炎の剣がとても綺麗でした」
リラが言うと、セリカの表情がほどけた。
「ありがとう。私も、あなたの大剣は格好いいと思ったわ」
そこから二人は、互いの武器の話を始めた。振った時にどんな感触がするか、どれほど力を込められるか。
リラの剣の長さを聞いたセリカは、どれくらい離れれば二人とも振りやすいかを考えている。悠真も話に加わって、炎と大剣を並べるなら間の敵は自分が止めると言った。
「セリカ」
悠真が名前を呼ぶと、彼女がこちらを見る。
「これからのこと、決めてるか?」
「まだ。自由になったら何をしようって、考える余裕がなかったから」
首に触れかけた手を、セリカは嬉しそうに下ろした。
「でも、冒険は続けたい。今の力なら、行ける場所も増えるでしょうし」
「だったら、俺たちと一緒に来ないか」
悠真ははっきり言った。
「セリカの剣をもっと見たい。三人なら楽に勝てる相手も増えるし、稼いだら一緒に遊べる」
「私を、仲間に?」
「ああ。来てくれたら嬉しい」
リラへ目を向けると、彼女は頷いた。
「私も、一緒に戦ってみたいです。悠真さんといると、毎日楽しいですよ」
スプーンを置いて二人を見たセリカの顔から、さっきまでの遠慮が消えていく。
「行きたい。あなたたちと」
悠真は手を差し出した。
「よろしくな」
「こちらこそ。助けられっぱなしにはならないわ。剣でちゃんと返すから」
「楽しみにしてる」
セリカの手が、しっかりとそれを握った。剣を使う手だが、指は細くて温かい。軽く力を込めて応えると、彼女は少しだけ目を逸らした。
そこへリラが、横から自分の手を重ねてくる。
「三人の最初の仕事、何にしましょう」
「その前に、もう一皿頼まないか」
この提案には、二人ともすぐに賛成した。
甘い食事を終えて店を出る頃には、セリカの足取りまで軽くなっていた。自由になった首を風が撫でるたび、彼女は嬉しそうに笑う。
ギルドへ向かう途中では、昨日市場で助けた店主たちが声をかけてきた。ベルガーが捕まった話は、もう広がり始めているらしい。
「おかげで安心して商売できるよ」
「次からは買い物で寄る。いいものを用意しておいてくれ」
任せろと胸を叩く店主とのやり取りを、セリカは少し眩しそうに見ていた。
「あなたたち、町で人気なのね」
「セリカもすぐにそうなる。さっきの炎を見た人は、もう覚えてるはずだ」
「そうかしら」
「俺は、一回で忘れられなくなったよ」
セリカの頬が赤くなると、反対側からリラが悠真の腕を抱えて顔を覗き込んできた。
「私のことも、忘れられませんよね」
「もちろん。隣にいてくれないと困る」
彼女は満足そうに笑った。右にリラ、左にセリカ。日差しまで、いつもより明るい。
ギルドではフィナが待っていた。市場と商館の件を聞くと、驚きながらもすぐにセリカへ椅子を勧める。
「お体は大丈夫ですか?」
「もう平気。悠真が治してくれたから」
「またですか……本当に、何でもできるんですね」
フィナの視線に、悠真は少し肩をすくめた。できることは、まだ増える。一番楽しみにしているのは、たぶん俺だ。
市場の商人たちから集まった謝礼と、暴走魔物の討伐報酬が渡された。受け取った金袋をしまうと、悠真の目はセリカの剣へ向いた。
「セリカの装備も見よう。今日は休んで、明日以降にでも」
「そこまでしてもらうのは……」
「俺がしたい。仲間になったんだから、一緒に強くなろう」
セリカは少し考え、それから頷いた。
「じゃあ、私も遠慮しすぎるのはやめるわ」
「それがいい」
掲示板へ向かおうとすると、ローデンが奥から出てきた。ちょうどいい。セリカが仲間になったことを伝え、そのまま切り出す。
「三人で受けられる討伐を探したい。セリカの炎を見たら、もっと上の相手とも戦ってみたくなった」
ローデンは三人を見回して笑った。
「ますます派手な組になったな。ちょうど頼みたい仕事がある」
ギルド長が示したのは、北の山道を塞ぐ火蜥蜴の討伐だった。旅人は護衛に連れられて麓の宿営地へ避難し、今は安全な場所で街道が開くのを待っているという。
「明日の朝、山道の手前で案内人と合流してくれ。旅人たちを先へ通したい。行けるか?」
悠真が目を向けるより早く、セリカが身を乗り出していた。
「行きたい。今の力で、人を助けてみたい」
「リラは?」
「もちろんです」
三人の最初の仕事として、悪くない。炎を自在に使う新しい仲間にも、ちょうど力を見せる機会になる。悠真は頷いた。
「受ける。明日の朝、三人で出るよ」
「助かる。道中の魔物も、倒せるだけ倒してくれて構わん」
「それは任せてくれ」
悠真が答えると、ローデンは愉快そうに肩を揺らした。
ギルドを出て麦穂亭へ戻ると、セリカの事情を聞いたメルが空いている部屋を用意してくれた。荷物運びを手伝うといっても、商館に置いていた物は衛兵が回収してくれるので、今は剣と着替えだけだ。
部屋へ入ったセリカは、窓を開けて外を見た。
「自分で帰る場所を選べるのって、いいのね」
「ここを気に入ったなら、しばらく使えばいい。俺たちもいる」
彼女は振り返り、明るく笑った。
「うん。あなたたちがいるから、ここがいい」
つい調子に乗って、悠真は夕食の席も隣を取っておくと約束した。すかさずリラが反対側に座ると言い、セリカにも異存はなさそうだ。
部屋を出る前に、セリカが明日の持ち物を尋ねてきた。大きな荷袋は商館に残してあり、今ある袋は着替えだけでいっぱいだという。
「水と食料は俺たちが運べる。必要なものだけ、取り出しやすく持てばいいよ」
悠真が手にした水筒を収納へ入れてみせると、セリカは驚いて水筒の消えたあたりへ掌を伸ばした。何もない空中を探るその手の上へ、もう一度水筒を出してやる。
「それで竜まで丸ごと持って帰ってきたのね。どうやって運んだのか、ずっと不思議だったの」
「本物は、ギルドの裏庭にあるよ」
「今度、見に行ってもいい?」
「もちろん。リラの剣が入った所も見せる」
リラも喜んで案内すると答える。二人の話を聞いているうちに、セリカは次に迷宮へ行く時は自分も連れていってほしいと言いだした。
「行こう。気になる迷宮があったら、セリカも教えてくれ」
彼女はすぐに頷いた。迷宮で見つかるかもしれない武器の話になると、菓子店にいた時より早口になる。結局、夕食に呼ばれるまで廊下でその話が続いた。
階段を下りかけたところで、セリカが足を止めた。廊下の窓から、北の山並みを見ている。
「ねえ。火蜥蜴って、火を吐くのよね」
「そうらしいな」
「火を吐く相手に、私の火って効くのかしら」
さっきまでの早口が、急に小さくなった。心配そうに耳を寝かせるリラの横で、悠真が思い出したのは商館の中庭だった。獄火獣の炎を呑み込んだ、あの金色の火だ。
「あの牛の火を食ったのは、誰だった?」
セリカは瞬きをして、それから口の端を上げた。
「……私ね」
「明日も、蜥蜴の火ごと斬ってくれ。俺は特等席で見てる」
「特等席って、どこよ」
「セリカの真後ろ」
リラが「では私は隣です」と手を挙げる。セリカは小さく吹き出し、窓の外の山へもう一度目を向けた。
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